第35話 雨のインディアナポリス
インディアナポリスの聖ヨハネ・バプテスト教会は、悲しみに沈む巨大な群衆に包まれていた。
教会の席は埋め尽くされ、入り切れない二千人以上の人々が、しとしとと降る雨の中で静かにその時を待っていた。
参列者の列には、彼と共にステージに立った多くの演奏家たちの姿があった。
かつての恩師であるライオネル・ハンプトンは、愛弟子の早すぎる死を悼み、その歩みを止めて棺を見つめた。
また、ウェスの才能を愛し、共に数々の名盤を作り上げたプロデューサーのオルリン・キープニュースも、ニューヨークから駆けつけていた。
式が進む中、教会の静寂を破ったのは、ウェスを慕うミュージシャンたちによる即興の演奏だった。
それは、彼が愛したブルースの調べ。
誰かが咽び泣くような音を鳴らし、それに呼応するように低いハミングが広がる。
豪華な献花に囲まれた棺の中で、ウェスは静かに眠っていた。
葬儀の列の中で、兄のモンクと弟のバディは、あまりにも早すぎる弟の旅立ちを、信じられないという面持ちで見つめていた。
三人で楽器を鳴らしたあの日々。
自分たちを追い越し、世界の頂点まで一気に駆け上がっていったウェスの背中。
その背中が今、静かに土に還ろうとしている……
世界を驚かせたあの右手の親指は、もう動くことはない。
「彼は、ただ音楽を愛し、家族を愛した男だった」
誰かが呟いたその言葉が、参列者の心に深く染み渡っていく。
マスコミのカメラがその光景を記録しようとレンズを向けるが、そこにいる人々が見ていたのはジャズのスターの死ではなく、誠実な一人の男との別れだった。
セレーヌは、七人の子供たちを連れて最前列に座っていた。
彼女は、夫が命を懸けて守ろうとした子供たちの背中を、一人ずつ見つめた。
ウェスが最期まで隠し通そうとした体の痛み。
深夜のスタジオで、疲労に耐えながら紡ぎ出した旋律。
そのすべてが、今、目の前にあるこの膨大な人々の祈りへと繋がっている。
出棺の時、教会の外に集まった数千人の群衆から、自然と拍手が沸き起こった。
それは別れの拍手ではなく、一人の男が走り抜けた壮絶な人生に対する、最大級の敬意だった。
雨に濡れるアスファルトの上を、霊柩車がゆっくりと進み出す。
セレーヌは窓の外に流れるインディアナポリスの街並みを見つめながら、心の中で夫に語りかけた。
(ウェス、見て。あなたが遺したものは、こんなに多くの人の心に届いていたのよ……)
ウェス・モンゴメリーという一人のギタリストが、その指先で刻んだ物語は、ここで一度幕を下ろす。
だが、彼が命を削って手に入れた家族の未来という報酬は、これから芽吹こうとしていた。




