パッション
2 パッション
「布施弘毅並びに瀬戸洋平。あなた達を、一週間の停学処分とします。」
ひと通り俺達から話を聞いた後、日向茉莉花特別理事は俺達にそう告げた。以外にも、
軽めの罰で少し面を喰らった。普段はだらけているくせに今日に限ってビシっと緊張して
背筋をこれでもか!というほど伸ばして緊張している洋平も、この処分には面を喰らった
らしく、思わず、「ふへ?」と声を漏らした。
「えーっと、いやあの、〈退学処分〉とかじゃあなくて〈停学〉でいいんすか?いや、ん
んっ、いいのでしょうか?」
思わず洋平が日向特別理事に聞き返した。停学なんかじゃあ済まない規模の事をしでか
したっつうか、巻き込まれたってのに、たしかにこれは軽い。でもここで聞き返すか?洋
平?
「二度は言いませんよ。停学一週間です。退学処分ではありません。話は以上。細かい沙
汰は追って連絡しますのでそのつもりで。二人共、退席してよろしい。イサカ、彼らを送
ってあげて。」
そう言うと日向特別理事は、俺達の方に背を向けて、理事会議室奥の個人の執務室に入
っていった。ぽかんと突っ立っていると、伊坂と呼ばれた男が、さあ帰りなさいと俺達を
部屋の外へ追いやった。
………
「しっかし、面食らったぜ。俺はてっきり退学処分かと………」
「まあ停学一週間で済んだんだからいいじゃねえか。」
「そりゃそうだけど………しかし、ホント!ゴメンな!コーキ。俺が誘いさえしなければ
………」
洋平ががっくりと肩を落として俺に言った。いつも陽気な洋平も、今回ばかりはさすが
に堪えたか。当然っちゃあ当然か、まあフォローしとくかね。
「気にすんなっつーの。誘ったのはオマエだけど、ソレに乗っかったのも、引き際を誤っ
たのも俺の責任だし、ヨーヘイが責任感じることはねーよ。つか、問題はそこじゃあねえ
し。」
「オマエ………ホントいいやつだなあ!ありがとう悪友!流石のコーキだぜ!」
そう言って洋平は俺の首と肩に腕を絡ませてきた。痛い、痛いっつうの!加減しろ加減。
一応怪我人だっつーの。さっきまでゲンナリとしていた洋平が、いつもの陽気な調子に戻
った。いや、別にいいけどさ、切り替え早くね?
「まあ、しっかし、実際んとこ、コーキが言うように問題は俺たちのしでかしたこと以外
の部分がでかいよな。つーか、バイト先で爆発事故に遭うなんてそうそうねえよ。むしろ
俺達は被害者だ。ヒガイシャ!警備会社の人もゲキヤバでどう見ても堅気じゃあなかった
もんな!俺達は被害者!うん!悪くない!」
洋平はすっかり元気を取り戻して、むしろ自己肯定に入っている。まあそういう奴だ。
付き合いも大概長いからもう慣れているけど、この手前勝手さには恐れ入る。ここまで自
己肯定できる奴ってのもそうはいないよなあ………。それはさておき、この程度の処分っ
てのには、まあ色々思うところがないわけではない。
「まあ、なんだ、〈大人の事情〉ってやつなんじゃあねえの?警察も出てきたけど、なん
か学園側が圧力かけて適当にごまかしたみたいだし。日向特別理事の家ってこのへんの有
力者だし、そのへんは割りと簡単だったんじゃあねえの?でも一応の体裁を取り繕うって
ことで停学処分一週間って判断に至ったんじゃあねえの?」
「まーなー。俺がコーキに持ちかけたバイトはイホーシュウローだもんなあ、自分ところ
の学校の生徒が深夜の警備バイトをしてたなんてバツが悪いわなあ。しかも俺に話を振っ
てきたのはこの学園の人だし。」
ん!?今なんと!?
