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魔法少女も愚痴りたい  作者: がらんどう
4/16

ゲッタウェイ

     4  ゲッタウェイ



「んー、暇だ。暇だなあ〜」

 ふあーあっとあくびをし、伸びをしながら洋平が言った。いや、まあそりゃあ暇だろう、

警備のバイトっつったって大捕り物があるわけでもなし。まあきな臭いバイトだから何か

有りそうな気もするが、普通、こういった類の警備バイトなんてそうそうやることはない。

つっても、まだ、三十分しか経ってねえぞ。飽きるの早すぎだろうよ………。

「そういえばよー、巡回って何時からだっけ?」

「あー………そういえば特に何にも言ってなかったな」

 二人一組で、一人は詰所に。一人は巡回に。とキタノから聞かされたものの、巡回のタ

イムテーブルについては全く聞かされていなかった事に気づいた。どうしたもんか?

「んー………まあこの電話で連絡するのもなんだしなあ、非常用って言ってたし、かと言

って二人でぼーっと詰所に居るのも仕事してない感じで申し訳ねえしなあー」

 申し訳ないときたもんだ。洋平は変な所が真面目である。普段はテキトー男なのに、こ

ういったわけのわからないところで変に真面目になる傾向がある。ホント、変わったやつ

だよなあ。

 まあしかし、情報伝達の不備の責任はキタノにあるとしても、言われた仕事をしないの

はバツが悪い。監視カメラもあるし。こっそりモニターしてるかもしれないし。

「今なん時?」

「ソーネ、ダーイタイネー♪十二時半過ぎ!」

 そか、お約束の返し、ありがとさん、洋平。まあ巡回とやらをやるかねえ。まずは地下

駐車場からかな?んで、各フロアを回ってって感じかな?ああなんだ、マニュアルあるじ

ゃん。と洋平。ついでに鍵束発見。俺に投げてよこす。ガサガサ棚をあさってたと思った

ら、それ探してたのか。ってか鍵束重ッ!どんだけ数があるんだよこれ。それにしてもキ

タノ、詰所にある備品についても言ってくれりゃあいいのに。

「あー、先に俺が行くよ、コーキは休んでててくだせえや、俺から誘ったんだし、まま、

初回は俺ってことで、なんか異常があるんだったら初回の巡回時だろうし。」

 そうか、悪いな洋平。変に義理堅いそういうとこは好きだぜ。しかし、危機感が全く感

じられないのが心配でしかたねえけど。

「んじゃあ、ちっと行ってくるわ。バイバイキーン。」

「おう、いってらー。」

「あ!そう言えば」クルッと俺の方を向いて続ける「こういうとこってさ、なんか〈出そ

う〉だよな。オマエ、昔っから〈視える〉って言ってたよな?今んとこなんか視えるか?

いやっ!やっぱいい!言わなくていい!視えても言わなくてもいいから!んじゃあ行って

くらあー!」

 バタバタと手を振って拒絶の反応をしながらそう言って、洋平はダダダッっと駆けて行

った。まあ、今ん所、何も視てねえし安心しろ、洋平。

 それにアイツラは〈視える〉だけで、〈触れられない〉。

 子供の頃に、友達に、自分が視えているものをどうしても信じてもらいたくて、それの

手を取って引っ張っていこうとしたけれども、スカッと空を切るばかりで、全く触れられ

やしなかった。その後、何度か色んなものに試してみたけれど(今覚えばガキだったとは

いえ危機意識がない感じだよなあ………今もそうか。まあいい)結果はいつも同じで触れ

ることはできなかった。だから、奴らに関しては、視えたとしても、物理的な危機を来に

しなくてもいいぜ洋平。まあ、視えるだけとはいえ、慣れないと気味が悪いのも事実だけ

ど、多分洋平には視えないだろう。きっと、多分、おそらくは。

 ーーーまあいいや。

 俺は背もたれに体重を預けながら、ふうと息をついた。

 鍵の束をジャラジャラといじくりながら考える。

 ーーー考えることは色々ある。色々ありすぎて困るくらいに。

 まずはこのバイトの怪しさについてだ。何故?高校生に、警備のバイトを?しかも深夜

に働かせる必要が生じた?ーーー誰かがそれを必要としている?ーーー洋平に白羽の矢が

たった理由は?ーーー斡旋者は誰?ーーー警備会社。ウチの学園にも入っている。そこ

か?洋平に何らかの価値が?ーーーいや、変わりもんだが特別な何かがあるわけでもない。

俺か?俺の体質か?ーーーいや、洋平が俺を誘う保証はない。俺の〈視える〉体質を知っ

ている奴も検討がつかない。これは保留。ーーー誰でもよかった?だとしたら?ーーー違

法就労を斡旋するリスク。それほどの代償と見返りがある?それがあるとしたら?

