3. Isni3
3. Isni3
3-1.
(Into the network ; Arkstar)
[第421全球戦争。
戦場はイスニⅢ。イスニ星系第3番惑星。メカナ宇宙層の外縁空域。原始的な植物と両生類が繁栄する緑豊かな星。
イスニⅣ以遠のメカナ彩色圏圏外より飛来し、イスニⅢへの降下侵攻を行ったシジャ文明との軍事衝突。領域拡大を阻害し合う、異なる人類たちの全面戦争。
開戦より16時間80分00秒現在、戦火によって惑星地表の24%が蒸発、熔解。炸裂する光熱の余波を受け、森林の35%は焦土。大陸沿岸の海洋は蒸発、沸騰。激戦地は西北大陸東沿岸部へと移動。
シジャは現在までに巨兵約1,450,000体、鬼兵約310,000体を投入。内、巨兵880,000、鬼兵110,000体が戦死。
メカナは機兵約12,310,000体、空中戦艦2,317隻に加え、騎士124名を投入。内、機兵3,200,000超が大破、戦艦229隻が轟沈。戦艦搭乗員263名が戦死。
シジャの主戦力は、まず巨躯と光熱を誇る多数の巨兵たち。地上から高空まで幾重もの隊列を組み、怒涛の掃射を行う。
そして、上位巨兵と上位鬼兵。上位巨兵は下位の巨兵よりもさらに高く聳え、空を占め、山河を融解させる強力な爆雷を放つ。1,450,000の内、既に38,924体を確認。それらの光だけでメカナ機兵のおよそ1,100,000が大破。
メカナの主戦力は機動と圧倒的物量を誇る機兵たち。七つの恒惑星の工場群で製造される、メカナ文明そのものとも言える金剛の武力。
さらに、上位機兵は使者の手によって個別製造される上位種。12,310,000の内、74,441体の投入を数える。
機兵を操る者は、射手と呼ばれる機甲の繰り手。機兵操作特化の数位使者。各前線の旗手を勤める空中母艦に座し、逐次投入される機兵を精密操作する。その騎士階級は20名を数え、各一名が数百名の部下を揃え、各々の大隊が最大で上位機兵数千体、機兵数十万体の一括遠隔操作を行う。
しかし、シジャ上位鬼兵がメカナ上位機兵を狙う。3,917体を確認。配下の鬼兵を伴い戦場を疾駆。遊撃を行う。上位機兵大破の半数は上位鬼兵によるもの。
さらにシジャは開戦11時間後と13時間後にそれぞれ最上位巨兵88体を投入。それは単体で大陸の地殻を剥がし得る、シジャの最大戦力の一種。赤黒い彗星。宇宙真空より無限に墜ち続ける者。山脈を崩す光を容赦なく幾重にも瞬かせ、聖天使の彩色圏をも溶かし、核と彩色の光熱で機兵の布陣を壊滅させる。現在までに機兵840,000体、上位機兵5,300体を破壊。それらのほとんどが蒸発という消滅。
絶望的な火力に対し、100名のメカナの騎士が最前線で破壊を振るう。騎士は異界人類の殺戮者にしてメカナの天上に君臨する地上兵力の統括者。絢爛たる花翼で天空を裂き裂く戦士。小さきヒトのかたちを保ちながら、大陸を砕く巨人を貫く。
彼らを守護するのは333体の最上位機兵。女神サフィアが造り出す、天使兵とも呼ばれる護りの力。騎士にのみ制御を許す、天上の輝かしき機甲。守護する騎士の命となり、大火と光熱に耐えてなお光り輝く。
120の外に、真に高位の戦士が3名。聖天使エクシ、賢王オリオン、英雄タイナクトー。高位騎士。メカナに七人のみ存在する頂点。惑星を砕きうる者たち。三名以上の投入は決戦を意味する。それぞれが盾と翼、弓矢と砲、剣と槍を司る戦神。盾と翼を成す彩色圏は黄金の光が鎮座する高空母艦を中心として大気圏の68.09%を保持。極大の威力を持つ鏃と刃は先陣を切って巨兵の幕を裁断する。多くの天使を従えるその姿は、もはや光の彼方。