「゛あ!?俺に斡旋してきた深夜の警備バイトって、この学園の関係者からヨーヘイが受
けたやつだったのかよ!それ、初耳だぞ!」
俺は思わず大声を上げた。ごめんごめん言い忘れてたわと、洋平はヘラヘラ笑いながら
謝った。いや、まあ、確認しなかった俺も悪いし、最終的に違法とは知りながらもバイト
をする判断をしたのは俺だしなあ………。
しかし、その斡旋に学園の関係者が関わっていたとは………そりゃあ、色々メンツの問
題もあって、もみ消しやらなんやらに忙しいわけだ。俺達はそのお零れに預かって、軽い
処分で済んだってわけね………なるほどなるほど………。
「で、さ。オマエにバイトを斡旋してきたその学園の関係者ってのは誰なのよ?すげえ気
になるんだけど?」
「ん?ああ、さっきオマエと一緒に会った人だよ。俺らを外まで送って行ってくれたあの
人だよ。」
「あの人か?」
「そそ、伊坂サン、伊坂裕太サンさ。」
◆
日向学園特別理事である日向茉莉花は、自身の執務室の安楽椅子に座るなり、ふうとた
め息をついた。
(まったく、色々と面倒なことをしてくれたものね。彼女にも後で色々問い詰めなきゃあ
ね………)
ある程度、予測はしていなかったわけではない。しかし、彼らが、いや、彼がアレに関
わるなんてことはよっぽどのことがなければ起き得ない出来事なはずだ。そうならないよ
うに、システムも組み上げていた。彼女と一緒に。だが、事は起きてしまった。厄介なこ
とになりそうだ。
(彼に関しては、彼女が監視していたはず。こういった事態に巻き込まないように。それ
なのに何故………?)
緩いウェーブのかかった髪を手で弄びながらこれからの事を色々と思案していると、ノ
ックの音がした。
「失礼します。」
伊坂裕太だ。日向茉莉花付きの秘書兼学園の会計に携わっている男だ。布施弘毅と瀬戸
洋平に違法な深夜バイトを斡旋した張本人である。
(彼女の件はともかく、まずは伊坂から話を聞かなきゃあか………)
日向茉莉花は、伊坂裕太を見据え、
「あの二人に、仕事を斡旋したのはあなたで間違いないわね?」
厳しい目つきで問い詰める。
「はい、間違いありません。私が斡旋致しました。」
「素直でよろしいこと。まるで、バレるのが最初からわかってたみたいな態度に見えるけ
れども?」
「かようなことは。ちょっとした出来心とお金に困っている生徒への同情心からですよ。
あの警備会社には私の知己も居ます故。」
「だから余計に厄介なことになったのよ。まったく、余計な煩い事を増やしてくれたもの
ね。」
日向茉莉花は安楽椅子から立ち上がり、伊坂裕太の周りをゆっくりと歩きながら喋り始
める。
「ーーー伊坂裕太。私直属の秘書にして、この学園の会計も担当している。仕事ぶりは極
めて有能。生徒の風紀の模範となるに相応しき、風紀を乱さぬ立ち居振る舞い。他の理事
からも信頼が厚く、それ故に、会計をも任されている立場にある。」
「お褒めに預かり光栄の極み。」
「それが何故?このような背信行為とも取れる事をしでかしたのか?甚だ疑問ね。誰かの
差し金かしら?」
日向茉莉花の問に、伊坂裕太は沈黙をもって返す。
「………秘して語らず、か。なんにせよ、貴方には然るべき手段を持って然るべき制裁を
しなければなりません。タイラ。伊坂裕太を拘束して。」
日向茉莉花がそう言うと、どこからともなく、男が姿を表した。名は平定路。日向茉莉
花の警護を担当している男だーーー伊坂裕太の知己が居るという警備会社に所属している
男でもあるーーー。
「後日、理事会にて、貴方の処分を決定します。それまで、自宅謹慎を命じます。構わな
いわよね?それもきっとわかってたんでしょうし。」
伊坂裕太は表情をまったく変える様子はない。伊坂裕太だけではない。この場に居る誰
一人として表情を変えるものなど居ない。
ピンと空気が張り詰める。
秘めたる事があるのはわかりきっている。だが、訴求できるだけの決定的な材料はない。
とりあえずは、身柄を拘束して監視下に置くのが適策だ。しかしそれは相手もわかってい
るだろう。
(さて、誰が裏で糸を引いているのかしらね?ある程度の見当はつくけれども。しかしや
はり、あの子を巻き込んだ事がひっかかる。得策とは思えない………偶然?いや、出来す
ぎているか………)
一瞬、そう考え込んだ後、日向茉莉花は言った。それも、大仰に。
「近いうち、誰かが私を裏切るのでしょうね。そして私は裁かれる立場になる。理事会で
はなく我らの〈協議会〉にね。謀ったのは誰かしら?裏切り者は誰かしら?伊坂かしら?
