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第14 話 鋼鉄の宝石と黄金の親指

 1961年12月、ニューヨークの録音スタジオ。

 外の寒風とは対照的に、スタジオ内は独特の緊張感と熱気に包まれていた。


 ウェス・モンゴメリーは、自分の向かい側に立つ男を見て、少しだけ背筋が伸びるのを感じていた。ミルト・ジャクソン。


MJQの屋台骨であり、「バッグス」の愛称で世界中のジャズ・ファンを虜にするバイブラフォンの王者だ。


「ウェス、緊張してるのか? あんたの噂はキャノンボールから嫌というほど聞いてるぜ」


 ミルトがマレット(撥)を軽く振りながら、不敵な笑みを浮かべた。


「……光栄ですよ、ミルト。あなたのMJQでの演奏は、インディアナポリスでも神様のように崇められている。まさか、その隣でギターを弾く日が来るとは思わなかった」


 ウェスは本心からそう答え、愛器L-5の弦を親指でそっと弾いた。


 録音が始まった。曲は激しいアップテンポの『Blue 'N' Boogie』。


 ミルトのマレットが鍵盤の上を舞う。


それはまるで、鋼鉄の宝石が夜空に散らばるような、硬質で、かつ潤いを帯びた完璧な音色だった。


MJQで聴かせるストイックな姿とは違う、ミルトの本能が爆発したようなブルース。


 対するウェスは、最初は一歩引くように、ミルトの音を丁寧に追っていた。


だが、ミルトが煽るような強烈なスイングを見せた瞬間、ウェスの目つきが変わった。


「――さあ、来いよ、ウェス!」


 ミルトの視線に応えるように、ウェスの親指が加速した。


 シングルノートから、厚みのあるオクターブ奏法へ。


ミルトのクリスタルな響きを、ウェスの分厚いギターの音が優しく、力強く包み込んでいく。


 スタジオの空気が、二人の天才の対話によって色を変えていく。


それは競争ではなく、魂の共鳴だった。


 録音の合間、ミルトはウェスの右手を覗き込み、心底驚いたような声を上げた。


「おい、ウェス……本当にピックを使ってないんだな。その硬い親指ひとつで、俺のマレットに食らいついてくるとは。あんたの指は、一体どんな魔法を使ってるんだ?」


 ウェスはいつものように照れ臭そうに笑い、自分の親指を擦った。


「魔法なんてありませんよ。ただ、あなたの音が美しすぎて、それに遅れないように必死なだけです」


 このセッションで生まれた『Bags Meets Wes!』は、単なる名盤というだけでなく、ウェスにとって「世界の頂点と肩を並べた」という確かな自信となった。


 スタジオを出たウェスは、ニューヨークの冷たい夜空を仰いだ。


 ミルト・ジャクソンという巨星との出会い。その余韻は、彼の親指に心地よい痺れを残していた。

 

(セレーヌ、聴かせてやりたいよ。インディアナポリスの裏通りで夢見ていた僕が、今、本物の宝石と一緒に鳴り響いたんだ)


 ウェスはコートの襟を立て、次のステージへと向かう。


 彼の黄金の親指は、今や誰にも止められない輝きを放ち始めていた。




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