第37話 愛という名の報酬
ウェス・モンゴメリーが世を去った後、インディアナポリスの自宅には、淋しげだが確かな 未来が残されていた。
彼が批評家の非難を黙って飲み込み、心臓の痛みを隠してステージに立ち続けたことで得た報酬は、七人の子供たちの学費となり、生活の糧となった。
子供たちは皆、父が命を懸けて守った屋根の下で、健やかに、そして立派に成人していった。
セレーヌは、夫が遺した数々のレコードや、あの使い込まれたギブソンL-5を大切に守りながら、晩年を過ごした。
時折、家の中に静寂が訪れると、彼女はふと、若き日の記憶を辿ることがあった。
それは世界中の誰も知らない、自分たちだけの宝物のような記憶だ。
初めて出会ったダンスパーティー。
まだ何者でもなかったウェスが、はにかみながら彼女に言った言葉。
「君の目は、僕がこれまでに見た中で一番きれいだ」
その言葉通り、ウェスは生涯、彼女の瞳を愛し続けた。
結婚生活の中で、時には激しい言い争いになることもあった。
生活の苦しさや、ツアーで家を空ける寂しさが、二人の間に火花を散らせた夜もあった。
だが、そんな時、セレーヌは決まって悪戯っぽく夫にこう問いかけた。
「ねえウェス。今、私の瞳はきれいかしら?」
その言葉を投げかけられた瞬間、さっきまで険しい顔をしていたウェスの表情は、魔法が解けたように緩んでしまうのだった。
彼は大きな手で頭をかき、照れ臭そうに笑う。
そこで言い争いは終わり、二人はまたいつものように笑い合うことができた。
ウェスが最後に遺したのは、莫大な印税や名声だけではなかった。
どんなに過酷な世界で戦っていても、家に帰れば自分を愛してくれる人がいて、そこには「きれいな瞳」がある。
その揺るぎない愛の記憶こそが、彼が走り抜けた四十五年間の、本当の報酬だったのかもしれない。
現代。世界中の至る所で、今夜もウェスのギターが流れている。
ある者はそのテクニックを分析し、ある者はその心地よさに身を委ねる。
だが、その音色の奥底にある、血を吐くような献身と、一人の女性への真っ直ぐな愛に気づく者は少ない。
かつて彼が、あまりの多忙さに漏らした言葉がある。
「私はただ、自分の家の周りの芝生を刈って、静かに暮らしたいだけなんだよ」
その願いは、彼が生きている間には叶わなかった。
しかし、今。
インディアナポリスの墓地で静かに眠るウェスの耳には、かつて自分が守り抜いた子供たちの笑い声と、愛するセレーヌの優しい問いかけが、最高のブルースとなって響き続けているに違いない。
「ねえウェス。今、私の瞳はきれいかしら?」
その問いに、彼は今も、あの屈託のない笑顔で答えているはずだ。