平かしら?それとも………」
そうやって日向茉莉花は窓を見やった。窓は開け放たれており、風が吹き込みカーテン
が舞い上がった。そのカーテン越しに映るは、猫のような姿形をした異形のモノ………。
「私は純然たる被害者さ。むしろこっちが問いたいね。誰がユダなのかね?」
それはそう言って、がらんどうの眼で見つめ返した。
◆
洋平はああ言うものの、きっと一連の事件の原因は俺にあると思う。
思えば、昔から俺の特殊な体質に起因したとでもいうべきであるようなことが、俺の身
の回りではちょくちょく起こっていた。
洋平を学園内の寮に送っていった後、俺は真っ直ぐ帰るのもなんなので、フラフラと公
園のベンチに座って、缶コーヒーを飲みながらぼーっとしていた。
事故によって頭を強く打ったためか、なんだかいつもより頭がまわらない気がする。爆
発事故に巻き込まれた事を考えれば、脳震盪と軽い外傷だけで済んだってのは奇跡だと医
者は言っていた。俺もそう思う。と言うか異常だ。自分では骨が砕け、内臓が破裂したと
思ったのに。死を覚悟したというのに。
それなのに、外傷はちょっとした切り傷程度。どこかしこに包帯がまかれているのだけ
ど体は至って健康だ。不幸中の幸いにしてもあまりにも不可思議だが、受け入れる他ない。
こういうことは昔からよくあったからだ。
突然飛び出してきた自動車にはねられそうになったことは何度もある。ビルに備え付け
られた看板が落ちてきたこともあるし、暴漢にカツアゲをされかけたこともある。
暴漢に関しては、ガキンチョの頃に、爺さまに無理やり仕込まれた直伝の古武術でなん
とか切り抜けられたけれども、自動車の暴走や看板の落下なんて、対処のしようがない。
注意散漫とかそんなレベルの話でもないのだ。忌々しいが、不幸中の幸いで、軽い打撲や
擦過傷程度で済んでいるものの、事件事故に合う確率がどう考えても他人より高すぎる。
今の学校に入ったのだって、本命の公立校の試験日に自動車にはねられて全身打撲。当
然試験は受けられず。結果、滑り止めに受けた学費の高いこの私立日向学園高等部に入学
するハメになったわけだし。早苗さんに金銭的な負担を掛けたくなかったのになあ、くそ
う。
ーーーまあいいや。
今回の出来事も、俺が原因なんじゃあないかと、逆に洋平に対して申し訳ない気がする。
事の始まりは、確かに洋平から持ちかけられたバイトの誘いからだったけれども。
さて、ぼーっとした頭をマシにするために、少し思い出して頭のなかを整理してみるか
………。
◇
「割のいいバイトが有るんだ。」
洋平は俺にそう言って深夜の警備バイトを俺に持ちかけた。
「割がいいからって………それ、明らかに校則どころか労働基準法にすらひっかかってる
だろ。」
「まあまあそうなんだけどさあ、ちょちょいっとツテができてさ。とある警備会社なんだ
けど、警察ともネンゴロで、ある程度のことは黙らせられるって話なのよ。どうよ?ん?」
そうは言ってもなあ………明らかに違法である。バレたら停学だ。ってかなんで洋平は
俺にバイトを持ちかけてきたわけよ?
