19話 迫る影
『ジンを隊長へとしては頂けませぬか?』
いつもの朝の会議を終えて珍しいことにファイが俺に頼みごとをしてきた。
その内容は言葉の通りなのだが、ファイの【チーム騎士団】に所属している二刃甲虫のジン(ファイが命名)を隊長格にして欲しいということだ。
「構わねえけど、ジンってのは隊長たる器の持ち主なのか?」
隊長は強いだけでは駄目だ。隊を纏め、面倒を見れるような者でなければ。
といっても、隊長になればその辺は自然に身につくだろう。ファイがわざわざ頼むくらいなのだから人格的にも強さ的にも問題は無いに違いない。
よって今の質問はタダの確認に過ぎない。
『はい。寡黙なところもありますが、実力、人柄、どれも文句なしでございます。』
「なら構わないよ。」
だが、となるとチームの編成をしなければならないのか。
今まで初期のチーム編成から生まれてきた蟲を適当にそれぞれが引き取っていくという杜撰なチーム編成になっている。これを期に一度整理するのも良いだろう。
「まぁ、丁度良い機会だし、チーム編成を一回整理しますかね。」
というわけで、今日の夜は隊長格全員に集まって貰ってチームの再編成だ。
◆◇◆◇◆
『新たな隊長格が生まれるんでありんすか。』
夜の会議にて《二刃甲虫》のジンの隊長への昇格、及びそれに伴うチームの再編成の件を伝えた。
『これでローテーションも少しは楽になるかね。』
《砲台魔蟻》のギーグを初め、他の隊長格の蟲達にも反対はないようだ。
ファイがジンを呼び出し、【階級付与】でジンに【隊長】を付与する。
さすがはファイが勧めるだけあって付与は問題なく済んだ。
《ありがとうございます。》
二刃甲虫のジンはどっしりとした体格で、大きな二本の角をはやしている。
既にこの時点で体格的には他の隊長格にもひけをとらないだろう。まぁ、流石に《千命足》のガンツには適わないが。
「なんだ、とりあえずは頑張れ。」
『御意』
何だろう、ファイのチームだからだろうか、ファイに似てお堅い性格をしている気がする。
あの口うるさいファイが二匹になるのは勘弁して欲しいものだ。
「んじゃ、チームの再構成をしますか。」
それからはみんなで、わいのわいのと騒がしくチームの再構成を行った。
やれ、誰が欲しいやら誰は譲るやらとなかなかに大変そうな駆け引きだ。
俺はチームの方向性だけ指示して後は隊長格の蟲達に任せることにした。彼等もチーム編成は命に関わると言っても過言ではないので真剣になるのは当然と言えば当然だろう。
だが、横で成り行きを見守っている限りなりたてホヤホヤの隊長、ジンのことを最優先に考えたチーム編成をしてくれているようで安心した。
それからしばらくして、チーム編成がやっと終わった。
編成内容はこのようになった。
【チーム蜘蛛】
リーダー:《白銀鎧蜘蛛》
メンバー
《魔蜘蛛》×50
《魔蟻》×5
《兵隊魔蟻》×15
《酸魔蟻》×15
《建築魔蟻》×15
魔蟻の数多くが魔蜘蛛に進化してくれた為に罠に必要な魔蜘蛛を揃えることができた。
規模は大きくなったが【チーム蜘蛛】のコンセプトは全く変わっていない。
【チーム翅蟲】
リーダー:《斬翅魔蟻》
メンバー
《翅魔蟻》×40
《魔蜘蛛》×10
《酸魔蟻》×10
【チーム軍隊魔蟻】を解体してできた新チーム。《魔蜘蛛》や《酸魔蟻》は《翅魔蟻》達が空へ運び、上空からの攻撃に用いる。
これで制空権を握れるようになるので彼等には少なからず期待している。
《翅魔蟻》は蟻種で卵からうまれた新種だ。おそらく《斬翅魔蟻》の下位にあたる蟲だろう。
