12話 俺、強くね?
『では、巣の護衛は格チームがローテーションで務めるということでいいですか?』
「構わねぇよ。」
『なら、今日は我ら【チーム騎士団】が護衛に入ります。皆さんは食糧の調達をお願いします。』
俺が進化したあの日から三日が経った。新しい巣の制度にも皆、慣れ始めたようだ。
今は丁度、朝の会議が終わったところだ。日の始めと終わりに隊長を集めて今日の予定と報告を行っている。今では隊長達が群れの管理なんかはやってくれるようになったので、俺は方針の提示と隊長達が出してきた案を許可するだけが最近の仕事となりつつある。
で、今日決まったことは、蟲のチーム全てが外に出払ってしまうと巣が危険なので一チームをローテーションで巣に留まらせるというものだ。卵や幼虫、繭などの弱い存在も多くなってきた今、必要な措置だと言えるだろう。
「俺は今日も狩りに出るわ。」
隊長達が意見を出してくれるお陰で、自分の強化の為の時間が多く取れるので大いに助かっている。
『ユキト様、お願いですから護衛をつけて下さい。ユキト様は我らの全てなのですよ。』
俺の言葉に異を唱えたのは《騎士魔蟻》のファイ。彼は会議でも進行役を務めてくれ、徐々に隊長達のまとめ役のようなポジションになりつつある。しかし、心配しょうなのは困ったところである。
もちろん、俺だって自分の身がどれだけ蟲にとって重要なのかは理解しているつもりだ。だが、配下の蟲ばかりに頼っていては、それは自分自身の強さではないと最近思うようになった。
俺自身が強くなる。そのためには一人で戦いに挑むということも必要だと俺は思っている。だが、ファイはいくら俺がそう説明しても納得してくれないのだ。
知能が高くて忠誠心が過度に高いのも少し考え物だな。
『心配な気持ちも分かるけど、ユキト様ですもの、御身に危険が及ぶようなことはしませんわよ。』
これは《鈴音の癒蟲》のリリー。リリーはよく仲裁役として機能してくれる。
俺のフォローにも回ってくれるとても良い奴だ。
『それにユキト様には【狂った力の追求者】も付いているんだ、うちらが護衛するよりもよっぽど安全だろうよ。』
《砲台魔蟻》のギーグ。ギーグはかなり豪快な性格で物事割り切って考えることも多い。俺はギーグの性格が嫌いじゃない。
『しかし……』
「俺が決めたことだ。」
『御意。』
ファイも強く言えば黙らすのは簡単なんだけどこれをやると罪悪感がな。
『ユキトも王様みたいになってきたじゃない。』
会議部屋を出て、寝室に入るとアリスが話しかけてきた。
アリスは会議中はめったなことでは意見しない。寝室で二人きりの時はよく話すのだが。なんでも、臣下の前で恥をかかせない為らしい。
王様よりアリスの方が物知りというのは恥ずかしいものなのだそうだ。俺は構わないと思うけれど。
「なんだかんだ言って蟲達に支えられてばかりだけどな。」
特にアリスには、おんぶにだっこで今まで来たからとても感謝している。照れるから言わないけどさ。
それから俺は適当に魔蟻が用意してくれた飯を食ってから外に出掛けた。
「アリス、いつも通り簡単そうなのを見つけてくれ。」
『ブラックマウスがいるわね。』
アリスについていきブラックマウスに辿り着く。進化前の初戦は随分苦戦したし、その後の戦いも数の暴力で勝った相手だが、今の俺には雑魚の分類に入る。
「来い、《無限蟲》」
虚空から現れる十匹の《無限蟲》。
「行け。」
無限蟲の視界は俺の視界でもある。自分を合わせて11の視界に最初は戸惑わされたが今はもう慣れた。
人の時の俺には到底無理だったであろうが、今の俺にはそれが可能だった。
ブラックマウスに無限蟲が到達する前に俺はスキルを発動する。
【麻痺毒生成】
生成した麻痺毒は尻尾から毒針となって発射され、ブラックマウスの後ろ足に突き刺さった。
