第21話 負債の肖像
1964年。インディアナポリスの冬は、鉛色の空が低く垂れ込め、すべてを押し潰すような静寂に満ちていた。
ウェス・モンゴメリーは、自宅の椅子に深く身を沈め、テーブルの上に置かれた書類を凝視していた。
そこには、自分を見いだしたリバーサイド・レコードが破産したという通知と、アメリカ国税局(IRS)からの滞納通知が並んでいた。
書類に記された数字は、もはや一人のギタリストが稼げる常識的な金額を遥かに超えていた。
手元には届かなかったはずの印税が、帳簿上では「既得所得」として計上されていた。
国家は、ウェスが一度も手にしていない金に対して、所得税の支払いを求めていた。
「……セレーヌ、俺は一体、誰のために弾いてきたんだろうな」
絞り出すような声に、茶を淹れていたセレーンの手が止まった。
「あなたは家族のために弾いてきた。それは、これからも変わらないでしょう」
彼女の返答は正しかった。
しかし、その正しさが、今のウェスには逃げ場のない義務として重くのしかかった。
守るべき家族という存在が、そのまま、彼を縛り付ける実体のある重荷になっていた。
そこへ、最大手ヴァーヴ・レコードからの契約提示が届く。
プロデューサーのクリード・テイラーが提示した条件は、破格だった。
その書面に署名すれば、家を差し押さえられる恐怖からは逃れられ、五人の子供たちの生活は保証される。
だがそれは、自分がこれまで大切にしてきた即興演奏の自由を、制作側の管理下に置くことを意味していた。
ウェスは、震える指で契約書に署名した。
数週間後、ニューヨークのスタジオ。
防音ガラスの向こう側では、大編成のオーケストラが、整然と並んで出番を待っていた。
ウェスの前には、一音の狂いも許されない、緻密に書き込まれた譜面が置かれていた。
「ウェス、もっと優しく、甘く。人々が望む通りに、旋律を弾いてほしい」
ヘッドフォンから聞こえるクリードの声は、指示というよりは決定事項だった。
ウェスは親指を弦に置いた。
かつて工場の旋盤を回していた時、
彼は「いつかここから抜け出して、好きなように弾くんだ」という希望を持っていた。
だが今、
彼は「自分の弾きたい音を殺して、売れる音を弾く」ことでしか、家族を守れない立場にいた。
親指が弦を捉える。
放たれた音は、録音機材が完璧に捉えるほど美しかった。
だが、ウェス自身は、その音が自分の本能を削り取っていく感覚を覚えていた。
録音を終え、一人でスタジオを後にした。
ニューヨークの冷たい夜風の中で、彼は自分の右手の親指をじっと見つめた。
この指が利益を生み出せば生み出すほど、自分という人間が消失していく。
ポケットの中には、子供たちの写真と、国税局に支払うための小切手が入っていた。
彼は、自分が成功という名の巨大な機構に取り込まれた、一人の作業員に戻ったことを理解した。
ただ、削っている対象が鉄ではなく、自分の人生そのものに変わっただけだった。