「バイク。バイクを買う金がほしいんだよ。」
バイクって………まずその前に免許だろう………。
「でさ、バイトをすることまでは決めたんだけど、ウチの学校ってバイトに関してはいろ
いろ厳しいじゃん?事務の人に相談したらさあ、校内の売店とか食堂のバイトを薦められ
るわけだけど、んなもんじゃあ全然稼げないじゃん?したらよ、この深夜の警備バイトの
話が転がり込んできたわけよ。」
まあ、たしかに学校指定のバイト先じゃあ稼げる額は知れてらあなあ。
「だろだろ?でさ、その警備のバイトってのは二人一組ってのが条件なんだよ。でさ、こ
こは悪友のオマエに頼るしかねえなって思ってさ。実際問題、オマエも金が必要なんだ
ろ?早苗さんに負担を掛けたくないから何とか奨学金とったりバイトしたりして負担を減
らしたいって言ってたじゃんよ?」
確かにそうである。俺には金が必要なのだ。俺は元々、この私立日向学園ではなく公立
の高校に入る予定だったのだ、それが例の不幸体質のせいで、試験日当日に自動車にはね
られ全身打撲。試験は受けられず。結局滑り止めというか早苗さんが「アタシの母校だか
ら息子のアナタも行くべきよ!行くべきなのです!」と無理やり薦められて受験したこの
学園に入ることになったのだ。
俺の家は母子家庭だ。父親は六年前に失踪した。甲種探偵免状を持つ探偵で、警察から
大事件の捜査協力を依頼されるほどの凄腕だった。
父さんが失踪したその日は、同時に、とても大きな事件が起きていた。丘の上の公園一
帯が、火に包まれた事件。〈大火災〉と言えば、この街の誰にでも通じるほどの事件だ。
それはこの街に大きな被害をもたらした。その日一日はパトカーと消防車と救急車のサイ
レンがひっきりなしに鳴っていた。マスコミも大騒ぎしていたからすごくよく覚えている。
それと関係しているのかどうかは知らないが、父さんの失踪の経緯は未だにわからない。
でもきっと、ロクでもないことなんだろう。ロクでもない犯罪の世界で生きてきた人だか
ら、当然、ロクでも無い何かの事件に巻き込まれているんだと思う。
ともかく、それ以来、うちの家計は母親の早苗さんが支えている。古武術師範で流浪の
身のうちの爺さまは………偶に金を送ってくるが 金の出所が怪しそうだな………
当てにならんし。早苗さんは「大丈夫!アタシ、夜の仕事でちゃんと稼いでるし!」って
言っているのだけど、やっぱりなんというかバツが悪い。
夜の仕事といってもいかがわしいものではなく、高級クラブのホステスらしく、早苗さ
ん曰く、
「健全!紳士倶楽部だね!お金とか政治とか表じゃ言えない不健全極まりない話ばっかり
してるけどね!えへん!」
だ、そうだが、それでも、負担はなるべく掛けたくない。だから学費の安い公立高校を
選んだのにこの不幸体質のせいでこのザマである。奨学金をもらえるほどに勉強が出来れ
ばいいのだけれど、なかなかこれも厳しいだろうし………。
「夜の間なら、早苗さんは仕事で居ねえんだし、早苗さんにバレることもねえだろうし、
何より警備会社のほうが警察とネンゴロだからまあ大丈夫だって!な!俺を助けると思っ
て!な?」
洋平はやけに執着してくる。そんなにバイトをしたいのか?わからん………ううむうう
むと考えた結果、結局、俺はその話を受けることに決めたのだった。洋平の身の安全のこ
ともある。俺が断っても、洋平は他の奴を誘ってこのバイトに行くかもしれない。そうし
たら、どうなる?何かあった時に対処できない。俺は爺さまに鍛えられたから、多少腕が
立つ。暴漢相手なら大概イケる。過去の経験から実証済みだ。だったら俺が同行した方が
いい。暴力沙汰ならなんとか切り抜けられるだろうし………何より金も魅力だ。早苗さん
に、楽、させてあげたいし。
ううむううむと悩んだ結果、俺はその話に乗ることにした。
◆
(今考えれば、実に軽率だったなあ………慢心、か………)
飲み終えた缶コーヒーをヒョイッとゴミ箱に向かって投げる。缶は綺麗な放物線を描い
て………
ーーー入らなかった。くそ。と、茂みから何かが飛び出してきた。なんだ?