悲痛な叫び声を上げた後、ブラックマウスの後ろ足は痙攣を始め使い物にならなくなる。
これが俺の【麻痺毒生成】の力だ。ただ、このスキルは燃費が悪く、一回でかなりの体力を持っていかれる。できれば連射はしたくない。
動きの鈍くなったブラックマウスを無限蟲が襲う。
まずはブラックマウスの目の位置まで登り、瞳に噛みつかせる。体を登ってくる無限蟲をブラックマウスは払うも、次から次へと登ってくる無限蟲に抵抗も虚しく眼球を食い破られる。
「キィー!!!」
ブラックマウスの砲口が響く。しかしもう遅い。蟲達にブラックマウスの体に引っ付かせ、頭を回転させる。更にその状況でブラックマウスに噛みつき、頭を戻させる。これは《千命足》の戦い方を真似たものだ。
無限蟲はブラックマウスの肉を引きちぎり、その肉体に侵入していく。そして、ブラックマウスの心臓部分に到達し、ブラックマウスは絶命した。
『お見事ね。』
「これくらいはもう余裕だ。」
次はもう少し強い魔物を探すとしよう。
『この子は《剣兎》、ブラックマウスよりも遥かに格上の相手よ。』
ブラックマウスの肉を食べてから再びアリスに魔物を探してもらって出会ったのは頭に剣のような物が生えた兎だった。この兎、大きさは元の世界の兎とさほど変わらない。つまり、俺にとっては超巨大な魔物ということになる。具体的に言うなら兎がしゃがんでいる状況でさえ、俺の十倍。立ち上がれば俺の二十倍はある。
『ちょっとまだ無理な気がするのだけれど……。』
「分かってる。最悪、クルシアを出すさ。」
俺のチートな僕、クルシアなら目の前の兎にも勝てるだろう。できれば使いたくはないのだけど。
俺が怖れているのはクルシアが強くなり過ぎて俺の支配を逃れることだ。今の実力でクルシアに反逆されては俺達に勝ち目はない。だから俺はクルシアを使うことを極力避けているのだ。
「まぁ、これくらいには勝って見せるよ!!」
無限蟲を十匹出現させ、先程と同じように麻痺毒針を撃つ。しかし、剣兎の毛皮は思ったよりも堅いらしく、麻痺毒は弾かれてしまった。
無限蟲に気がついた剣兎はその額の剣で無限蟲をぶった切りにかかる。串刺しにされていく無限蟲。
俺は痛覚だけは無限蟲とのリンクを切っているので痛みを感じることはない。
死んでしまった無限蟲を創造して数を補給する。
前足で潰されてしまう蟲、剣で刺される蟲、その度に減った蟲は補給する。進化して体力が上がったので創造するのは問題ない。【麻痺毒生成】を連発しない限りは体力ももつだろう。
長い時間が経った。なんとか兎の片目は潰すことができたが、無限蟲が貧弱過ぎる為に決定打を打つことができない。肉を食い破ろうにも兎の皮が堅すぎてそれもできずにいる。
そして今も、一匹の無限蟲が剣で串刺しにされた。
そこで、別の一匹の無限蟲に変化が現れる。脱皮を始めたのだ。
―きた。
無限蟲は俺の特性【無限進化】を持っている。【無限進化】の効果は進化を無限に続けられるというものだけではない。環境に耐えうる体に変化していくという能力があるのだ。これはこの3日間の狩りで気がついたことだ。
そして今、無限蟲達は多くの犠牲を経て剣兎に適応した。
剣兎が適応した個体に剣を向ける。適応した個体は体を丸め、体外に油を染み出させた。それによって剣先が滑り、串刺しにするには至らなかった。
骨格の耐久力も上がっており、兎の前足に跳ねられても潰れることはもうない。
他の無限蟲も一気に脱皮を始めた。無限蟲は群れで一つの個体。一匹の個体情報は瞬く間に群れ全体に伝播する。
剣兎の攻撃のほぼ全てを無効化できるようになった無限蟲で反撃を開始する。
そして兎の瞳から体内に侵入することに成功した無限蟲が頭蓋骨を突き破り脳を食い散らかし剣兎との戦いは終了した。




