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うそみたいなほんとの話

以前投稿した物をリメイクしました。

また楽しんでいただけたら嬉しいです。

宜しくお願いします。

穀雨

「確認します」


『……うん』


「貴方の出自は?」


杞帝国きていこくの第二……じゃなかった、第三王女のみどりです。今まで病にせっていましたが、この度水籠国すいろうこく棟梁様のもとへ嫁ぐことになりこちらへ参りました』


「……ご自身の身分は間違えないでください」


『う、うん。でも……』


「『でも』ではありません。貴方は【そのため】にこちらへ来たのでしょう? 婚儀は明日に迫っているのですから、いい加減自覚を持ってください」


 そんなこと云われても……

 こちらをじっと見つめ、呆れたような視線で刺してくる冷徹漢を睨む。

 云いたいことは、何となくまあ分かる。でも、理不尽極まりないことだって知ってるから素直に従う気にならないのだ。

 見えない絶対零度の鋭気をグサグサと刺してくるこの人に、云い返すことが出来るほどの知識や権力は持ち合わせていない上、心もそう強くない。

  だから怒りの矛先を間違えないで。


 わたしは何にも悪くないんだから!





 ▼▼▼▼▼




 時は一ヶ月前に遡る。


【月の障りが来たりし純潔の乙女を此処に召還する】


 平和な現代日本で、女子高生としての最後の春休みを謳歌している真っ最中だったわたしは、このある意味セクシャルハラスメントともとれる不可解で不愉快な呪文によってそれを余儀なく終了させられた。


 呪文の内容は、分かり易く云えばこうである。


【月経を迎えた処女を(勝手に)(当人の了承も得ないまま)(一切の抵抗を許さずに)誘拐する】……


  生まれてこのかたずっと女子校育ちのわたしは、その呪文の【乙女】にいとも容易く当て嵌ってしまった。

 処女。ええ、よわい十八にもなって未だ経験なしですよ! 悪いか!

 小中学生の多くが、幼いながらもやることをヤっちゃってるこのご時世で、貞操を守り抜いた(奪われる機会が全く訪れなかったとも云う)のだ! 誇り高き純血の乙女ひゃっほーい!


 ……なんて騒いでいる間に、見える世界が変わっていた。変な呪文が聞こえたと思ってからそう時間が経たないうちに、わたしは呪文(それ)の通り【此処】に【召還】されたのだ。

 日本じゃなくて、そして恐らく地球内でもない、わたしにとっての【此処にちじょう】ではないどこかへ。





 ▼▼▼▼▼




 最初に視界に写りこんだものは、光り輝く白髭。

 雛鳥は生まれて初めて目にした存在を自分の親だと認識するらしいけれど、わたしの場合もどうやらそうみたいだ。

 この白髭のナイスミドルは、わたしを日本からび寄せた張本人で、この世界においてのわたしの父親にあたる存在だと(のたま)った。


 そして彼は――


「禁忌とされた術式である、異世界から純血の乙女を召喚する秘術は成功されたのですね、国王様!」


「……うむ、そのようじゃ。これでこの杞帝国も安泰じゃのう」


 ――この国の王様、らしいのだ。




 何度聞いても理解が追いつかない。自称わたしの父親兼国王様の穏やかなハスキーボイスが、右耳から左耳へするりするりと通り抜けていく。


 こんなに頭に入らないなんて、翌日に定期考査を控えた晩の最後の追い込みみたいだ。いや、あのとき以上に今置かれている状況は緊急を要しているんだけれど。


『……もう一度お聞きしてもよろしいですか?』


「うん? 言語理解の術式も成功したと思ったが、少しムラがあったかのう。なんじゃ?」


『いいえ国王様、あなたの仰ってる言葉は聞き取れます。ですが意・味・が!全くもって理解不可能なんですよ。頭の中が混乱して、上手く情報を収集できないんです』


「ふむ……そうか。そういうことなら何度だって云ってやろう。そなたはこの国唯一の希望じゃからな」


 明るく朗らかにそう云う彼は、このように説明を繰り返した。



 ▼


 現在、着の身着のままのわたしが召喚されてしまった場所は【杞帝国】と云うらしい。

 この世界は【万揺界まゆるかい】と呼ばれる、ルービックキューブ型の大陸で形成されている。

 万揺界は昔ひと続きの平面大陸であったが、人間たちが領土をめぐって争いを始めたのだと云う。長きに渡る戦争は、多くの犠牲者と悲しみをもたらす。人々の暴動を見かねた神は、平らだった陸地を六つに分け、今のような形にしたのだ。

 そして、自身の化身である神遣じんけんと呼ばれる【力をもつ者】に領土などの振り分けをする権利を与えたと云う。


 ▲


「――神遣は万揺界の陸地を割譲し、この世界の最たる資源を支配した」


『最たる資源?』


「水のことじゃ」


 万揺界をルービックキューブに例えると、立方体の上辺と底辺は極寒の地となっていて、人々は立ち寄ることが出来ない。だから【万揺地人まゆるちじん】は、神遣によって分け隔てられた四側面に暮らしていると云うのだ。


