18話 とある蜘蛛の一日
今回はユラ視点
~ユラ~
わっちとユキト様は今、巣から少しばかり離れた場所にいるでありんす。
「この辺りでいいだろう。
建築魔蟻、この場所をとにかく深く掘れ。」
ユキト様の御命令により蟻達が動き始めんした。
この間、わっち達蜘蛛は少し暇なのでありんす。
なのでここは一つ、わっちとユキト様の思い出を思い出すとしんす。
わっちは最初、ひどく弱い魔蟻でありんした。ユキト様は知らんでありんしょうが、わっちはユキト様が最初に創造なされた蟲なのでありんす。
わっちは一番近くで一番最初からユキト様を見てありんした。といっても考える頭がありんせんしたので、当時のことを明確に記憶できてる訳ではありんせん。わっちが明確に"わっち"と呼べる存在になりんしたのは今の姿になってからでありんす。でも、わっちと主の本当の始まりはユキト様に"ユラ"という名を頂いた時でありんしょう。
わっちを生みわっちに生きる意味を下さったユキト様。あの方の為ならわっちはどんなことでもしてみせるでありんす。
「おい、穴は掘り終わったからユラ、糸を頼む。」
わっちが物思いに更けている間に穴が出来上がってありんした。
『これはまた、大きな穴でありんすなぁ。』
わっちの目の前にある穴は以前のものと比べてとても大きなものでありんす。これなら、剛毛猪ですらすっぽり入るでありんしょう。
『ユキト様の毒は無しでありんすか?』
この前の穴にはユキト様の毒を塗った杭を備えてありんした。あれのおかげでわっち達は一方的に獲物を狩ることができたのでありんす。
「これからは俺抜きでも落とし穴を作れるようにしてもらいたいからな。それにユラの実力なら毒無しでも余裕で勝てるだろ。
あ、でも無理だと判断したら素直に逃げて構わないよ。その辺の判断はユラに任せる。」
確かに、いつまでもユキト様の手を煩わせるわけにもいかないでありんすからなぁ。
『分かりんした。後はわっちと蜘蛛達がやっておくでありんす。ユキト様はどうぞ自由になさってくれなんし。』
「そうか?
なら御言葉に甘えて狩りにでるかな。」
わっちは今、とても不思議な気分でありんす。ユキト様の迷惑にならない為にユキト様に提案した筈なのに、ユキト様がいなくなってしまうことを悔やんでいるのでありんす。このモヤモヤした気持ちは何なのでありんしょう。
「あ、でも本当に無理はすんなよ。俺からしたらユラの身の安全が何より大事なんだからさ。」
……本当に不思議でありんす。ユキト様に身を案じて頂いただけでモヤモヤが消えんした。
『ユキト様も無理はしないで欲しいでありんす。ユキト様はわっちの全てでありんすので。』
「ユラまでファイみたいなことを言うなよな。俺も死にたい訳じゃないんだ、無理はしないよ。」
ユキト様はそう言った後、わっちの前から去りんした。
やっぱり胸の辺りがモヤモヤするでありんす。
『はぁ、わっちはわっちのやることをやるでありんす。』
まずは落とし穴を完成させねばなりんせん。
しかしこの落とし穴、大きすぎる為に土蜘蛛の糸では上に被せる土を支えきれないでありんしょう。仕方がありんせんのでわっちの糸で土台を作り、土蜘蛛達に隙間を埋めてもらうことにしんした。
そこからはただの単純作業でありんす。わっちが大まかに糸で穴を覆い、土蜘蛛達が補強し、魔蟻達が土を被せる、この繰り返しでありんす。
『やっと終わりんした。』
思ったよりは早く終わりんしたが、それでも大分大変でありんした。しかし、これもユキト様の為と思えば大した労でありんせん。
それから、わっち達は日頃の日課である、罠廻りをしんした。わっち達の作った罠は"糸の花"と"地縛域"でありんす。