100の騎士と総じて、およそ450,000の巨兵と76,000の鬼兵、22,297の上位巨兵と3,191の上位鬼兵を殺戮。さらに最上位巨兵116体を殲滅。守護者たる最上位機兵の124体を失うも、開戦時より未だ戦死者なし。
最後に数えられる者は、死の騎士、デディゼンド。
開戦当初より最前線に並び立ち、二丁の拳銃と二体の天使兵、二枚の翅翼、そして独自の強力な電磁透過の魔法系式を用い、無色の銃弾によって上位巨兵761体と上位鬼兵101体、最上位巨兵39体を殺害。176の悪夢の内の39が彼の破砕。
主武装は対をなす2丁の拳銃。繰り出されるのは死の魔法。射撃対象の質量もエネルギーも零にする。防御不可。口径、距離、方位、射撃数、全て自在。着弾座標上の存在を中心部から球状に絶対的に消滅させる。無色の大気の中から殺戮する。巨人たちでさえ一瞬で殺す。引き金が一度引かれる度に、異界人類たちの神経中枢と動力中枢が全く同時に破壊される。
解析不可]
(Back to the subject ; Deathisend)
血肉の地獄。戦場。死骸の混じる土砂。肉の土砂。血の海。敵兵の死体と機械の残骸。敵も味方もなく、臓物もパーツも、大も小も無意味。それらを混ぜて沸騰する大地。灼熱する大気。焼かれた血と肉が赤く濁った空に千々に舞う。
迫り来るものは幾万の死骸を跨いで破滅の光を吐き出す巨人の隊列。灼熱と黒の鎧をまとった万死の行進。彼の敵であるもの。同じ起源を持ち、決定的に異なる文明を持つ人類。ヒトという生物種。シジャという異世界、異なる文明圏に生きる者たち。数千年の断絶により、戦争以外の疎通は不可。侵攻される以上、関与は不可避。
後は、委ねるか、否か。
否。互いに殺し尽くすしかないと決定している。
シジャは人が人を喰らう魔人世界。侵略は地獄の噴出を意味する。
幼稚で悪夢的な光景。
ああ、早く帰りたい、と彼は思った。
ああ、早く帰りたいのか、と彼は気付いた。
翅の翼を背負い大陸上空を舞台に乱舞。天を衝く巨人の頭部と胸部を虚にする。巨兵の小隊列を率いる七百六十二体目の上位巨兵を撃破。躊躇なく射撃。外装肉体の巨大な血飛沫を噴き上げさせる。
天険の高峰を溶岩に変える爆雷を察知し、左のセイレンでその中心部に小さな穴を開け、七百六十三体目の敵の目前で破裂させ、足を止めた空中隊列の中央に位置する上位巨兵の頭蓋と心臓を右のセイレンで打ち抜き、そのさらに後方上空に三十体の上位巨兵と一体の最上位巨兵よりなる高空殲滅隊列を捉え、巨兵たちの隊列を置き去りにして後方の機兵に任せ、背後に二体の最上位機兵を伴い、空を馳せる。
赤黒い汚泥の上空を飛び続ける。
電磁透過の迷彩を纏い、シジャ彩色圏圏内の北極圏へと侵入。立ちはだかる上位巨兵の殲滅隊列へと突入。
銀の翅翼で飛翔しながら無色の視覚と最上位機兵の数位恒体、戦時集積情報網の情報を総合、解析し、全方位を緻密に俯瞰。
最上位機兵の自律防護と後方からの支援砲撃を盾にし、さらに単騎進軍。光速の0.365%で戦場を鋭角に疾駆。引き金を引く。
真球宇宙に浮かぶセイレン宇宙から当該球面三次元空間に対して破壊の圧力を照射させる。六秒の内に三十一の内の六を殺害。
殺戮する。
言葉なく、空を切り裂き、空を穿ち、硬い音を残す。そして光なく、光を越える死を呼ぶ。
開闢を見下ろす時空から破壊の槍を照射する。空を裂く。空を穿つ。敵を殺す。それを繰り返す。宙を飛ぶ。虚を穿つ。敵を殺す。
