罪深き私は英雄をも殺す。
私を裏切ったのは、私が一番信頼して、愛していた存在。
「殺してくれませんか?」
毎日私は彼に懇願する。
常に私の傍には人がいて、窓も塞がれている。
飛び降りて死ぬことも許されない。
首を吊ることを考えたけれども、死ぬ前に気づかれてしまう。
餓死することも考えたけど、彼が私に無理やり食べ物を与えようとするから、それが嫌で最低限の量は食べている。
彼のことは大嫌いだ。
姿も見たくない。
けれども私は彼の部屋に閉じ込めらていて、いつも彼は戻ってくる。
笑顔で今日はどうだった?って聞いてくる。
私は答えない。
ただ、殺してくれと懇願する。
その度に彼は顔をゆがめる。
きっと悲しそうな顔なんだろう。
それが。
出会った時から、彼はいつも笑顔だった。
優しい人。
私は彼と一緒にいるのがとても楽しくて、満たされて、だから彼から告白された時、すぐに承諾した。
父をどうにか説得して結婚。
私は彼に似た子が欲しくて、何度も体を重ねたけど、子供はできなかった。
そして、事は起きた。
突然、城に民衆が押しかけてきて、私の父は殺された。
ううん、家族全員だけだ。
私だけ生き残った。
私は何も知らない無垢なお姫様だ、そうだ。
だから、殺されないで済んだ。
そんなことはないのに。
美しいドレスを着て、贅沢な食事をしてきた。
私の姉や兄と一緒だった。
私は彼と結婚した時点で、王位継承権を失い、王族ではなくなっていた。
だから、私は彼の妻のまま、今も生きている。
「お願い、触らないで」
彼に触れられるのが嫌だ。
もし子供ができたら、私はその子まで憎んでしまうだろう。
あんなに求めていた子ども、今は欲しくない。
死ぬことが今叶わぬなら、老いて死ぬしかない。
病気になってもいい。
どうか、早く死ねますように。
私は寝る前にそう願う。
ある日口に出していたみたいで、彼がまた顔を歪めた。
悲しいのだろう。
彼の感情なんてどうでもいい。
ううん。
それだけじゃない。
もう、本当にどうでもいい。
私はどうして死ねないんだろう。
彼はどうして私を生かすのだろうか。
王族の子を欲しているから?
ううん。
もうこの国には王はいない。
統治者は国民から選ばれた者だ。
彼ではない。
彼は統治者の片腕にすぎない。
だけど、彼のおかげで城は落ち、王政は終わりを告げた。
「アレスティア」
彼は私の名を呼ぶ。
「どうか殺してください。お願い」
私の答えはいつも同じ。
もう生きていたくない。
ただ、死にたい。
家族の元へ行きたい。
「僕のことは、もう本当に嫌いなんだね」
顔を歪めて彼が問う。
「殺してください」
答えは同じ。
何も考えたくない。
ただ死にたい。
「わかった。だけど、僕も一緒にいっていい?」
「いや、それはいや」
彼と一緒に死ぬなんでとんでもない。
例え、死ねたとしても、嫌だ。
反射的にそう答え、彼の表情が固まる。
彼はなぜ理解できないんだろう。
私は彼を愛していた。
だけど、彼は私を裏切り、家族を殺した。
彼を愛するという感情は私の中から消えてしまった。
残るのは嫌い、憎いという感情。
「……そう」
彼が背を向けた。
私は今日も死ねないらしい。
無意味な時間を過ごす。
侍女に監視されながら。
私の侍女だったものは、あの時から変わっていない。
それも私を苛立たせる。
彼女は、彼たちは、彼が私を裏切ると知っていたのだろう。
酷い話。
だけど、彼女たちからしたら、私の方が酷いらしい。
彼からも、侍女からも事の顛末を聞かされた。
王族が殺され、国民は大喜びだったみたい。
百年以上も王の一族によってこの国は統治されていた。
だれも殺された王族に対して、冥福を祈ったり、しなかったのだろうか。
どうか天の国へ行けますようにと願った者はいなかったのだろうか。
それほど、王は、王族は憎まれていた。
どうして?