 ちなみに、万揺地人の見た目は、地球人と何一つ変わらない。

 世界の仕組みについて説明している国王様と、少し離れたところで控えている彼の家臣達を見るかぎり、アジア系ではなく欧米人のような彫りの深い造形をしているように窺えるが。


 国王様の瞳は、穏やかなコバルトブルーだ。家臣達の髪も自然な赤茶色や金色といった日本ではあまり見かけることのない、鮮やかな色合いをしている。


 彼らとは違い、生粋の日本人であるわたしは暗めの茶色掛かった黒髪に、同じく焦げ茶色の瞳だ。


 公立の高校を数週間前に卒業し、死にもの狂いで合格を手にすることができた第一志望の大学では、今までの地味な髪色から一変してキャラメルブラウンに染髪しようと考えている。


 それが、なんだってこんなことに……


 高校生最後の春休みを謳歌していたわたしを召喚した国王様が統べる杞帝国は、万揺界のとある一面に広がる陛妥へいだ大陸にあるらしい。

 そして、この大陸には国がもう一つ存在すると云う。


「それが【水籠国】」


『水のかごの国……』


「ああ、神遣の住まう国と呼ばれていてな。彼らは土地を分け、水を支配して以来、水籠国でその生涯を閉じたと云われている。だから、現在もかの国で生活をする人間は、神遣の生まれ変わりとして(あが)められ、我ら万揺地人は尊敬の意味を込めて【水籠のたみ】と呼んでいるのじゃ」


 万揺界には海がない。

 それは青く穏やかに透き通っていて、人々の生活に潤いをもたらすと云うことを、万揺地人は知らない。


 海以外にも、水源となるものとして降り注ぐ雨や雪が挙げられるが、それらは神から与えられし自然の恩恵だ。遥か昔に人間同士で争い合い、世界の自然を踏みにじってしまった古人質の(あやま)ちにより、万揺地人はそれに触れることが叶わないのだと云う。


 ……つまり、むかーしむかしにこの地の民が、己の利益だけを求めて大乱闘を行ない、自然を滅茶苦茶に荒らしてしまったから、その報いとして、雨や雪に一瞬足りとも触ることが出来ないのだ。


『でも、海がなくて雨や雪からも水を得られないんだったら、その、えーと、ジンケン?はどうやって水源を支配したんですか?』


「……神は我らを見捨てはしなかった。万揺界には数カ所、滝がある」


『滝が水源ってこと?』


「そうじゃな。しかし、滝にも雨や雪と同じような呪いがかけられていてな、触れることは叶わん」


『だったらどうやって……。 あ、神遣は神様の化身だから、触ることが出来たんですね』


 わたしの自問自答に、国王様がやんわりと否定をする。


「否。彼らも神遣であるとは云え、万揺地人じゃ。滝に直接触れることは出来ない。 しかし……詳しいことは分からんが、水籠の民は秘伝の法を使って滝の水を籠に集めているようじゃのう。それのおかげで万揺各国、もちろん我が杞帝国も、日々の生活を送ることが出来ている」


『なるほど。それで【水籠国】』


 ここまでは分かった。この世界の生い立ち、仕組みなどは理解出来る。納得した顔のわたしを見て国王様は微笑む。


「まあ、こんなことは我らが瀕している危機にとって、大した問題ではない。重要なのはここからじゃ」


 にこにこと朗らかな国王様だが、彼の瞳は全く笑っていない。寧ろキリリと鋭利な輝きを放っている気がするのは、わたしの気のせい?

 ……なんだか嫌な予感がする。


「遠い昔、神遣が世界を分け隔て、水を各国に与え給うたそのときから、我らはかの国に尊敬と感謝の意を込めて、ある儀式を行なうようにしている」


『儀式?』


 どこかの地域では、成人を迎えるときにバンジージャンプをする民族がいるらしい、と高校時代に世界史の教師から聞いたことがある。儀式と聞いたらそれしか思い浮かばないけれど、そんな感じか?


「まあ、儀式というより献上じゃな」


 献上、けんじょう、ケンジョウ……


 万揺界の各国は、水籠国を統べる棟梁様が世代交代をする度に貢ぎものを差し出すという。その種類は国によって決まっていて、水籠国に最も近い場所に位置する杞帝国は、古くから特にかの国からの恩恵を受けてきた。だから、当然差し出す献上品も貴重なものになる。


 敬い、尊ぶ国に送る品物。それは杞帝国にとって、唯一無二のものでなければならない。

 だから――



『――だからって、なんでわたしが棟梁様の【花嫁】にならなくちゃいけないんですか!』


 ……どうやらわたしは、水籠国棟梁様の奥様になるべく、この世界へ召喚されてしまったらしいのだった。

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