敵の砲火と鮮血を防ぐ必要すらなく、慣性を制御し、宇宙空間をも見据えて空高く飛ぶ。
隊列中央の最上位巨兵は両翼を伴って中間圏まで上昇。デディゼンドの予測位置へと絨毯爆撃を行い、多重の光線砲撃を放つ。
同時、突如として宇宙空間に接する高高度から七体の鬼兵が飛来。漆黒の槍を携えてデディゼンドに迫る。
最上位鬼兵。背丈三メートルの彼らが有するエネルギー量は最上位巨兵と同等。漆黒の鋼の肉体と凝縮された破壊の力。
極めて強力に隠蔽されているはずの彼の位置座標をほぼ正確に襲う。未知の索敵手段により位置を看破したと推測。
警告。最上位巨兵が大地を蹂躙する巨体と爆撃の能力のために機動性を犠牲にしているのに対し、鬼兵の最上位種は薄く強固な無色の鎧による超高速戦闘駆動を可能とし、さらには数位と内積に特化。その兵数はシジャにおいても希少。近接戦闘能力は騎士を凌駕。
おそらくはデディゼンド抹殺のために投入された切り札。シジャは単騎戦力こそメカナに劣るが、最上位種の兵数は圧倒。一度に切られた、七枚もの切り札。エース。加えて最上位巨兵の圧倒的な砲火がメカナの後方支援を沈黙させる。
[定義破棄:座標0001から2261]
死地。敵対象を空間に束縛する無色の圧力も最上位鬼兵には一秒以上の時間を得られず。鬼兵殲滅隊列は空に刻まれる精密な鋭角駆動と爆発的な機動でデディゼンドをシジャ圏内の奥深くへと押しやりながら肉薄。
全方位へと最大出力の無色圧力を撒く。未だ伏せていたデディゼンドのエースの1st。
[座標点定義:数位集積経路内座標空間:座標0001から0007]
〈実行R:照射座標指定:指定数七:参照:座標0001から0007.
実行Rより0.9704秒:完了〉
反応の遅れた鬼兵に対して0.9704秒以上を得る。一体の上半身が潰れ、消滅。
圧力から逃れた鬼兵たちの猛攻に応じ、左の銃を掲げ、銃口から無色のエネルギーを放つ。セイレンではなく純粋な無色の直線破壊力線。外積によって空間エネルギーの放出を直線状に制御。彼のエースの2nd。迫り来る一体の左腕を間一髪で破壊。敵の無色の鎧の貫通に成功。
しかしここで、生き残っていた二十四体の上位巨兵と一体の最上位巨兵が集中砲撃。十三の閃光がデディゼンドの足元に集まる。天空を焦がす大火。地平の此方に夕日が生まれる。焦点から逃れつつ最上位機兵一体を防護展開。無色障壁を合わせてこの身の蒸発を防ぐ。
〈実行R:照射座標指定:指定数64:参照:座標0008から0071〉
今までにない精度。無色力線の使用により射撃位置が特定されたと断定。電磁透過の優位性は完全に失われたと判断し、広範囲の無色圏の展開に切り替える。半径八十キロメートルの空間圧搾。敵の彩色圏を削り取り、光速空間転移による至近距離への敵の増援を防ぐ。
直後、未だ灼熱に燃える空間と最上位機兵を破り、六体の最上位鬼兵が包囲攻撃。四方に体躯を展開していた機兵は大破。四肢断裂。胸部破砕。
〈実行L:照射座標指定:指定数64:参照:座標0072から0135〉
〈実行Rより0.9704:完了.
実行RⅡ:照射座標選別:選別数1:座標0010〉
機兵の最後の力による防護と隠蔽の中、デディゼンドは既に八方へと置いていたセイレン照射指定座標に対して右の引き金を引く。
最大指定数と座標選別によるセイレンの空中地雷。有効範囲に入っていた一体の殲滅に成功。エースの3rd。
風穴の開いた包囲網を突破。態勢を整えながら追跡する隊列に対し、その到達予測空域にさらに六十四の座標指定。
〈実行Lより0.9704秒:完了.