何日も考えて、やっと興味を持てたこと。
それはなぜ父がそこまで憎まれていたのか、そのことを知りたいと思った。
侍女に聞きたくない。
言葉を交わしたくないから。
だから、新聞を読むことにした。
新聞というのは、毎週の大きな出来事や、お店の紹介をしている紙のこと。
城から出て、彼の家に住むようになって、その存在を知った。
読んだことはなかったけど、情報を得るため、私は読むことにした。
明るいことばかり書かれていた。
隣国と和平を結んだとか、税制が変更され、生活が楽になったとか。
隣国から劇団がきたとか。
父は隣国の豊かな土地を狙っていて、戦争を仕掛けていた。
かれこれ三年くらい続いていたと思う。
我が国、いえ、この国の土地は痩せていて、穀物が沢山育たない。だから隣国の豊かな土地を狙うのは理に適っていると思っていた。
だけど今、この国は自国でとれる岩塩を隣国に売り、穀物を買い取っている。
戦争しなくても、この国は豊かになろうとしている。
戦争によって多くに国民が犠牲になった。
税もあがり、生活はどんどん苦しくなっていたみたい。
私は街に住んでいたけど、買い物はすべて使用人がしていて、外に出たことはなかった。
貧困にまみれた街はいま徐々に回復している、記事にはそう書かれていた。
国が豊かになっていっている。
王が死に、王政がなくなったおかげで。
父が憎まれた理由が理解できた。
そうなると余計、私は死にたくなった。
だから、私は侍女にお願いすることにした。
「あなたは私のことが嫌いでしょ?だから消えてあげる。屋敷から出て行かせて」
そう聞いたけど、侍女は頷かなった。
「じゃあ、その手にあるナイフを貸して。死ぬから。これでも元王女よ。使い方は知ってるわ」
その願いも侍女には却下された。
なぜ?
死んでしまったほうがいいでしょう?
私なんて。
「アレスティア。あなたが侍女を困らせてると聞いている。どうして死ぬのを諦めてくれないんだ」
「ノリス。私は死ぬべきだわ。やっとわかったのよ。私」
久々に私は彼とまともに会話した。
嬉しそうな顔を一瞬したけど、言葉の内容を理解した後、すぐに顔を歪める。
「あなたは死ぬべきではない」
「どうして?私はあの父の子よ。姉も兄も全員殺された。私も殺されるべきでしょ?私は城にいた時、国民が飢えに苦しんでいる中、贅沢な食事をしたわ。ドレスも沢山着たわ。兄と姉と一緒。同罪よ」
「……僕があなたを死なせたくない。だから、僕はこの計画に乗ったんだ。僕が実行しなければ、彼はあなたを殺していたから」
彼の表情はわからない。
こんな顔、何て言っていいか。
「アレスティア。罪なんてどうでもいい。僕はあなたが生きていればそれだけでいいんだ。だからお願い生きて」
彼は泣いていた。
だけど、私の心は動かない。
だって、私は……。
言葉が出てこない。
なんて答えていいかわからない。
ただ、気が付いたら、涙が頬を伝っていた。
「アレスティア」
彼が私を包む。
「やめて」
やはり触れられるの嫌で、彼から離れた。
彼を愛していた。
彼に触れられるが好きだった。
だけど今は、やっぱり嫌だ。
「ノリス。やっぱり私を殺して。だけど、気が変わったわ。あなたも一緒に死んで」
「わかった」
彼の返事が早かった。
毒のワインが用意されて、彼がまず先に飲んだ。
私が飲まない可能性もあるのに、彼は先に飲んだ。
本当に変な人。
久々におかしな気持ちになった。
「アレスティア」
ワイングラスが彼の手から落ちた。
彼の顔が歪む。
「ノリス」
私がグラスを手に取って、中のワインをすべて飲むと、彼は微笑む。
「馬鹿な人。本当に」
彼は死ぬことなんてなかったのに。
英雄としてこれから薔薇色の人生を歩めたのに。
彼が血を吐いて、床に倒れ、動かなくなる。
息が苦しくて、眩暈がして、私も倒れた。彼の上に重なるようにして。
温かい彼の上に。
「アレスティア。愛している」
もう言葉なんて紡げないはずなのに、そんな声が聞こえた気がした。
きっとそれは私の最後の妄想だったかもしれない。
「ノリス。あなたのことが嫌いだわ。とても」
呪いの言葉を吐いたのは私。
だって許せなかった。
やっぱり。
全部話してくれたら……。
裏切るのではなく、共犯者にしてくれたらよかったのに。
そんなこと考える私は、最低かもしれない。
やはり死ぬべき人間だ。
英雄であるノリスまで巻き込んで。
死んでいく。
意識が遠くなっていく。
「ノリス」
彼の笑顔が最後に浮かんだ。
そうして私は消えた。




