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魔法少女も愚痴りたい  作者: がらんどう
3/16

見敵必殺にうってつけの日

     3  見敵必殺にうってつけの日



 宵闇に包まれた灰色のビジネス街に、午前0時を告げる半鐘が鳴り響いた。

 満月の夜。月明かりに照らされて、二つの影が浮かび上がる。

「さて、タマキ。魔法少女のお仕事の時間だ。準備はいいかい?」

「準備も何も!」声を荒げて言う。「毎度毎度わざわざこんなめんどくさい衣装に着替え

なきゃあならないなんてどういうことよ!」

 三笠環は自身の服を見やりながらハムに見せつけた。その衣装は、ゴシックロリータフ

ァッションそのもので、黒を基調とした細かいレースとリボン付きの上着。パニエで膨ら

んだスカート。いたるところにリボンと装飾品が大量についている。おまけにコルセット

と編上げブーツ。着替えるのにも一苦労な衣装だ。

「まったく、さっさと終わらせて帰りたいのに、これを着るだけで時間がかかるんだから

嫌んなるわ」

「まあまあそういいなさんなって。君に貸与した魔術を展開させるのに必要なものなんだ

からさ。」

 ハハハッとハムはそう言って笑った。

 ーーー実際のところ、ゴシックロリータの衣装である必要はない。

 そのことは三笠環には秘密にしている。魔術典礼を施した衣装ならなんでもいいのだ。

普通の服だろうがセーラー服だろうが業務制服だろうが作業着だろうが関係ない。ゴシッ

クロリータの衣装を着せているのは、単にハムの趣味だ。

「このツインテールもそうだって言いたいわけ?ガキっぽいったらありゃしない。」

「まあまあ、ヘッドドレスとリボンの兼ね合いもあるし、魔法少女って言ったらツインテ

ールは鉄板じゃん?こういう世界の典型的なイメージに合わせるってのも、〈魔法少女シ

ステム〉に則って、〈世界の修正力〉から逃れつつ魔術を行使するには肝要だって、前に

話したじゃあないか?結界の効果も持つのよ?その衣装。」

 そんなことはわかってるわよ!と、三笠環は返しつつゲシッとハムに向かって足を蹴り

あえげた。しかし、ハムはソレをひらりと躱し、三笠環の足は虚しく空を蹴りあげた。 

「最近愚痴が多いねえタマキ。イライラし過ぎだって。ウチのカウンセリングの患者にな

る?安くしとくよー?」

「はっ!誰が好き好んでアンタにお金を払ってまでカウンセリングを受けるもんですか。

金輪際まっぴらよ!むしろ余計にイライラが増すってーの!」

 キッとハムを睨む三笠環の右目が少しずつ黒から茶色へ、茶色から赤へと変わっていく。

それをみやったハムは、おっと危ないと、諌める。

「ごめんごめん。悪かったよ。まま、抑えて抑えて。お仕事お仕事。結界も展開完了と四

号と五号と六号から報告が来たからちゃちゃっと行きまっしょい!」

「そうね、はあー、まったく、忌々しい仕事だわ………」

 そう言った三笠環の右目は既に元の黒色に戻っている。

(危ない危ない。タマキの魔眼が励起しはじめてたなあ、最近、タマキのメンタルも不安

定だし、魔眼の活動の危険領域に近づきやすくなってきたから、どうにか対策を練らんと

なあ………。)

 ハムはそう思案しながら、三笠環に言った。

「さあ、〈ガイスト〉狩りのはじまりだ!魔法少女ミカサ☆タマキ出陣だ!」

 腰に手を当て、虚空を指さしながら勢い良く言ったハムと対照的に、三笠環はがっくり

と肩を落としため息をついた。

「あー、もう、毎度それ言うのやめてくれる?」


     ………


 一人と一匹は、結界が張られたビルに侵入した。裏口から、こっそりと。念には念を入

れて。正面突破は得策ではない。闇に生きる者達の鉄則だ。

 狙いは彼女らが〈ガイスト〉と呼称するものだ。あり大抵に言えば、〈この世ならざる

モノ〉。つまり、〈バケモノ〉だ。人々の悪意や怨念、怨嗟といったものが積みに積み重

なって負の特性を持つようになったエネルギー〈澱〉が姿形を持ってこの世に現れたもの

だ。

 これらは、人に害をもたらすものである。そしてこれは、通常の人間には手に負えない。

これに対処できるのは魔に通づる者のみ。ーーー魔術師の類のみだ。

 勿論、魔法少女の三笠環もそれにあたる。彼女はハムから魔力を貸与されて、魔法少女

として、この地区のガイストを排除することを仕事としている。彼女が望んだわけではな

く、いやや、そうならざるを得なかったのだが。故に、〈仕事〉という言葉を妙に強調し

て、ビジネスライクに徹している。

 

