一話
どこかの夢の中の話です。
「ちょっと、シオンそれ聴覚の教科書でしょ。次は視覚の授業だよ。」
ぴょこっと金髪の少女が横から顔を出す。
「ルカ。」
ルカ・ノーチラスはこの学校、竜王養成学校で仲良くなった親友だ。
綺麗な金糸のような髪にエメラルドのような瞳と容姿もさることながら、誰に対しても明るく優しい。
成績も実技、筆記共に初等部で一番。まさに非の打ちどころがない。
冴えない黒髪黒目に常にボケッとしていて、成績は実技筆記共に下から数えた方が早い私————シオン・サティにとってはとてももったいない人だった。
ちらりと手元の教科書に視線を落とすと確かにルカの言う通り表紙には『聴覚Ⅰ』と書いてあった。
「あぁ、本当だ。」
「全く、シオンは本当にボーっとしてるなぁ。ほら、教科書出したから行くよ。次移動教室でしょ。」
もう何もかもが手際がいい。できる人間と言うのは皆こうなんだろうか。
ルカに手を引っ張られ、教室を後にする。
「ねぇ、ルカはなんでそんなにうまくできるの。」
「うまくできるって、例えば。」
「いや、私達もうすぐ中等部に上がるっていうのにどうしてこんなにも差が付くのかなって。
さっきの教科書のこととか、『第六感』もそう。もう違う生き物なのかなとすら思えてくるよ。」
「違う生き物って失礼な。そうだなぁ、でも私はシオンはそのままでいいと思うけどな。気にすることないよ。」
「……それは、出来ない奴が隣にいると自分がよりよく見えるからいいな的な意味?」
「そうだよ」
「そうなの!?」
「冗談だよ。もうすぐ6年の付き合いになる親友がそんな性悪なわけないでしょうが。
そうじゃなくって、人には人のペースがあるんだからそんな急がなくてもいいんじゃないってこと。」
「でも、お父さんとお母さんがなんでお前にはできないんだって最近うるさくて。」
「あぁ。あのご両親ね。言うこと聞く必要なんてないと思うけど。立派な大人なのにいつまでも夢物語しか見てないじゃない。」
「夢物語って…」
「だってそうでしょ?あの人たちの目にいつもシオンは映ってない。映っているのはありもしない竜の夢物語だけ。私の方がよっぽどシオンのこと見てるよ。」
「私、ルカのそういうところ好きだよ。私のこと好きだってはっきり言ってくれるところ。」
「だって事実だから。」
「うん、ありがとう。」
「ほら、教室ついたよ。早く席に付こう。次の授業眼鏡ババアだから急がないと小言言われちゃう。」
急いで透視室の自分の席に着く。まだ先生は来てないみたいだ。
ルカも私の隣に座り、私にそっと耳打ちした。
「何か分からないとこがあれば教えるから言って。」
さっきは急がなくてもいいと言っていたのに、結局私のために考えて助けてくれるんだよなぁ。
そういうところ、本当に好きだ。
「ありがとう。」
ガラっと教室のドアが開ききつい顔をした眼鏡の女教師が入ってくる。
眼鏡ババアこと、ミス・カガリだ。
「はい、皆さん席についているようですね。」
ミス・カガリはテキパキと出席を取り授業を始めていく。
正直、この先生は苦手だ。いつも怒っているような雰囲気もそうだけど、何より嫌なのは
「今日の授業では隣の方とペアになってこの文字の書いてあるカードを互いに透視してもらいます。五枚全部当てるまで終わらせませんのでそのつもりで。」
ミス・カガリの授業はいつもスパルタなのだ。この構文で何度泣きを見たか分からない。
「いつも一枚しか透視できないのに、いきなり五枚なんか無理だよ。」
思わす弱音を吐いているとミス・カガリにぎろりと睨まれ
「ひぃ」
思わず声が出てしまった。
あの眼光は鋭すぎる。そのうちレーザーでも出て私なんか焼き殺されるんじゃないだろうか。
「まさか、初等部6年生にもなって理解していない方がいるとは思っておりませんが、理解を深めるためにもう一度説明いたしましょう。この国の歴史について。」
そう言ってミス・カガリは黒板にサラサラと書き出していく。
「この国がなぜ、『竜の国』と呼ばれているのか分かりますか。先ほど弱音を吐いていたミス・サティ」
「あ、えと、初代国王が竜だったからです。」
「………………間違ってはいませんが説明が足りませんね。
この国は竜の国として建つ以前、当時の王室と革命軍との間で内戦がおこっていました。国は乱れ、多くの民が死に絶えました。その悲劇を止めたのが初代国王『アイテール・ドラグナー』陛下です。かの御方は自身の体を竜に変えるとその内戦を即刻やめさせ、当時の腐敗しきった王室を追放し、自らが王となりこの国を再建しました。その際、ドラグナー陛下は次代以降の王室が再度腐敗しないよう、代々の国王は竜に変化できるもののみとしたのです。以降、この国の国王は代々竜が務めています。ゆえに『竜の国』と呼ばれるようになったのです。分かりましたか、ミス・サティ。」
「は、はい。すみません…」
「さて、ではその『竜』になるためにはどうしたら良いのでしょう。ミス・ノーチラス」
おどおどと席に着く私と入れ違いでルカがはい、と席を勢いよく立ち上がった。
「『五感』と呼ばれる感覚、『視覚』『聴覚』『嗅覚』『触覚』『味覚』を極地まで鍛え、『第六感』を身に着けることです。そうすることで竜に変化できると言われています。」
「正解です。流石ですねミス・ノーチラス。」
ミス・カガリはルカに座ってよい、と手のひらで合図を送る。
「この『第六感』はどのような能力なのか分かっていません。また、『五感』より先に身に着けることはできないと言われています。ですからこの学校では何より先に『五感』を鍛える授業をしている、という訳です。…………先ほども少し語りましたが、この国の平穏は竜によって保たれています。逆を言えばこの国は竜がいなければすぐにでも滅んでしまうでしょう。」
「故に————」
「次代の国王養成施設であるこの学校の生徒の皆さんは重大な責任が発生しています。
間違っても弱音など吐くことは許されないのです。分かりますね。」
ちらりとミス・カガリは私の方を見る。
私はうつむきながら今世紀一番の小さい声ではい、と返事をしたのだった。