"糸の花"は極細の糸をまるで花のごとく咲かせ、空飛ぶ獲物を絡め取るの罠でありんす。また、"糸の花"の周りには太い"糸の幹"も張り巡らせてあり、"糸の花"に捕まった大型の獲物は脱げ出そうと足掻いた後、幹に触れてしまい、身動きをとれなくしてしまうのでありんす。
"地縛域"は"糸の花"に比べたら簡単な仕組みで、単に地の上に粘着力の強い糸を張り巡らせるだけのものでありんす。最初、ユキト様がこの罠を見たときには『……まるでゴキブリほいほいだな』と仰ってありんした。
ユキト様の仰る通り、この罠にはゴキブリ種を含める小柄な虫、動物がよくかかりんす。かかる獲物の数も"糸の花"よりも遥かに多いでありんす。しかし、大型の獲物を狩ることはできんせん。
「キューキュー!!」
わっち達が"糸の花"を数多く張り巡らせているエリア、通称"エデンの園"に着くと、そこには既にわっちの二倍の大きさはありそうな巨大な鳥が掛かっていんした。おそらく、糸に捕らわれてから差ほど時間も経っていないのでありんしょう、その巨鳥は羽を大きく羽ばたかせ、糸の呪縛から逃れようと必死でありんす。
『今日は運が良いでありんすな。』
"エデンの園"に大型の獲物が掛かるのは珍しいのでありんす。大型の獲物は小型のものに比べて手に入る経験値の量が破格でありんすので嬉しい限りでありんす。
わっちは暴れている巨鳥に氷糸を吐き出しんす。これで巨鳥がここを逃れることは不可能となりんした。
『食らい尽くしなんし。』
土蜘蛛達と魔蟻が糸を吐きながら巨鳥に群れんす。わっちもトドメを刺しに向かいんす。
身動きのとれない巨鳥の首にわっちの牙をたて、一思いに命を狩り取りんす。
巨鳥の他にも"エデンの園"には少なくない獲物が掛かっていんす。そちらを狩るのは蟲達に任せ、わっちは巨鳥に壊された"エデンの園"の修復に勤めることにしんした。特に"糸の幹"はわっちしか作ることができんせんのでわっちがやるしかないのでありんす。
狩った獲物は一度、隠し倉庫に保管しておくでありんす。後で巣の魔蟻達がここまで来て、巣に運んでくれることになってるので、わっち達の仕事はこれで終わりでありんす。
わっち達の必要とする分の食事をし、わっち達は"地縛域"に向かいんした。
"地縛域"には大量に小型の獲物が掛かっていんした。一度足を踏み入れたら体の小さな生き物では抜け出ることはできんせん。
今回、わっちは何をするでもなく蜘蛛達が獲物を狩るのを眺めることにしんした。この程度の獲物、わっちが手を下すまでもありんせん。
わっちを含め、蜘蛛達は糸に絡まらぬよう、脚から特殊な液体を出すことができんす。そのおかげでわっち達は"地縛域"でも自由に動くことができるのでありんす。
しばらくして蜘蛛達が全ての獲物を狩り尽くしんした。ここでも倒した獲物は規定の場所に置いておけば魔蟻達が後で運んでくれるでありんす。
わっち達は最後に最初に仕掛けた落とし穴を確認しに行くことにしんした。
『これは剛毛猪でありんすな。』
わっち達が落とし穴に着くと、そこには早速、剛毛猪が掛かっているのを見つけんした。
剛毛猪は先の巨鳥を遥かに超える獲物でわっちの四倍の大きさはありんす。経験値も強さも巨鳥の比ではありんせん。
『逃げた方がいいんでありんしょうな。』
安全を最優先しんすならばここは諦めて一度巣に戻るのが正解でありんしょう。
穴も深く掘りんしたから、わっち達が援軍を率いて戻っても剛毛猪に逃げられているということもおそらくありんせん。
『しかし、それでユキト様の隣に立てるようになれるでありんしょうか?』