 ………これ………つまるところ………

 ーーー生贄だ。身代わりだ。予め起こる危機とその被害がわかっていて、その代替要員

として体よく使われている可能性が高い。

 警察とネンゴロの警備会社っつってたな。ってことは完全に裏社会の世界だ。爺さまと

父さんの世界。ロクでもない世界の出来事。父さんもこんな風に?いや、今はそれを考え

る時ではない。

 何かの取引?命を対価とした?ーーー自前の構成員は失いたくない。そのための代替要

員としての………。

 くそっ!思ってた以上にヤバイ仕事じゃねえか!何やってんだ俺!受けるべきじゃあな

かったんだ!迂闊すぎる!話を持ちかけられた時に、冷静に、洋平をたしなめて止めるべ

きだったんだ。多少腕が立つからって、慢心もいいとこだ。金にも目が眩んだ。早苗さん

の顔。洋平の顔。浮かぶ。くそっ、自分に腹が立つ。洋平はどこだ?地下駐車場か?お誂

え向き過ぎじゃあねえか。ーーー殺られる。最悪の、しかしよくあるシチュエーション!

 〈これってマフィア絡みの案件何じゃあねえのか!?〉

 ヤバイヤバイ、完全にヤバイ。殺気がビンビンじゃねえか。これは殺られる。完全に殺

られるシチュエーションに阿呆な高校生二人が放り込まれたっつう構図だ!

 無線で洋平に連絡を入れないと!いや!直接向かったほうがいいか?

 とりあえず、洋介と合流しないと。

 俺は階段に向かうため、扉を開けるとそこには………


 ーーー疫病神がいた。そう、あのクソ忌々しい〈ハム公〉だ。


 俺に振りかかる不幸の前兆として、いつも見かけるアレだ。くそ、色々悪い条件が重な

ってきてやがる。いよいよ本格的にヤバさが加速してきたってか。

 ハム公は、俺の視界に一瞬入った後すぐに消え去った。バイバイ疫病神。置き土産はい

らねえよ。不幸も持って帰ってくれ!

 俺はともかく、洋平が心配だ。急ごう。自分のせいで悪友に危害が及ぶのは気分が悪い。

避けたい。避けさせねばならない。

 全速力で玄関ホールを駆け抜け、階段まで急ぐ。するとそこには、〈白い経帷子を着た

女のようなモノ〉が立ち尽くしていた。

 あれだ、きっと〈人ならざるモノ〉だ。ものによっては、時折、生身の人間なのかそう

でないものなのか判別がつかないこともあるけれど、こんな時間にこんな場所でこんな格

好で立ち尽くしている生身の人間なんていやしない。ハム公も出たことだし。まず間違い

ないだろう。いつものように、視えないふりしておけば大丈夫だ、知らんふりして通りす

ぎてさっさと階段に向かおう。とにかく時間が惜しい。

 視えていないふりをして、それの横を通り過ぎる。はいちょっと失礼しますよ。もうち

っと端に立っててくんねえかなあ?透過するからわざわざ避けなくてもいいんだけど、体

が重なるのもなんか気分が悪いので。そんなことを思いながらそいつの横をそろーっと通

った瞬間、目の前が真っ赤に染まった。

「うわッ!」

 思わず俺は声を上げた。続いて甲高い叫び声が聞こえた。人ならざるものからだ。女の

声。うっかり顔を視てしまう。

 目があった。

 口が耳まで裂けている。

 〈口裂け女〉かよ!こええ!ある程度この類のものは見慣れてはいるけどもやっぱこえ

え!