実行LⅡ:照射座標選別:選別数2:座標0099・0113〉
左の銃の引き金を引く。
有効範囲内の二体も含め、敵五体は射撃の一瞬前に照射空域から散開、離脱。恐らくは中空に曝された左手、引き金を引く指の動作を見て射撃を回避。恐るべき看破と機動。
デディゼンドは即座に両腕を伸ばし、二つの銃口の周囲に数千もの無色の凝縮点を並列展開する。引き金を引き、一千本の力線を輻射状に同時発射。無色力線の多重射撃。一体の殺害と二体の部分損壊に成功。残り四体。
デディゼンドは光速1.183%で離脱。十六時間に渡る戦闘と連続照射のため、両腕にあるセイレン制御の集積経路が焼き付き始めている。戦闘続行は危険。
しかし生き残った最上位鬼兵が予測を上回る速度で猛追。万全の二体が回り込み、大気を裂く暴風で衝撃を与える。加え、片腕の一体と片腕片足の一体が背後から急襲。二本の長槍が無色の防壁を突き破り、残り一体の最上位機兵を刺し貫く。頭部爆砕。体勢を崩して地上に墜ちてゆく。デディゼンドは地表へ駆け下り交戦空域を一時離脱。
その時、さらにもう七体の最上位鬼兵が高空より襲来。無色圏の外側から射出され、大気圏を突き抜けて飛来。直上から数百の光線を放ち、空域と赤土の荒野を千々に焼く。
死線。
応戦。単騎にて敵十一体を迎え撃つ。拳銃を空へ向け、左右の無色力線を空に置く。先の一千の弾幕は不可。十に百に散らし、胸部の無色集積経路を温存。上空から放たれる致死の光線は無色障壁で辛うじて屈折させて逸らしつつ、赤い地表を背に擦らせるようにして疾駆。
無色力線の射撃はせず、空砲のまま引き金を引く。しかし敵は回避運動を取らない。おそらくは両腕にある集積経路の微小なエネルギーの発生を見破り、死の弾丸の制御部として特定している。手に持つこの拳銃が絶対の因果装置として機能していることは、無論初めから気付いている。
迫り来る絶望に抗い、左右の腕を交差させ、左右から襲い掛かる二体を射撃。回避運動を取らせ、致死の刺突を掻い潜る。
〈実行R:照射座標指定:指定数11:参照:座標0136から0146.
実行Rより0.9704秒:完了.
実行RⅡ:照射座標選別:選別数0:指定座標破棄〉
構わず、力線射撃の狭間で右のセイレンの引き金を引く。
上空の敵十一体が一斉に散開。
牽制に成功。敵は指定破棄の魔法系式は識別できていない。貴重な時間を稼ぐ。
デディゼンドの切断を狙う二体とその後方から追撃しようとする二体に無色縛鎖。4th。鎖状に極限まで硬く凝縮させた無色のエネルギー。蛇の大群。対象の輪郭という界面を空間ごと押さえつける無色圧力とは違い、絞殺も可能。敵の頭部や手足を捕え、固く縛りつける。
止めよりも高速離脱を優先。しかし上空の七体は依然として健在。放たれる光線がデディゼンドを襲う。
〈実行L:照射座標指定:指定数64:参照:座標0147から0210〉
全方位最大出力圧力放射。包囲を狭める七体への応手。対応され効力は薄い。体を回転させながら力線を連射。天地を逆にし、地平を回し、縦横無尽に直線を置く。
〈実行R:照射座標指定:指定数1:参照:座標0211〉
〈実行Lより0.9704秒:完了〉
左の座標指定が完了。
回避運動と力線射撃で敵隊列をその座標に誘導する。あるいは決定されていたかのように、彼を追っていた敵七体の内の三体がその座標群に飛び込む。
〈実行LⅡ:照射座標選別:選別数3:座標0153・0189・0204〉
一瞬だけ無色圧力で押さえつけ、左のセイレンを照射。三体を消滅させる。5th。脳内に構築された数位 集積経路による超高速演算は鬼兵殲滅隊列の機動を凌駕。計六体。
そして光速の5.008%の飛翔。6th。上空へ。光線を放った直後の者たちの至近から無色力線を撃つ。七、八、九体目を撃墜。
十体目の頭部を全力の内積の膂力で蹴りつけ、爆砕させる。反動を利用し反転。後方へと飛び、メカナ彩色圏への退避を目指す。
しかし、亜光速飛行の限界。早くも集積経路と体が軋む。更なる離脱行為は不可。減速。応戦しなければ死。