ユキト様の戦闘力は無限蟲を得てからずば抜けて高くなりんした。わっち達がユキト様を御守りしなくても良いほどに。
ユキト様が強くなるそれは喜ばしいことでありんす。しかし、わっちはいつまでもユキト様の隣に居れる存在でありたいのでありんす。生まれてからわっちはずっとユキト様の近くにいんした。だからわっちはユキト様に求められなくなり、いらないと言われることにひどく恐怖を抱いているのでありんす。
『わっちが相手をするでありんす。お主等は手を出さずにわっちを待ちなんし。』
わっちのチームの蟲が剛毛猪の相手をすれば無駄に命を散らすだけでありんす。
『おとなしく死になんし。』
わっちは口からありったけの氷糸を穴の中でもがく剛毛猪に目掛けて吐き出しんした。
「ビュヒィー!!!」
わっちを睨んでくる剛毛猪。ダメージは殆ど無いようでありんす。
それも計算の内。
今ので氷糸は穴の中にくまなく張り巡らされんした。
わっちは体内で氷糸を圧縮した後、針のように鋭くなりんしたそれを剛毛猪に向けて放ちんす。
剛毛猪はそれを物ともせず穴の底を蹴り上げ、穴の縁にいるわっちに向かって体当たりをしてきんした。
わっちは穴の中に張り巡らされている氷糸を伝ってそれをかわしんす。更に剛毛猪の足に向けて再び氷糸を吐き出し、剛毛猪の後方に留まりんす。
ただでさえ、剛毛猪は穴の中で身動きがとれず、攻撃が単調になっているでありんすから、それを避けるのはそれ程難しいことではありんせん。
その後もわっちは執拗に剛毛猪の足目掛けて氷糸や氷針を撃ち続けんした。そしてとうとう、剛毛猪は足を挫き、本当に身動きの取れない状態におちいりんした。
これは単純にわっちの低温の糸で剛毛猪の足が凍傷になった結果でありんす。
『わっちの勝ちでありんすな。』
わっちは動けなくなった剛毛猪に向かって氷糸を吐き続けんした。しばらく経ちんして、剛毛猪は完全に動かなくなりんした。
『ほぼ無防備の相手に勝ちんしても自慢にはなりんせん。』
でも罠を使えばわっち一人でも剛毛猪に勝利できんすな。これはわっちにとって微かな自信となりんした。
わっち達は剛毛猪を見つからぬよう土の中に埋めたあと、巣に戻りんした。
そしてわっちはそのまま夜の会議に出席したのでありんす。
『今日作った罠に早速、剛毛猪が掛かりんしたので、その死体を運ぶ魔蟻達を派遣してくれなんし。』
わっちは先ほど倒した剛毛猪のことをユキト様に話しんした。
「了解した。」
ユキト様はそれだけ言うと魔蟻を手配してくださりんした。その後、会議は特に進展もありんせんでいつも通り終わりんした。
『罠に掛かった剛毛猪を倒したくらいではやはり満足してもらえんのでありんすな。』
会議が終わりんしてわっちは一人会議部屋に残り、独り事を呟いていんした。
「お、まだここにいたのか?」
『…ユキト様でありんすか。何か用でもありんしたか?』
わっちは表向きいつも通り冷静に内心かなり動揺しているでありんす。
「いや、特には無いよ。会議部屋に誰かいるみたいだったから寄っただけ。」
『そうでありんすか。わっちももう少ししたらわっちの部屋に戻りんすよ。』
「そうか、ならいいんだけどさ。」
ユキト様はそう言うと、わっちに背を向けて歩きだしんした。
何故でありんしょう、わっちの胸が急に苦しくなりんす。
わっちがユキト様の背中を見ていると、ユキト様が急に立ち止まり、こっちを振り返りんした。
「そう言えば猪との戦い、無限蟲ごしに見てたけど、流石はユラだな、楽勝だったじゃん。これからも期待してるよ。」
……何故でありんしょう、今はとても胸が温かいでありんす。