 にしても、さっきの閃光はなんだ?閃光弾とかそういう類のものなのか?特殊部隊が使

うような?マフィアの抗争でも使われるのか?   いや、でもバケモンが反応している。

違うのか?くそっ、ますますヤバイ状況に陥ってるじゃあねえか。

 これはヤバイ。そう思った瞬間、体に衝撃を受けた。なんだ?ーーー打撃?腕が視え

る?腕づたいに視線を上に。ーーー目線経帷子のバケモン!?嘘だろ?実体がある?

 今まで俺が視て来た人ならざるものは〈視え〉こそすれど〈触れる〉ことはできなかっ

た。なのに今、〈触れる〉事ができる。いや、〈触れられている〉!

 飛び跳ねて距離をとる。階段の方へ。

 しかし、〈口裂け女〉は腕をしっちゃかめっちゃかふりまわしてこっちへ向かってくる。

 しかも、ものすごい形相で俺に向かって走ってきた。

 思わず逃げる。階段を、上に。しまった、下に行くべきだったのに。ーーーいや、洋介

を巻き込むことになるよりはマシか。

 ーーーとにかく、逃げるしかない。

 くそっ、くそっと心の中で呟きつつ、俺はそれから逃れるために階段を上へ上へと駆け

上がっていった。

 一体全体、何が起こってるんだ!?


     ◆


 同時刻、ビルの地下駐車場。黒塗りの四駆の中で、男が電話をしている。

「はい。状況は順調です。撒き餌の一人は地下駐車場にて確保する予定です。忘却術式を

掛けた後、遺棄して撤収します。はい。本命の餌に関しては、現在、屋上へ向かって移動

している模様です。」

 そう言って男は、手元のタブレット端末に目を見やった。

 タブレット端末には、ビルの立体図がフレーム表示され、地下駐車場と、階段の三階の

踊り場付近に、赤い光点が二つ、青い光点ががひとつ表示されている。地下駐車場のそれ

は赤く動かない。他方の赤い光点と青い光点は、上に向かって移動しているのが伺える。

「贄はうまく、澱の依代となって顕在化、物理的にも概念的にも存在が固着しています。

彼女達への欺瞞のために、少しばかり手を加えましたが」

 そう言って、男は手元のタブレット端末の上に浮遊している人型をした紙切れの、口元

に当たる部分をを指でついっとなぞる。左の耳元から右の耳元まで。

 男はしばらく話を続けた後、また、報告をしますと電話先の主に言い、電話を切った。

(〈ガイスト〉と、彼女たちはそう呼んでいるのだったな。しかし、都市伝説や人々の伝

聞上の妖怪の形を取らせて顕在化・固定化するとは、なんとまあ、ふざけたシステムを構

築したものだ。お陰で欺瞞工作も容易だったが………。)

 男は、車のサイドウィンドウを少しばかり下げた。僅かな隙間からぬるい風が入り込ん

でくる。

(あの方が気に食わないと思うのも無理は無いか。〈魔術師〉ではなく〈魔法少女〉とき

たものだ。古来よりの伝統も、典礼もあったものではない。この風の様に、ぬるいものだ

と認識しているのだろう。魔術師はかくも怜悧であるべきか。風で言うならピンと張り詰

めた冷たく乾燥した風………反目しあうのも無理はなかろう。………いや?単に面子の問

題かも知れないが………。しかし、彼女たちの混沌魔術も興味深いものではあるが………)

「伊坂様。」

 と、声をかけられた。声を掛けた人物は布施弘毅らにキタノと名乗った男だった。

「対象Bは地下駐車場にて確保。清掃班による忘却術式も完了しました。」

「ご苦労。結界支援班の状況は?」

「順調です。彼女らにはまだ感づかれていない模様ですが、そろそろ限界かと。」

「そうか」浅い呼吸をひとつ。

「結界支援班に通達。魔術妨害を全開にしろ。帰還限界点だ。時間は当該目標が屋上に到

達するまで。到達確認次第、早急に撤収できるように準備を。結界侵入の痕跡は、可能な

限り抹消しろ。私も、状況が終了次第、ここから撤収する。なお、これ以降、連絡は禁止

とする。以上。」

 そう言って、キタノに車に乗るように顎で促した。

 男ーーー伊坂裕太は、タブレット端末と、人型の紙を見やり、意識を集中させる。

「とうとうと、かぜをきるなり、からくさのゆれる………」

 呪文を唱え、意識と無意識の中心部へ自らを誘って行った。


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