残る四体が驚くべき加速を行い、同時に四方から迫る。長槍の円弧。応じ、デディゼンドは力線を連射。弾かれる四本の長槍。数位 集積経路の演算は体内の内積の精密制御にも有効。最も大きく反れた一本の横を抜け、四体全てに無色縛鎖を与えながら包囲から逃れる。
〈実行Rより0.9704秒:完了〉
右のセイレンを照射。目標は間際まで自身がいた空域。亜光速飛行の遥か前、左のセイレン照射よりも前から指定していた座標。誘導に成功。0.9704秒が経過。
最大口径のセイレンで当該空間の物質とエネルギーを消し潰す。半径約百三十六メートル。7th。隙間なく空間を埋める巨大虚空。一体の離脱が間に合わず、首から下を失う。残る頭部を即座に力線で蒸発させ、止めを刺す。そしてもう一度距離を置いて敵戦力と対峙。
〈実行L:照射座標指定:指定数64:参照:座標0212から0275〉
〈実行R:照射座標指定:指定数64:参照:座標0276から0339〉
動作停止。滞空継続。
生き残った三体から戦慄の感覚が伝わってくる。デディゼンドは無言。
戦闘の中の沈黙と停滞。一秒未満のそれはしかし、確実に時間を進め、彼らの死を呼ぶ。
〈実行Lより0.9704秒:完了〉
〈実行Rより0.9704秒:完了〉
三体が一斉に馳せる。幾度かは彼を驚かせた戦速で迫る。
回避後、デディゼンドは無色の圧力を放射。特にその内の一体、右上方から迫る鬼兵へと圧力の密度を増し、一瞬間、動きを完全に封じる。
〈実行LⅡ:照射座標選別:選別数1:座標0255〉
〈実行RⅡ:照射座標選別:選別数0:指定座標破棄〉
完了していた座標指定の内の一つを選別し、左の引き金を引き、頭部と心臓部を破壊の虚に落とす。予測攻撃はなおも有効。
圧力から逃れた二体はデディゼンドの目前で交差。前方に出た一体が正面からの突撃を敢行。力線を回避し身を捻りながら切り掛かる。そして無色の障壁に触れる直前に上空へ離脱。敵の牽制。前者の背に隠れていた残る一体の迫撃。
片腕片足のそれは、初めに左腕を穿たれ、続けて右足も失わされていた鬼兵。下方からの切り上げ。デディゼンドは力線を上下に置きながら後退。敵二体は彩色によって力線を屈折減衰させ、回避に成功。上下から高速の回転を加えて躍りかかる。更に交差。首や両手、銃にも多くの死線を引く。多重の牽制と幾重もの鋭角軌道。幾つもの残像を重ね、力線と縛鎖を掻い潜る。
空を切り刻む軌跡と力線。激突を繰り返す螺旋。
三本のベクトル(ファクス)と無数の衝撃が戦場の空間を駆け巡り、天と地の物質を刻む。メカナ彩色圏まであと千五百メートル。しかし二体の鬼兵がデディゼンドの眼前に死線を引き続ける。セイレンの牽制を用い突破口を探るも、敵の執念は狂気すら生温い。
メカナとシジャの境界に沿い、三者が絡み合って南下。シジャ彩色圏内の戦場を通過する。巨兵の隊列の最中に衝撃波を残す。敵の陣地へと進軍する機兵の大隊を掻き乱す。戦線を刺し貫く。乱れ合う破壊線は今や一体。
そして、セイレン。
〈実行LⅡ:照射座標選別:選別数1:座標0952〉
数位集積経路の演算網が遂に鬼兵の一人の下腹部を捉える。
下半身をなくした敵は彼の敵の目前へと迷わず飛び込み、自爆。自ら破裂し、莫大な熱と光と呪いを残す。デディゼンドは咄嗟に最大出力の無色障壁で防御。しかし、一瞬間、動きを封じられる。
片腕と片足のない、最後の一体。背後に回り込み長槍を投じる。
渾身一擲。絶対的不可避。槍はデディゼンドを追尾する外積をも宿している。
頭部を失い墜落していた最上位機兵が鬼兵の死角から飛び込んでくる。光速27.651%。不屈の機甲を自壊させる捨て身の跳躍は主を殺すものを目標とし、主の代わりに正しく槍の一撃を受ける。大破。
デディゼンドは身を捩り、天使を貫いて威力を落とした槍を回避。
槍が至近で爆発。薄皮一枚の最終障壁で防御。
最後の鬼兵が貫き手で突き進む。デディゼンドも渾身の力線射撃で応戦。
敵の右腕も力線に貫かれ破砕。しかし敵はそのまま額からディズに突貫。あまりに熾烈なエネルギーを散らし、額部分の最終障壁と拮抗する。
〈実行R:照射座標指定:指定数1:参照:座標1003.
