9話 ふさふさだ~
建築魔蟻は役割を分担して、穴を掘る。
頭のシャベルで土を崩す係と出てきた土を外に運ぶ係、更に掘ってきた場所を特別な分泌液で崩れないように固める係だ。
これを休みなく続けているので、俺の巣も形に成りつつあった。今日一日では終わらないと思っていたのでこれは嬉しい誤算だ。
俺が巣に用意した部屋だが、今のところは予定通り俺の寝室と食糧庫、繭の保管庫となっている。
これから蟲が進化して明確な自我を持つようになれば個室や、大部屋を作ってもいいだろうが、今は特に必要性を感じない。
で、俺の寝室を用意したはいいがただの個室なら前と状況は変わらない。何か柔らかいものでも敷ければいいのだが。
「何か布団やベッドの代わりになるものはないか?」
『あるわよ。』
俺の質問に瞬時に答えるアリス。何か良い案があるようだ。
『別働隊が狩ってきた魔物に丁度いいのがいたじゃない。』
別働隊の狩ってくる魔物の数は膨大だ。どうやら俺はその丁度いい魔物を見逃したらしい。
しかし、どんな魔物なのだろう。別働隊の実力では大きな哺乳類系の魔物は倒せないだろうから、小動物の類だろうか?
確かに、それを繋ぎあわせれば布団にもなりそうだ。
『これよ。』
だが、アリスが案内してくれた場所にいた魔物は俺の予想から大きく逸脱していた。
「…嘘だろ?」
そこにいたのは大きな毛虫の死骸だった。
『この毛ならフカフカで寝たら気持ちいいと思うわよ。この《ウールワーム》は毒も無いし。』
毒が無ければいいのか?
駄目だろう。俺は体は蟲だし、虫系の魔物を食べることにも違和感を感じなくなってきてはいるが、これは無いと思う。
「他を探そう。」
『まぁまぁ、一度騙されたと思って寝てみなさいよ。』
アリスがそこまで言うならと、俺は一度だけ毛虫の上に寝転がってみた。
結論から言おう。
極楽だった。この何とも言えないフサフサ感と、俺を包みこんでくれる安心感が素晴らしい。
『ね、気持ちいいでしょ?』
誰だ、毛虫は無しとか言った奴は。全然ありじゃないか。
そうだよ。羊毛のベッドがあるくらいなんだから虫毛のベッドがあったっておかしくない筈だ。
「採用。」
肉があると腐ってしまうので、《ウールワーム》を腹から裂いて皮ごと毛を剥ぎ取る。それを俺の寝室まで運んで、敷けばフカフカのお布団が出来上がった。
今日の夜、ここで寝るのが実に楽しみだ。
寝室が出来上がったので、次は繭を守る部屋を作る。繭の部屋は例え魔物が侵入してきても容易には見つけられないように深い場所に作ることにした。
地中から魔物が侵入できないように壁を念入りに建築魔蟻に固定させる。後は見張りの蟲も用意して警戒させれば大丈夫そうだ。
早速、繭をこの部屋に運んだ。
最後に食糧庫だが、これは大ざっぱに広い空間を作るだけなので楽に終わった。ただ、蟲達が取ってきた魔物をこの部屋に運ぶ為の魔蟻、死骸を整理させる為の魔蟻、食糧を定時に分配させる魔蟻、と役割を分担した魔蟻の創造とその命令に想像よりも時間が掛かった。
『そろそろ繭が孵るわ。』
巣の中は光が届かず暗いので時間の経過が分からなかったが、もうそんなに時間が経っていたらしい。
俺は急いで繭部屋まで戻ると、丁度繭の一つにひびが入り中から蟲が出てくるところだった。
繭から出てきた蟲は巨大な魔蟻だった。尻は酸魔蟻のように反っていて、そこには極太の針が付いている。
兵隊魔蟻の1.5倍はあるその体も如何にも硬そうな甲殻で包まれており、強そうだ。
『この子は《騎士魔蟻》という種族の蟲ね。』