「タマキ。三号から情報が入った。ガイストがここにいるのは間違いない。このフロアに

居る。事前の計画通り、このまま結界を収束させつつ、奴を屋上にまで追い詰めよう。」

「オーケー。ガイストの概要は?」

「人型。受動型。経帷子に長い髪、顔は口裂け女の如きだとさ。ははっ、わかりやすい顕

現の仕方だねえ。」

「容貌確認。オーケー。懸念事項は?」

「三号の分析によれば、憑依能力保持の兆候がややあり。人に取り憑かれたら厄介だ。メ

インの攻撃術式からサブの剥離術式に魔力供給路を切り替えなきゃあならなくなる」

「憑依される前に始末すればいいんでしょ?それに人払いは結界展開の時点で済んでるで

しょ?」

「まあね。しかし、物事には例外がある。人払いの結界も万能じゃあない。過信は禁物

さ。」


 ーーー彼女らが、ガイストを処理する際には、その地区一帯に人払いのための結界が張

られる。この結界は、ハムの分身体であるハム達によって展開・制御されている。場合に

もよるが、その規模は半径にして数十メートルというのが普通だ。場合によっては数キロ

に及ぶ者もあるが、例外中の例外のケースだ。

 結界担当班のハム達は、ガイストを探知すると、まずその性質を調査し、追尾監視する。

今回、これはハム三号が担当している。その後、ある程度人気のない場所を選考し、そこ

を結界の収束点並びに処分場所として設定する。そして、ハム達は、猟犬の如く、一定の

距離を保ちながら徐々にガイストをその場所へ追い詰める。この時点で、小規模ながら、

ハム達は半径数メートル範囲の人払いの結界を張っている。ガイストを追い詰めるために

通ったルートの人々は、その影響を受けて自然と本命の結界が張られる処理現場に近寄ら

なく/近寄れなくなるのだ。

 結界には様々な種類がある。この人払いの結界は、〈人の無意識に干渉し、無意識下で

特定の場所に近づくのを忌避させる〉効果を持つ。この術式によって、一般人は、ガイス

ト処理の場から遠ざけられ、魔術師ーーー魔法少女もだがーーーは一般人の世界(彼らは

〈あちら側〉・〈世界〉と呼ぶ)と魔術師たちの世界(〈こちら側〉・〈セカイ〉と呼ぶ)

を分け隔て、無用な干渉をしないように努めているのだ。

 結界の本質ーーー彼らの行使する力〈魔術〉は、あちら側の世界にとって都合の良いも

のではない。彼らの〈業〉は、こちら側の世界の因果・森羅万象と対立するものなのであ

る。つまるところ、結界は、彼らの〈セカイ〉における独自の体系による因果・森羅万象

の生成過程を、一般の〈世界〉のそれから隠匿し、行使するために必要な欺瞞装置として

の効果も結界にはあるのだ。人払いの効果は、その一端に過ぎない。

 魔術師達は、古来から、独自の因果・森羅万象の相関関係、因果関係といった体系を考

案、構築、熟成し、自らの力を高めることに専念してきた。錬金術の用語で言えば、〈ア

ルス・マグナ〉へ至る意思とでも言えようか。しかし、世界はそれを黙って見てはいない。

何故ならば、世界からすれば、魔術師の行使する術とその背景にある体系は、世界の普遍

的な因果関係、森羅万象の相関関係を捻じ曲げようとするものにほかならないからだ。

 こうした場合、世界はそれを、〈異物〉として排除しようとする。これを魔術師達は

〈世界の修正力〉と呼び、それに感知されないように、術式を行使する際には欺瞞工作と

して結界を張ることが常識となっている。結界を行使しないで独自の因果・森羅万象の体

系を元にする術式を発動したらどうなるか?