猫だ。缶がゴミ箱に当たる音に驚いて茂みから飛び出してきたんだろう。
(猫………か………)
俺の身に、なにか不幸な事が起きる時、前兆としていつも見るものがある。それはなん
というか、猫のような姿形をしているのだけれど猫ではない。尻尾は二股で、体つきも猫
と人間の中間といった奇妙な生き物だ。
ーーー〈人ならざるモノ〉。妖怪とか幽霊って類のものだ。何故か俺にはそれが視える。
俗にいう〈霊媒体質〉ってやつらしい。小さな頃から、奇妙なものを目にしてきた。動物
のようなものから、人間のようなもの、どうにも形容しがたいもの。色んなものを視てき
た。
小さい頃、友達に「あそこに変な奴が居る」って言っても誰も信じてくれなかった。洋
平だけは信じてくれたけどーーーといってもアイツには視えては居ないのだがーーー確か
に視えるのに。
ーーー俺以外には視えていないらしい。
そのことに気づくまでには大分時間がかかった。子供なりに意地を張りすぎた。それで
よく嘘つき呼ばわりされたもんだ。ようやく、自分にしか視えていないってわかってから
は、視界に入っても視ない/視えないふりをしてきた。
その〈人ならざるモノ〉は、こっちから積極的に干渉しない限りはどうも何もしてこな
いらしい。今のところは大概それで済んでいる。
だが、例外がある。こっちから干渉しなくても、不幸を俺に運んでくる疫病神が。
それが人ならざる猫のようなものーーー俺はそれを〈ハム〉と名付けた。
何故?〈ハム〉なのかというと、その、疫病神はふざけたことに、がらんどうの目の上
に〈ハ〉の字のまゆげ、そして、口の形は「ム」の字の形をしているからだ。
自動車にはねられた時も、看板が突然落ちてきたときも、暴漢に襲われた時も、思い返
せばいつもソレを目にしていた。人の不幸をあざ笑うようなあの顔は、本当にむかつく。
そして、警備バイトでの事件の際にも、それはバッチリ俺の視界に入っていたのだった。
くそっ!忌々しい〈ハム公〉め!
◇
《さーって、今日から例のバイトだぜ。午後十一時集合な!》
例のバイトが始まる日。洋平からのメールの文言だ。
いや、どこ集合だっつう話である。そもそもアイツ、寮生だから夜中に出回れないだろ
う………と、その旨をメールで返すと、
《集合場所はいつもの公園。寮の監視に関しては、心配しなくてオーケー♪偽装に抜け道、
偽装工作には抜かりなし!》
との返信が来た。
………まあ、世渡りが上手いというか、色んなチート技術に関しては様々な知識と情熱
とそれを実行できるだけの能力があるやつだ。だからこそこんな違法なバイトも探してこ
れたんだろう。こういうところはなんだか羨ましく感じるときもある。しかし、もうちっ
といい方向にこの能力を使えないものか………と、悪友としては思うのだが、まあ、それ
が洋平の良さだし、
ーーーまあいいや。
そんなわけで、俺は、洋平と公園で合流し、警備会社がよこした迎えの自動車に乗って
現場に向かうことなった。
黒塗りのでかい自動車だった。四駆だ。しかも無駄に頑丈にできている感じだ。防弾?
背後が観音開きになっていて、電車の対面座席というか、軍隊のジープのような対面座席
になっていて、警備に必要な備品が積まれていた。運転手は見えない。スモークガラス
か?