実行Rより0.9704秒:完了〉
『ここまでか』
やがて、左足だけとなった鬼兵はシジャの言葉で独白した。ディズはその言葉を理解していた。しかし彼は答えず、口を閉ざし、敵をただ見ていた。
『死神め。これほど小さな身で、どこまでの死を与えるというのか』
死は十分に満ちていた。彼らは額を合わせ、目を合わせていた。
瞳の見えない敵の目はどこまでも黒かった。ディズはセイレンの引き金を引き、自爆される前に頭部と心臓部を潰した。
ガン。
至近で照射の余波が鳴り響き、彼の眼前で黒い目が消滅した。
鬼兵の残る体躯が光となった。破壊されなかった腹部に巨大な光体が現れたのを彼は見た。シジャの彩色光体。鬼兵の死の直後に転移されてきたと分かった。
一瞬でその場所に出現した。生まれたばかりの鬼兵の骸に。命の火が絶えたばかりの、死せる量子領域への物体転移。ディズが張り巡らせる無色圏の中への彩色の空間転移を可能とした未知の現象。未知の魔法系式。
その帰結は、膨大な光熱の破裂。
即座に懐から一個の無色光体を投じた。8th。
二極の光体の炸裂。だが、あまりに大きな光彩の圧力が透明な光を圧倒した。瞬く間に空に溢れた。空を彩った。
空間を埋める色彩。開放熱量は最上位巨兵の大火の数倍。それだけではなく、空間を彩るほどの高密度なシジャ彩色圏を撒いた。
ディズの光体は降りかかる光熱と彩色を無効化して彼の命を守ったが、強烈な空間エネルギーが彼の力を消し去り、全てを染めた。
[警告。位置3298‐4792‐0003を中心とした大型光体の炸裂、及び3298‐4792‐0532での大規模な核融合反応前駆状態を計測。
核融合反応無効化魔法系式に対する未知の防壁が構築されているため、反応無効化は困難。高い確率でシジャ彩色圏を内包した惑星規模の小型恒星が大気圏内で発生すると予測されます。
臨界まで、およそ00.00.09]
ディズは3298‐4792‐0003にいた。光の爆発の中心にいた彼は無色のほとんど全てのエネルギーを失っていた。度重なる戦闘で両腕と大脳の集積経路も過負荷状態に陥っていた。辛うじて翅翼と電磁迷彩を働かせる力は残されていた。
無色圏を閉じ、赤い空間の狭間に姿を溶かし、頭を振り絞り、高度0532地点への攻撃とメカナ彩色圏への離脱の成功度について演算した。
完遂はどちらも不可。届かない。長距離を誇るセイレンの射程圏を持ってしても、今の状態と状況では。明らかだった。
爆心地の周囲に六十四体の上位巨兵が出現していた。地平線に沿って全方位から遠く彼を取り囲んでいた。
彩色圏への光速空間転移。迅速な勢力配置。ディズのいる空域を光で焼かないのは包囲を万全とするためか、浮遊するだけの彼の位置を看破できないためか。
ただ、少しでもエネルギーの動きを見せれば大火が襲ってくるのは容易に予想できた。そして、その大火から逃れるだけの速度を持てないことも分かっていた。無論、火を防ぐだけの力はどこにも残されていなかった。
「ここまで、か」
独白し、赤い天上を仰ぎ見た。小さな太陽が生まれようとしているのが見えた。望遠。陽子の揺り篭を取り囲む、鬼兵よりも小さな三つの人影。
シジャの僧兵。最前線の巨兵や鬼兵とは異なり、後方で機略と尖兵を操る権力者たち。死神を滅ぼすために遂に現れ、彩色を宿す小型恒星生成の魔法系式を実行。非常識なほどに高速。十秒未満というのはありえなかった。
どのような秘術を使ったのか。しかしそれでも、恒星が完成すると同時に転移できるとしても、上位の僧兵が三名であっても、肉体と精神、集積経路が持たないはずだった。
彼らも死ぬ気だろう。ディズは思った。核融合反応の無効化は間に合わないだろう。メカナが有する魔法系式を以ってしても無効化できないということは、その防壁はシジャが保有していた切り札ということだ。
