1-8
その歩く音が消えると同時に、ガラガラガラーッと、少し乱暴に教室の扉が開く。
「初めまして皆さん。私が担任の鈴木士郎です。フゥ」
グレーのスーツを着て、俺より少し背の低い少し白髪が混じった小太りのオッサンが教室に入って来た。
そして教壇に立つと、チョークを持ち、黒板に大きな字で「鈴木士郎42才独身」と誰も聞かない事まで書いた。
「「「クスクス。独身だってぇ」」」
黒板に書かれた文字を見て、クラスのあちこちから笑い声が起きた。
「おっと、失礼。無意識に書いてしまった」
そう言うと鈴木先生は慌てたように、黒板に書いた『独身』の文字だけ黒板消しで消す。
それ無意識に書くことかよ。と、俺はうろたえている先生にちょっと冷ややかな視線を送る。
「えー、予想外のアクシデントがありましたが……よろしくお願いします」
壇上で少し顔を赤らめた鈴木先生が首だけ下げて、挨拶をした。
「先生は社会科を担当しております。尊敬する人は孔子です」
おー、その辺はまともなんだな。歴史が好きで先生になったのかな?
「賢ければ、化けよ。孔子は良いことを言いますねぇ~」
クラス中から「先生、冗談サイコー」と、ドッと笑いが起こる。
おいそれは『賢ければ、ボケよ』だろっ!アホな俺でも知っているゾ。
「あれ?先生なんか面白いこと言いましたか?」
間違いに気づけよ先生。もしかしてこの高校、D組だと先生もDランクなのか?
この先生から授業を習って、来年はD組から脱出できるのか俺は不安になってきた。
「あー、まぁ、ではこの辺で自己紹介を始めましょう。男子の出席番号1番の人からお願いします」
鈴木先生が名簿を片手に一人の男子生徒に目を向けると、窓側の一番前の席に座っていた男子が椅子から立ち上がった。
「西南中学校からきた阿川康史です。よろしく」
髪の毛をツンツンに立て、ちょっとイカツイ顔をした阿川康史と名乗った生徒は緊張した顔で挨拶をした。
「――中学からきた曽根貴文です――」
自分の出身中学校と名前、よろしく、と言う簡単な特別愛想もない挨拶をしながら自己紹介が続いていく。
「では出席番号13番――」
番号を呼ばれた俺はガタガタっと音を立て、椅子から立ち上がった。
「喜多山中学校から来た、み、三上有利です。よろしく」
や、やべぇ、名前のところで噛んじまったよ。恥ずかしいー。
俺は顔が赤くなるのをなんとかこらえ、何もなかったかのようにポーカーフェイスで自分の椅子に座った。
しかし、クラスの皆も緊張しているのか特にきにされることもなく、気がつくと女子生徒の方に自己紹介が変わっていた。