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第15話 再起の呼び声

 1962年初夏。ウェス・モンゴメリーは、カリフォルニアの乾いた風の中にいた。


 インディアナポリスの喧騒も、絶え間ない

*ギグの依頼も、すべてを振り切るようにして

彼は西海岸へと向かった。


表面上は休暇という形を取っていたが、実態は精神的な逃避に近かった。


 リバーサイド・レコードからの期待、全米からの注目、そして何より、自分という存在が

商品として消費されていくことへの戸惑いが、彼の気持ちを重くさせていた。


 ロサンゼルスの安宿の一室で、ウェスは一週間、ギターケースを開けなかった。


 窓の外を流れる見知らぬ人々の列を見つめながら、彼はこのまま、名もなき旋盤工に戻ったほうが幸せなのではないかという疑念と戦っていた。


指先のタコは少しずつ柔らかくなり、音楽の神様が自分から遠ざかっていくような、物静かな恐怖が背中を伝う。


 そんな折、彼は新聞の片隅に、あるニュースを見つける。


 マイルス・デイヴィス・クインテット、サンフランシスコ「ブラックホーク」に出演。


 マイルスの後ろには、ウィントン・ケリー、ポール・チェンバース、ジミー・コブという、当代随一のリズムセクションが控えている。


その名を見た瞬間、ウェスの胸の奥で、消えかかっていた種火が弾けた。


(……このまま終わっていいのか。俺は、本当の音をまだっていない)


 震える手で、彼は公衆電話の受話器を握った。


 手垢に汚れたコインを数枚、投入口へ押し込む。


交換手を経て、数千キロ離れたニューヨーク、リバーサイド・レコードのオルリン・キープニュースを呼び出した。


「……オルリンかい、ウェスです」


 受話器の向こうで、キープニュースの驚く声がした。


「ウェス! どこにいるんだ。みんな探しているんだぞ」


「カリフォルニアにいる。……なあ、オルリン。わがままを言ってもいいか。サンフランシスコで、ライブ録音をしたいんだ」


 ウェスの声は、自分でも驚くほど低く、確かな熱を持っていた。


「マイルスのリズムセクションを捕まえてくれ。あいつらと一緒じゃなきゃ駄目なんだ。今、この瞬間、俺が弾かなきゃいけないサウンドが、そこにある気がするんだ」


 キープニュースは沈黙した。


彼は、ウェスが抱えていたスランプも、逃避も、すべてを察していた。


そして、この電話がウェスにとっての最後の勝負であることも。


「わかった、ウェス。すぐに手配する。サンフランシスコで会おう。お前の『フル・ハウス』を、最高の舞台を用意してやる」


 受話器を置いたとき、ウェスの右手は激しく震えていた。


 彼は宿に戻り、一週間ぶりにギターケースを開けた。


 ギブソンL-5の冷たいボディを抱きしめたとき、指先に感覚が戻ってきた。弦を弾く必要はなかった。


ただそこに触れているだけで、自分が何をすべきか、その答えが血流となって全身を駆け巡った。


 家族に電話をかけ、セレーヌの声を聞いた。


「パパ、行くのね」


「ああ。一度だけ、本気で勝負してくる。……帰りは、サンフランシスコの香りを連れて帰るよ」


 ウェスは車にギターを積み込み、サンフランシスコへと続くハイウェイを北上し始めた。


 太平洋から吹きつける潮風が、彼の顔を叩く。


 もはや逃避ではなかった。


それは、一人の音楽家が、自分自身の魂を取り戻すための、聖なる進軍だった。



【注釈】

*ギグ(Gig)は音楽用語でライブハウスなどでのセッションのことを指すため「単発の」という意味で使われる。




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