卵から《翅魔蟻》が比較的よく生まれたのでメンバーの確保ができた。ただ、残念ながら《翅魔蟻》はまだ飛行訓練やら蟲社会におけるルール的なものも学ばなければならないので本格的な始動は少し先になりそうだ。
それでも、やっと自分の真価を発揮できると《斬翅魔蟻》のカゲツは喜んでいた。
【チーム八百万の足】
リーダー:《千命足》
メンバー
《千命足》×18
《兵隊魔蟻》×12
メンバーは他と比べると少ないが、《千命足》の体長がとにかくデカい、というより長いので気にならない。
《千命足》の機動力はかなりのものなので、このチームなら比較的大型の魔物も狩れると思う。
因みにリーダーのガンツは他の《千命足》と比べると二倍近い体格を誇る。只でさえ大きい《千命足》なのに、最近のガンツの成長速度には驚かされる。お陰でかなり大きめに作った会議室の半分以上がガンツの身体で埋まってしまっているのだが。
【チーム移動要塞】
リーダー:《砲台魔蟻》
メンバー
《砲台魔蟻》×30
《重殻蟲》×20
こちらもコンセプトは前のものと変わらない。ただ規模を大きくしただけ。
単純と言えば単純だがその分、強い。
【チーム騎士団】
リーダー:《二刃甲虫》
メンバー
《騎士魔蟻》×15
《重殻蟲》×15
《二刃甲虫》×5
《魔蜘蛛》×10
ここのチーム編成が一番もめた。しかし、《二刀侍魔蟻》のファイの提案で、【チーム騎士団】をほぼ丸ごと《二刃甲虫》のジンに譲るということになった。
まぁ、確かに侍が騎士団を率いるのもどうかとは思うので俺的には妥当なところだと思う。
【チーム新撰組】
リーダー:《二刀侍魔蟻》
メンバー
《侍魔蟻》×40
《侍魔蟻》は《騎士魔蟻》と同格の蟻で、ファイが《二刀侍魔蟻》になってから急に現れだした。何らかの関係があるのかもしれないが俺にもアリスにもその辺はよく分かっていない。
《二刀侍魔蟻》のファイの機動力と破壊力を中心としたワンマンチーム。正直なところ、蟲の中ではファイの実力は飛び抜けているので出来たチームだ。
【チーム癒やしの手】
リーダー:《鈴音の癒蟲》
メンバー
《鈴音の癒蟲》×10
進化でも、羽化でもなかなか現れない儚蟲種も何とか10匹、現れたのでチームを結成することにした。
といっても、【チーム癒やし手】の蟲達には基本的には外には出ずに今まで通り負傷した蟲達の手当て、及び幼虫達の世話をしてもらうことになる。
《鈴音の癒蟲》のリリーだけ隊長格なのに隊を持たないのもどうかと思って今回は強引に作り出した形だ。
チームの再編成で生じるであろう不備は今後微調整するとして、チームの試運転は明日やってもらうことにした。
お留守番はコンセプトが殆ど変わっていおらず、尚且つ進化も終わっている《白銀鎧蜘蛛》のユラに頼むこととなった。
◆◇◆◇◆
ここは森の奥深く。ユキト達、蟲の巣とは少し離れた場所。
そこに今、不穏な影が生じていた。
「ガァァァァァァ!!!」
獣が吠えると身体が輝き出し、見る見るうちに変化していく。それをユキトが見れば見慣れた光景だと思うだろう。
これは進化の光。
そしてその進化の光を発しているのは《虫喰らい(インセクトイーター)》だった。
光が収まるとそこには今までよりも二周りほど大きくなった獣の姿があった。ユキトの元の世界で言う、蟻食いに酷似した体の面影はもうない。それは熊に似た獰猛な姿となり、腕力も今までの比にならないほど強力なものとなっている。
しかし、その性質は変わらない。獣は好物の虫を求めて歩き出す。
獣の鼻は多くの美味そうな臭いが集まっている場所を感知し、そちらへ向かって足を進める。
それはユキト達の巣のある方角。
途中、現れる小型の蟲に気を惹かれ、寄り道しながらもその影はゆっくりとその方角へと進んでいく。
その獣は名を《蟲喰らい》と言う。