騎士か、そう言われると尻尾の針もランスに見えなくもない。なら硬そうな甲殻は騎士の鎧といったところだろうか。
次に繭から出てきたのは巨大な顎を持つ百足。大きさは魔蟻と変わらないが、とにかく長い。
最後の繭から出てきたのは尾が二つある巨大な酸魔蟻だ。酸魔蟻とは違い、がっちりとした体をしている。大きさは魔蟻の二倍ほど。
『その長いのが《千命足》で、尻尾が二つあるのは《砲台魔蟻》よ。』
「お前達は俺に忠誠を誓うか?」
『『『誓イマス』』』
この三匹も念話を使えるようだ。それに忠誠心もしっかり備わっている。
名前は今回も俺が適当につけた。
《騎士魔蟻》→ファイ
《千命足》→ガンツ
《砲台魔蟻》→ギーグ
三匹の実力は明日確かめるとして、今日は眠ることにした。明日は植物魔物との激しい戦いになるはずだ。
余談だが、毛虫のベッドは最高に気持ち良かった。
◇◆◇◆◇
「いくぞ。」
次の日、俺は大群を率いて巣をたった。目指すは《命の木》、今日は一昨日のように数で植物魔物に負けるようなことはない。
俺が引き連れる蟲の数はこんな感じだ。
《魔蟻》…120匹
《兵隊魔蟻》…40匹
《酸魔蟻》…50匹
《甲殻蟲》…50匹
《角殻蟲》…30匹
これに進化して名前持ちの六匹を加えた総勢296匹の大群。
これだけの数の蟲が一斉に移動する光景は圧巻だ。
あの有名な王蟲の大群を彷彿とさせる。
サイズは随分と小さいけど。
途中遭遇した小さな魔物達はこの群を前に為すすべもなく食い散らかされていった。
いつか苦戦したブラックマウスにも出会ったが、ユラが氷糸で動きを止めた後、酸魔蟻と砲台魔蟻のギーグによる酸攻撃でドロドロになったところで蟲の大群が息の根を止めた。
クロシアを出すことなく即けりがついてしまった。
数の暴力を目の当たりにした瞬間だった。
そんなこんなで、俺達は植物魔物の森についた。ここまで来るのに犠牲となった蟲は魔蟻が三匹だけだ。それも今さっき補充した。
準備は整った。後は行動に移すだけだ。
「いくぞ!!」
群を進軍させる。すると一昨日とほぼ同じ場所で再び九匹の《プラネシア》が地面から現れた。しかし、それくらいの数でこの群を止められる訳もなく一瞬で九匹のプラネシアは蟲達によって食い散らかされた。
更に進んでいくと出現する植物魔物の数が凄まじい勢いで増えていった。さすがの蟲達も一瞬でけりをつけることは厳しくなってきた。
『この辺りで腰を据えて植物魔物達を殲滅させた方がいいんじゃない?』
アリスの言う通り、これ以上進むのは危険だ。今はプラネシアとシルジアしか出てきてないが、この先はもっと強力な植物魔物も現れるだろう。
悔しいが、俺達の実力では勝てそうにない。
「各自、植物魔物を殲滅しろ。」
空から降ってくるシルジアは酸魔蟻とギーグが撃ち落とす。特にギーグは尻尾が二つもあるのにも関わらず、狙いを外すことなくシルジアを撃退していく。さすが、進化した個体の戦闘力は高い。
《騎士魔蟻》のファイも、プラネシアの頭部を正確に尻尾のランスで突き刺している。
体も丈夫な為、多少の攻撃ではびくともしない。
《千命足》のガンツもその顎でプラネシアを真っ二つにしてムシャムシャ食べる。
ガンツの体は始めに比べると明らかに延びている。どうやら他者を喰らうことで成長するタイプの蟲らしい。
他の進化した蟲達や普通の蟲達も、集団でプラネシアとシルジアに挑み、勝利している。
しかし、倒しても倒しても後から後からわいてくる植物魔物。俺達の戦いはまだまだ続くようだ。
虫毛の布団、どこかに売ってないかなw