対応策
戸田氏は今の名古屋市に拠点を構え、三河額田で起こった紛争を鎮圧する事により松平氏と共に台頭。その後、海路知多半島から渥美半島に進出。そこから更に北上し二連木城を築城した所……。
(そのすぐ西に今橋城が……。)
戸田弾正は北から牧野。南から今川に挟み撃ちにされる事態に陥ったのでありましたが、戸田弾正は今川氏親と和睦。梯子を外された牧野古白が反今川に転向。戸田弾正は今川氏親。厳密には伊勢長時と共に今橋を攻略。今川の西進と共に更なる発展が見込まれたのでありましたが、今川は方針を転換。今橋を弾正に託し、駿河へ引き上げてしまったのでありました。
とは言え戸田氏も今川方。領内の西と南は戸田。東は今川。北は朝倉川と赤岩山から遠江の国境まで聳える山々に守られ、安寧の日々が続くと考えていたのでありましたが……。
(よりによって戸田弾正が攻めて来る事になろうとは……。)
大至急事の次第を駿河の今川氏親と掛川の朝比奈泰以に報告。救援を依頼したのでありましたが、そこで返って来た答えは……。
「とにかく時間を稼いでくれ。」
「えっ!?すぐ遠江の国衆がやって来るのでは無いのですか?」
「頼む事は出来るが、命令する権限は自分には無い。」
「となりますと……。」
「大至急手勢を集め、船形山に向かう。それまで耐えてくれ。」
「耐えてくれと言いましても私がやっているのはあくまで管理人。10名前後の輩であれば対処する事も可能でありますが相手は……。
(知多半島と渥美半島を支配する百戦錬磨の戸田弾正。)
戦って勝てる相手ではありませんが……。」
「勝つ事を求めてはいない。とにかく時間を稼いでくれ。」
「と言われましてもここから掛川までは……。」
船形山の現在の最寄り駅は新所原。そこから掛川まで在来線で約1時間で到着する事が出来ますが、当時の交通機関は基本徒歩。距離にして約60キロ。マラソンの名ランナーでも3時間は覚悟しなければなりません。
「今から兵を集めてここまでとなりますと……。」
「そうだな。一週間は見てくれると有難い。」
「『有難い。』と簡単に言われましても……。」
「遠江の国衆には私からも言っておくから。」
その反応は……。
「朝比奈様からだがどうする?」
「相手は弾正だろ。うちがいくさしたのはいつ以来か?」
「訓練を怠っているわけでは無いが、如何せん実戦を積んでいる奴には勝てぬ。」
「そうなるとやはり……。」
「朝比奈様に同行した方が安全だな?」
船形山。
「良い返事が届かない。こうなってしまっては仕方がない。」
(自分で戦う他無い。)