本来ならば恒惑星攻略まで温存されていたかもしれない。無色の迷彩やセイレン集積経路を看破する解析力、無色圏内部への空間転移も含め、魔法系式の応用においてシジャは全く侮れない。彼らと天使たちとの戦いが楽しみだ。
[00.00.03]
オリオンの砲弾とタイナクトーの投擲は間に合わない。エクシは自分が支える彩色圏に全力を注いで味方を守らなければならない。騎士や射手は星の破滅からの離脱が最優先。打開策はない。時間があまりに足りない。
太陽で星の過半を融かしたとしても、幾つもの切り札を失ったシジャはこのまま敗走するだろう。メカナは最終的に勝利できる。
しかし、俺はここで死ぬ。
こういう終わりは予想していた。十分にありえる死に方だった。このように戦死するだろうと想像できていた。
「シズ! ディアが待ってる!」
オリオンとエクシの声。途切れかけた集積情報網を通じて、音声情報で、そのまま、重なって聞こえた。
[00.00.01]
ここまで来たのは。
生きるためではなく、殺すためだった。
ああ、そうか、とディズは理解した。初めて、ディアの地獄の一端に触れられたような気がした。
[定義破棄:座標0001から1003]
[座標点定義:数位集積経路内座標空間:座標0001・0002]
〈実行L:照射座標指定:指定数1:参照:座標0001〉
〈実行R:照射座標指定:指定数1:参照:座標0002〉
〈実行Lより0.9704秒:完了〉
〈実行Rより0.9704秒:完了〉
セイレン照射座標指定。
同時に大脳の数位集積経路と胸部の無色集積経路を限界まで稼動。両手と二丁の拳銃の挙動を完全制御。
十のマイナス四十三乗秒のプランク秒単位の同時で両手の引き金を引く。二つのセイレンを同時照射。
目標座標は手の届くほどすぐ傍の空中の二点。0.001メートルも離れていない。セイレン半径は0.68メートルと0.69メートルに指定。髪と足先が内側のセイレンに接する。自分を二重に殺すように、同心円状に二つのセイレンを置く。
異なる二つの銃口から全くの同時に放たれて重なり合ったセイレンの発現は無効化される。破壊の破壊。それは矛盾。この次元では発生しない現象。そのため、本来は一つの銃口で破壊範囲が重なるような座標と口径の指定はできない。
生まれる空白は概念の矛盾による現象の破綻に近い。
それをこの時空に置き続ける。一瞬の照射ではなく、銃の引き金を引き続け、矛盾の空白と絶対破壊の圧力を放ち続ける。不断の連続照射。限界は両腕の集積経路が焼き切れるまで。
故に、セイレン結界。9th。高次圧力の殻に身を包み、あらゆる物質とエネルギーに対して不可侵の空間を創る。拒絶境界。全ての事象から遮断される。
予測持続可能時間、およそ、8.38秒。
8.38秒が経過。限界を超える。
10.00秒が経過。赤熱。
20.00秒が経過。発火。
25.76秒、両腕が同時に破裂。
その一瞬前に、両腕のセイレン集積経路を同時に停止。それは可能。破裂の予兆を捉え、プランク秒単位で二つの照射を同時に止める。そうしなければ死。それは可能。正真正銘の最後の力。
成功。セイレン結界消失。意識は残存。白い視界。後は。
委ねるか、否か。
3-2.
生きて、と故郷で言われた。
生きなさい、と宇宙で言われた。
生きてほしい、と天上で言われた。
皆、生きろ、と言ってきた。
やっと、生きたい、と自分で思えた。
あの子にも、そう思わせたい。
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(2nd clear revolution ; I)
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