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2話


作戦開始、第一日目。


 旦那様の本来のお姿(29歳男性)を拝見すべく宣言した翌日、私は朝からその作戦のために動いていた。朝食の時間、昼食の時間、買い物の時間、掃除の時間、お庭手入れの時間などなど、私がすべき今日一日のスケジュールを組み立てる。


 黄昏時は何時だったかしら、と考えながら旦那様に食事を準備していたら、「あなたに興味を持ってもらえて嬉しい、というべきなのだろうな……」と旦那様はなんだか複雑な表情をしていた。なぜかしら。そしてやはりいつも通り、お昼は10歳ほどの少年の姿をされているから、その大人びた口調がミスマッチこの上ないです、旦那様。


 私がたてた作戦は、ずばり、黄昏時の数分前に旦那様のお部屋にお邪魔して、本来のお姿に戻られたところを拝見する、というものだ。


 昨晩寝ないで作戦を考えていた私は、これをおもいついた瞬間自分はなんて天才なのかと自画自賛してしまった。そうして朝から分刻みのスケジュールで自分のなすべきことを片付けてゆく。


 旦那様はそんな私をちらりと見ると、はあ、とため息をつきながら自分のお部屋へ向かわれた。「がんばって、チェルシー」と一言声をかけるあたり、やっぱり旦那様はお優しい。けど、なんだか疲れているみたいだったわ。お仕事がお忙しいのかしら。


 かくいう伯爵夫人の仕事もそれなりに多い。使用人がいないのは呪いのせいだけでなく、プレーデシルト家の財政難のせいでもある。私は伯爵夫人としてこの家の一切を取り仕切らなければならないのだ。できる限り節約をして。


 旦那様が昼食を終え仕事に戻り、私は庭の手入れと玄関前の掃除を片付けた。そろそろ夕食の準備にとりかからなくては、と考え始めたところで、私は自分のミスに気付いた。


 たまご、使い切っちゃったわ!


 なんということだ。節約、もとい清貧を心がけるプレーデシルト家の夫人として我が家の食材の管理は第一の仕事。買い物は週に3日と決めているのに、昨日も行った買い物にまた出かけるはめになろうとは。


 ミスはそれだけではない。買い物に行くということは、黄昏時にこの家にいなければならないという本日の使命に対してリスクを負うことになるのだ。むむ、と玄関前で一人悩むけれど、たまごがなければお料理ができない。この際明日いくはずだった買い物を今日にまわすとして、急いで出かけるしかない。


 まだてっぺんを少し過ぎたあたりの太陽を仰ぎ見て、私は急いで買い物かごを取りに走った。


***


 かくして作戦第一日目は失敗に終わった。


「チェルシー……そんなに落ち込むこともあるまい」

 すっかり老人の姿に変わった旦那様が、ソファで膝を抱え込む私に声をかけてくださる。

「別に今日見れずとも明日も明後日もあるだろう」

「そうですね!」

「うお」

 がばっと起き上がると、旦那様にぶつかってよろけた。がっしりとした手に支えられる。ありがとうございます、と振り返って旦那様を仰ぎ見ると、旦那様はなぜかものすごいスピードで顔をそむけた挙句私を支えていた手を離した。あ、ひどい。そんなに疎ましがらなくても。


 まあ、それは置いといて。

「今日の敗因はたまごを使い切ってしまったことと、井戸端会議につかまってしまったことなんです」

「はあ」


 買い物を済ませて走って帰ってくれば、きっと間に合ったはずだった。

 なんだけど、商店街でいつもの奥様方に出くわしてしまったのだ。「あらチェルシー!」という猫なで声気味の奥様方の呼びかけを、果たして無視できようかいやできない。ご近所さんづきあいをなめてはいけないのだ。私の態度ひとつで旦那様やプレーデシルト伯爵家の名前を貶めることにもなりかねない。みんなそんな悪い人たちではないのは重々承知だけれど、世の中なにがあるかわからないのだから、用心に越したことはない。


 伯爵夫人としての覚悟も振る舞いも板についてきた(自画自賛)私に反して、旦那様はいささか気の抜けたような相槌をうつ。めげないわ。


「でもたまごはもう買いました。ついでに明日いくはずだったお買いものもしてきたから、明日は買い物に出なくていいんです。つまり、井戸端会議につかまることもない!」

「そうだね」

 旦那様!全然お顔は「そうだね」の表情をしていないです!でもめげない!

「明日こそ旦那様、黄昏時におそばにいさせてくださいね!」


 にっこりほほ笑んで旦那様に言うと、旦那様も笑顔を返してくださった。

「ああ、楽しみにしているよ」


 そういった後、旦那様は続けて口の中でなにかもごもごと呟いていらっしゃったのだけれど、聞き返してももう一度言ってくださることはなかった。


「ああチェルシー。ひとつ単語が余計だよ。それにわたしはいつだって……」


 さあ、明日は作戦開始、二日目!




   

大変長らくお待たせしました

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