5-3
「ユウ、朝、トモに車中で食べるお弁当を渡し忘れて……」
今朝の騒ぎで先生と後から教室を出ることになったミクは、トモに弁当を渡すことが出来なかった。
いつもは一緒に昼ご飯を食べているが、今日はそれぞれクラス別のバスの中。
今渡さないと、トモが昼ご飯を食べることができない。
「仕方ないなぁ、直ぐに行って来い」
「ゴメンね。直ぐ戻るから」
自分の荷物から紙袋を取り出すと、A組のバスへ向かうミク。
本当、嬉しそうにトモの側に行くミクの姿は幼稚園の時から変わらないなぁ。
小さい時から、色々と用事を作ってはトモの側に行っていたミク。
俺は当時のことを思い出すと、可笑しくて顔がニヤけてしまう。
「トモ遅くなってゴメン、これお弁当。お握りなんだけど……」
ミクはトモに声を掛けると、お握りの入った紙袋を渡そうとする。
「ミクちゃん、わざわざありがとう」
トモがミクに笑顔を見せて紙袋を受け取ろうとした時――ミクの背中に衝撃が走った。
ドンッ!!「キャッ」ドサッ!
「あぁっ、お握りが!?」
「あーら、ごめんなさいね……『D組』さん」
ミクの後ろには、背中まである髪を2つに分けた三つ編みにしてメガネをかけた、ちょっと知的な感じのする女の子が立っていた。
思わずメガネ萌えしそうになった俺。だが、メガネっ娘でも食べ物を粗末したらいかんだろ!
それに……今のわざとにぶつかったんじゃないか?
「な、何するのよ!」
「ちゃんと謝ったじゃない。ねぇ、天樹くん?」
「あ、……」
ミクとは違うクールビューティー。だが、有無を言わせない威圧感がある。
しかしミクに向ける偉そうな態度に、なんかムカムカしてくる。
「ほーら、天樹くんもそう言っているじゃない。私『ランクD』はどうも視界に入らなくて。クスクス」
その台詞にミクの顔が真っ赤になる。「ランクD」ってどういう意味だ!
「また始まったぜ。西郷のヤツ……」
「あのムカツク女のこと知っているのか?」
「あぁ、俺と同じ北園山中学だったんだ」
ソイツの話によると、あのメガネっ娘はA組の西郷芹菜。
小学校低学年の頃から常に学年トップの才女らしい。
しかし、プライドが高く自分より成績が低いヤツを見下していたそうだ。
「まあ『顔だけAランク』だもの、お弁当くらいまともに作れないとね。フフッ」
顎を上げてミクを睨むように見ている西郷芹菜の口から、次々と皮肉な台詞が出てきた。
よく見ると、固く握られたミクの拳がプルプルと震えだしている。
イカン!いくら性格が超悪いヤツでも、柔道3段のミクがマジで切れたらあの世に行ってしまう――!
普段ミクと関わらないようにしている俺だが、ヤバイ状況だと思って側に行こうとした時。
「……ミクちゃん、お弁当貰っていくね」
トモが地面に落ちていたお握りの入っている紙袋を拾った。
「あっ、でも、形が……」
「形なんて関係ないよ。……西郷さん、今度は気をつけようね」
トモは優しい口調でミクに話しかけた後、キッと口を引き締めた真面目な顔で西郷に声を掛けた。
なんだろう。トモの雰囲気がいつもと違うぞ?ちょっとダーク系?
「そ、そうね、まあ、次からは気をつけるわ」
西郷は少し焦った声で言うと、A組のバスの中に入っていった。
「じゃあ、僕もバスに入るね。宿泊先のホテルで会おうね」
「う、うん、じゃあ私もバスに行くね」
お握りの入っている紙袋を片手に持ち、ミクに向かってニッコリ微笑んだ トモはA組のバスの中に入っていった。
うーん、やっぱりいつものトモだ。さっきのダークオーラは見間違いかな?
俺が首を捻りながらトモがバスに入るのを見ていたところへ、ミクが戻ってきた。
「テヘッ、お握りを入れた紙袋落としちゃった」
「トモの手に触れてポーッとしたんだろ?さっさとバスに乗るぞ」
落ち込んでいるとこを見せないようにミクが明るく振舞うので、軽口で返してバスに乗り込んだ。
下手に慰めたら、鉄拳が飛んでくるんだよな。あぁ、恐ろしい。