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親方今川

 私の名は多米又三郎。

「誰それ?」

と思われた方、多いと思われます。その問いに対し私は何の反論もする事は出来ません。何故なら私は……。

(郷土史にもほとんど登場していないからであります。)

でも実在した人物であります。

「本当か?」

証明出来る物はありますが、あまり知られたくないのが実状。調べればすぐ出て来ます。私が言いたくない理由が……。


 話は変わりまして豊橋で有名な戦国武将と言えば、吉田城を築いた牧野古白。その吉田城で東三河の国衆を束ねた酒井忠次。そして豊臣秀吉全盛時代に吉田城を治めた池田輝政の3名を思い浮かべる方。多い事かと思われます。ただこれらの方々は……。

(豊橋が地元ではありません。)

牧野古白は豊川。酒井忠次は岡崎。そして池田輝政は清州の出身で酒井と池田は上司の命令による落下傘であり、牧野古白は侵略者であります。

 今の豊橋。取分け渥美郡に出自を持つ戦国武将は居ないものか?居ないわけではありません。ありませんが、その方々にしましても系図を辿ると今の豊田市や名古屋市に行きついてしまいます。そんな中、生まれも育ちも今の豊橋で、しかもかなり昔からの家で。となりますと……。

(私をおいて他には居なかった。)

まぁ言ってしまえば……。

(消去法であります。)


 戦国武将であるにも関わらず、何故そんなに卑下しているのですか?その答えを一言で申しますと……。

(私は今川に従う事により、辛うじて命脈を辿っているに過ぎないからであります。)

私は今川より船方山と言う城を守る役目を仰せつかっています。

「仰せつかっている。」

と言いますと大事な役目を託されている。と思われるかもしれませんが実際は……。

(周囲も今川に従っているため、危険な目に晒される事はありません。)

警備はしますが、

「異常ありません。」

で仕事が終わる施設管理人と言った所でありましょうか?

(普段は麓の多米で農業をしながら兼業で。)

と言いました平和な日々を過ごして来ました。


「来ました。」

と過去形になったのには理由があります。それは……。

(今川と対立する勢力が渥美郡内に侵入して来たからであります。)

正しくは最初は今川と協力して渥美郡に入って来たのでありましたが、双方行き違いがあったのでありましょう。徐々に隙間風が吹き荒び……。

(武力衝突に発展してしまった。)

その人物は誰かと言いますと……先程取り上げました3名の人物の1人で吉田城を築いた牧野古白であります。

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