 ーーー文字通り、〈修正〉される。

 この世から抹消されるのだ。世界の修正力に感知されれば、逃れるすべは殆ど無いに等

しい。人によっては、その世界の修正力を〈死神〉と呼ぶ者もいる。

 魔術師は、常に、死神の存在を警戒しながら、自らを隠匿し、自らの因果・森羅万象の

体系を構築し、行使し、普遍世界に成り代わる〈セカイ〉を構築し、アルスマグナに達し

ようと画策しているのだ。


「〈例外〉、ね。まあそれはアタシの仕事じゃあなくてアンタが受け持つ仕事でしょ?関

係ないわ」

「冷たいなあタマキはー。まあ、三号からの情報ではビル周囲並びに内部には人は居ない

みたいだけども………」

 と、ハムは少し、言葉を詰まらせた。

「何よ?なんか気になることでもあるの?」

「いや、まあ大したことじゃあないんだが、なんとなく、ね、〈違和感〉を感じてどうに

もね………」

 そう言って、ハムは黙りこくった。ちょっとした違和感に過ぎないのだが、何かが気に

なる………。

 予感。何かの。悪い?否?………このまま、続けていいものだろうか?と、少し考える。

「今更!」三笠環が言う。「もう後には引けないんでしょ?結界の展開もしている。ガイ

ストの顕現もしているし、観測、監視、包囲、全て終わってる。あとはアタシが仕事をす

るだけ。中止して最初からやり直す?それはかなり難しいって前に言ってなかったっけ?

〈世界の修正力〉から逃れるための結界構築はおいそれとはできない代物なんでしょ?だ

ったらやるしかないじゃない。」

 それもそうだ。結界構築には莫大なエネルギーを消費する。エネルギーは有限ではない。

結界を構築し続けられる時間も限られている。懸念事項はあれど、処理を中止するに十分

な決定的な何かがない以上、続行を選ぶ他ない。そちらのほうがよりベターな選択だ。や

れやれ、タマキに一本取られたね、私としたことが。と、ハムは自嘲する。

(しかし、違和感は拭えないのは事実だ。どれ、少し三号に探らせるか………)

 ハムは三号に思考を伝令するために一瞬動きを止めた後、

「そうさな、ーーー続行だ。」

 そう告げた。

 それでこそ張り合いがあるってものよ。と、三笠環はニヤリと笑い続ける。

「始末方法は?」

「いつものように。派手にやっても構わんさ。概念魔術の範囲ならね。」

 ようしようし、とニヤリと三笠環が笑う。両の指をポキリポキリと鳴らす。ストレス発

散のために、ガイストをいたぶり尽くして追い詰めてやりましょうかと力が入る。

「そうそう、憑依型はタマキにも取り憑く可能性があるから   」

「憑かれる隙を与えなきゃあいいんでしょ?よし、先手必勝!」

 そう言って、三笠環は手のひらをかざした。手のひらから魔法陣が幾重にも重なって虚

空に現れる。そして、その手のひらを地面にたたきつけた途端、水平方向三百六十度全方

位に向かって魔法陣の面が外側に向き、そこから緋色の光弾が放たれる。

 光弾が壁に弾着するーーー破壊はされない。そのまま突き抜けるーーーそしてビルの一

階のフロアが閃光に包まれる。

「ギイエエエエエエエエエエエッッッッッッ!」と、甲高い叫び声が聞こえた。

「ヒット!位置確認!このまま階段づたいに追い込む!」

 三笠環が声を上げた。

「派手だねえ」とハム。「相変わらず、性急なことで。」

「いつものことじゃない。さっさと追い詰めて仕事を終わらせるわよ。どんどん魔力を注

ぎなさい!」

 念には念を入れて、裏口から入ったというのに意味が無い。

「オーキードーキー♪ぐんといきますか!」

 そう言って、一人と一匹は、ガイストを屋上に追い詰めるために動き始めた。

 時は午前一時。またも半鐘が鳴り響いた。

(三号との通信に若干のノイズ?違和感はこれか。しかし、中止するわけにもいかん、   

続行だ。)

 ハムは一瞬動きを止め逡巡したが、すぐに頭を切り替え、先行する三笠環に続いた。


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