第31話 束の間の楽園
1968年6月に入り、インディアナポリスの街は穏やかな初夏の色に染まっていた。
ニュージャージーでの張り詰めた録音から解放されたウェス・モンゴメリーは、まるでギターという楽器の存在さえ忘れたかのように、一人のパパとしての時間を慈しんでいた。
ある日の午後、モンゴメリー家の裏庭には、木々の葉を透かした優しい日差しが降り注いでいた。
ウェスは、芝生の上に敷いた大きなシートに寝転がり、幼い息子たちとふざけ合っていた。
「パパ、捕まえた! 重いよ、動けない!」
息子たちがウェスの大きな体によじ登り、まるで巨大な山を制覇したかのように歓声を上げる。
ウェスは「降参だ、降参!」と大げさに両手を挙げ、子供たちの柔らかな髪を大きな手で撫で回した。
かつて深夜の工場で、耳を劈く旋盤の轟音に包まれながら、彼は目を閉じてこの光景を何万回と夢見ていた。
(……今、俺は本当にここにいるんだな)
今の彼には、評論家の冷ややかな分析も、ヒットチャートの順位も、飛行機の中の絶望的な孤独も必要なかった。
ただ、柔らかな芝生の匂いと、自分を呼び止める子供たちの透き通った声だけが、彼を現世に繋ぎ止める確かな重りとなっていた。
夕暮れ時、遊び疲れた子供たちが家の中へ引っ込むと、ウェスは庭の古いベンチに腰を下ろした。
そこへ、氷を浮かべた冷たい麦茶を持ったセレーヌがやってきた。
彼女は夫の隣に座り、そっとウェスの大きな手を自分の膝の上に乗せた。
その手は、長年の演奏で指先が変形し、親指には岩のような胼胝ができている。
セレーヌは、その節くれ立った手を、まるで壊れ物を扱うように優しく包み込んだ。
「あなた、本当にいい顔をしているわ。こんなに穏やかな顔のあなたを見るのは、結婚したばかりの頃以来かもしれない」
ウェスはセレーヌの肩を抱き寄せ、その髪に顔を埋めた。
「ああ。地上の音は、こんなに優しかったんだな。スタジオの中にいると、どうしても完璧な音を追いかけて、呼吸することさえ忘れてしまうんだ。でも、今は君の隣で、こうして風の音を聴いているだけで心が満たされる」
セレーヌは夫の肩に頭を預け、静かに微笑んだ。
「ウェス、あなた、もう十分よ。今度のツアーが終わったら、もうどこへも行かないで。この庭で、ずっとこうして過ごしましょう。子供たちも、もっとパパと一緒にいたいって言っているわ」
「ああ。分かっているよ。今度のツアーさえ終われば、しばらくギターはケースに入れっぱなしにしておこう。そして、君と子供たちを連れて、海を見に行こう。何も考えず、ただのウェス・モンゴメリーとしてな」
ウェスはそう答え、セレーヌの手を強く握り返した。
ある日の夕食後、ウェスはリビングで、まだ幼い娘を膝に乗せていた。
「パパ、何か弾いて」
娘がねだると、ウェスはいつものように苦笑いしながら、傍らのギブソンL-5を手に取った。
それは、何万人もの聴衆を熱狂させるための演奏ではなかった。
彼はアンプを通さず、ギターの生音だけで、ごく小さな、さざ波のようなフレーズを紡ぎ出した。
音の一つ一つが、優しい日差しのようにリビングに広がっていく。
セレーヌはキッチンで手を止め、その音色に耳を傾けながら、幸せの重みを噛み締めていた。
それは録音スタジオの完璧なアンサンブルよりも、ずっと深く、温かい愛の調べだった。
ウェスの胸の奥では、時折、小さな警鐘が鳴るように鈍い痛みが走っていた。
だが彼はそれを、ただの旅疲れだと自分に言い聞かせ、笑顔の裏側に押し込んだ。
この奇跡のような幸福の中に、影を落としたくなかったのだ。
彼は、子供たちと一緒に近所のアイスクリーム屋へ歩いていき、道ゆく隣人と他愛ない挨拶を交わす日常を、一分一秒惜しむように味わい尽くしていた。
「明日も、またあそこで遊ぼうね」
眠りにつく前、子供たちが交わしたその約束が、ウェスにとっては何よりの幸福な時間だった。
彼は家族に囲まれ、彼らが健やかに育っていることを確認し、深い安堵の中で眠りについた。
1968年6月の二週間。ウェス・モンゴメリーは音楽家としてではなく、ただ愛する人を守り抜いた一人の男として、この上なく幸せだった。




