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第6話 雪のハイウェイと約束の音

 1948年、クリスマスイブ。


ニューヨークのアポロ・シアターは熱狂の渦の中にあった。


 ライオネル・ハンプトン楽団のステージで、ウェス・モンゴメリーの親指が唸りを上げる。


満員の観衆が総立ちになり、彼の名前を叫んでいる。


しかし、一曲終わるたびに会釈するウェスの瞳は、ステージの眩しい照明の向こう側、何百マイルも離れたインディアナポリスの小さな家を探していた。


 同時刻、インディアナポリスのモンゴメリー家では、リビングに大きな揉みの木が飾られていた。


暖炉では薪がパチパチとはぜ、部屋をオレンジ色に染めている。


ツリーの足元には、ニューヨークから届いたばかりの、色とりどりの包装紙に包まれた大きな箱が並んでいた。


「見て、パパからのおもちゃよ! ロバート、これはきっと君が欲しがっていた汽車だわ」


 セレーヌが明るい声を出すが、三歳になったロバートはプレゼントを手に取ろうとはしなかった。


彼は暖炉のそばに置かれた古いラジオを見つめたまま、ポツリと呟いた。


「……パパがいい。おもちゃより、本物のパパがいい」


 セレーヌの胸が締め付けられる。


彼女は震える手でラジオのスイッチを入れた。


雑音の向こうから、司会者の高揚した声が響く。


『――さあ、今夜の主役の一人です! インディアナポリスが生んだ驚異のギタリスト、ウェス・モンゴメリー!』


 スピーカーから、あの懐かしい、丸く温かなギターの音が流れ出した。


「ほら、聴いて。パパの音よ。パパは今、あんなに遠いところで頑張っているのよ」


 子供たちはラジオを囲み、父親の指が刻むリズムをじっと聴いていた。


名声と金。


それは家族の暮らしを豊かにしたが、引き換えにリビングからはウェスの大らかな笑い声が消えていた。


セレーヌは独り、ウェスから贈られた毛皮のコートの袖を握りしめ、ラジオの中の夫に届かない言葉を投げかけた。


「ウェス……私たちはここにいるわ。あなた、ちゃんと食べてるの?」


 終演後、楽屋の騒音の中でウェスは故郷へ電話をかけた。


 受話器の向こうから聞こえてきたのは、泣きじゃくるロバートの声だった。


「パパ……サンタさんはいつ帰っ

てくるの? 明日の朝、起きたらパパはいる?」


 ウェスは言葉に詰まり、受話器を握る手に力がこもった。


「ロバート……ごめんな、今はまだ帰れないんだ。でも、パパが送った汽車は届いたかい? あれでお前と一緒に遊びたいって、パパはずっと思ってるよ」


「汽車、いらない。パパと遊びたい……」


 電話が切れた後、ウェスは静まり返った楽屋で一人、頭を抱えた。


今すぐにでもすべてを投げ出して帰りたい。

しかし、彼には父親としての責任があった。


 それから1949年という一年間、ウェスは家族の未来を支えるため、孤独な戦いを続けた。


ハンプトン楽団での高額なギャラは、家族にこれまで経験したことのない安定をもたらしていた。


彼は寂しさに震えながらも、家族の笑顔を守るための軍資金を稼ぐべく、全米のステージに立ち続けた。


 極度の飛行機恐怖症のため、仲間が空を行く間も、彼は独り雪のハイウェイを走り続けた。


一人きりの車内、ラジオから流れる自分の演奏を聴きながら、ウェスは悟った。


(金はある。拍手ももらった。……だが、大切な瞬間にそばにいてやれない成功に、何の意味があるんだ?)


 1950年1月。ついに彼はハンプトンに別れを告げた。


「ウェス、正気か? 君はこれからもっとスターになるんだぞ」


 ハンプトンの問いに、ウェスはいつものあの穏やかな、しかし揺るぎない笑顔で答えた。


「ハンプトンさん、僕には、守らなきゃいけない温もりが故郷にあるんです。子供たちが成長する姿を見守り、セレーヌの手料理を食べる。僕の音楽は、そこからしか生まれないんです」


 数日後。インディアナポリスの家に、雪にまみれた一台の車が滑り込んだ。


 玄関の扉が開き、冷気とともに大きな影が飛び込んでくる。


「ただいま」


 その声に、真っ先に駆け寄ったのはロバートだった。


「パパ! 本物のパパだ!」


 ウェスは鞄を放り出し、子供たちをその大きな腕の中にまるごと抱き上げた。


そして、涙を浮かべて立ち尽くすセレーヌの肩を引き寄せ、耳元で優しく囁いた。


「もう、どこへも行かないよ。……セレーヌ、お腹が空いたな。何か温かいものはあるかい?」


 スターの座を捨てて、ウェスは父親に戻った。


 だが、この帰郷こそが、彼を本当の意味での唯一無二のギタリストへと昇華させる序章となることを、まだ誰も知らなかった。





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