と、後部座席から一人の男が降りてきた。
迎えに出て来た男はキタノと名乗った。体躯は細身でスラっとした印象だったが、姿勢
は武術を嗜む者のそれだった。古武術に関しては道場を開いていた爺さまに嫌というほど
叩きこまれたから見ただけでわかる。それに、ウチの爺さまは、その筋の界隈ではかなり
有名だと聞いたし………時折、警察や、マフィア関係と思えるような強面の人たちが道場
に訪問してきてたな、そういえば………その類の人間の持つオーラを感じる。
完全に、堅気でない人物だ。やばい。明らかにやばい。
ああ、そりゃあそうだよなあ、こんな違法なバイトをやらせるくらいのところなんだか
らそりゃあ堅気なわけがないわなあと今更後悔した。
でも、もう後には引けない。この場で断ったら断ったでどうなるかわかったもんじゃあ
ないし。ふと洋平の様子を見てみる。洋平はひたすらにヘラヘラしている。「どうもどう
もー紹介を受けてきました者ですーよろしくお願いしますー」なんてのんきに挨拶してい
る。
………危機感がないのか?うむん………それは俺も同じか。簡単な挨拶を済ませると、
俺達はキタノに促され車に乗った。俺の脳内ではドナドナがエンドレスリピートしていた。
………
車に乗って二十分ほど経っただろうか?警備対象のビルに到着した。警備服や警棒その
他の備品は既に車内で着替え終わった。その間、ずっとキタノは黙りこくっていた。
無駄な所作のない男だ。やっぱりこれは受けるべきではなかったなあと思いつつも、洋
平の事を考えると、俺以外の奴とこのバイトをやることになっていたら………
ーーーこの状況でもヘラヘラしているコイツである。危機が迫っていても気づかずに、
そのままお陀仏となりかねない。俺の父さんもこんなキタノみたいな輩がウロウロしてい
る世界で仕事をしていてそのままお陀仏してるんだろうか?そんなことも思った。
父さんが失踪してから六年。失踪といえば、俺と父さんに古武術を仕込んだ爺さまも絶
賛失踪中だ。たまに顔を出すけれども。この間は………二年前だっけ?ウチの爺さまもな
んかロクでもないことに巻き込まれているようで、それから逃げるためにのらりくらりと
あちこちをフラフラしているそうな………。あまり突っ込んで巻き込まれるのも嫌なんで、
ちゃんとは聞いてはないけども………
ーーー血筋かよ。爺さまも父さんも俺も、ロクでもない連中と関わりあいになる運命な
のかよ………。
はあ、と溜息をついて、キタノの方を見る。
「降りろ。」
キタノが口を開いた。
「仕事は簡単だ。このビル内にいてさえくれればいい。詰所がある。そこに常に一人。そ
して、もう一人はビル内を巡回。それだけだ。何か異常があればこいつを使って電話しろ。
ワンプッシュでかかるように設定してある。」
そう言ってキタノはケータイを俺と洋平に手渡した。見たことない機種だな、業務用?
プリペイド式とかそんなんか?
まあいいか。とりあえずささっと仕事をして、金をもらったらトンズラすればいいか。
そもそもなんで高校生に警備のバイトをさせるのかもわかったもんじゃあない。聞いた所
で答えてくれないだろうし、聞ける雰囲気でもない。うわあ………なんかホントやばいこ
とに巻き込まれてるなあ………というか、最初に洋平からこの話を持ちかけられた時点で
高校生に警備のバイトを、しかも深夜に違法な就労状況で働かせるってことがどういう意
味を持つかをもっと考えるべきだった。
ーーー今更、気づいても遅い。
不幸体質と自分で自分を名付けてはみたものの、結局は、俺の迂闊な判断が不幸を呼び
起こしているんじゃあないかと思い直しはじめた。
ゴーンゴーンと、深夜0時を告げる半鐘が聴こえる。近くに時計台とか寺とか教会とか
あるんだろうか?
ーーーまあいいや。
とにかく、さっさと終わらせてしまおう。そう自分に言い聞かせて俺はビルの警備に取
り掛かった。