映るけれど、いない(2/4)
あの学校の裏庭には、
雨の日だけ現れる、小さな水たまりがあります。
コンクリートの片隅。
ひび割れに沿ってできる、深くもない、浅くもない、
なんでもないはずの場所。
でも、あれだけ晴れていた日の放課後に、
なぜか、そこだけが濡れていたことがあって――
覗いてしまった子が、
「見たことのある顔が映っていた」と言ったことがありました。
ほんとうかどうかは、わかりません。
でも、それ以来、
雨が降った日の昇降口や廊下が、
いつもより静かになる気がするんです。
みんな、何も言いません。
でも、ときどき、
窓の外をじっと見ている子がいる。
なにかを思い出しているような、
なにかを待っているような。
……ねえ、あなたは、
その水たまりを、
覗いたことがありますか?
……ひとの記憶って、不思議ですよね。
忘れたと思っていても、
気づいたら、目に映るものが“思い出すきっかけ”になってしまう。
それが――葉の影であっても、砂利の模様であっても。
陸斗くんは、それから少しのあいだ、
“あの子の顔”を探すようになりました。
意識しているわけじゃないんです。
廊下の窓。
黒板のすみに残ったチョークの跡。
水の入ったバケツの底。
……どこかに、また映るかもしれないって。
そんな気がしてしまっただけなんです。
でも、それって、こわいことじゃないでしょうか。
本当は、もういないはずの子が――
そこに“映って”しまったとしたら。
放課後。
教室にひとり残った陸斗くんは、
黒板のすみに、ふと目をとめました。
白いチョークの線。
こすれた跡が、まるで――
「……笑ってる?」
そんなふうに、見えたんですって。
すぐに目をそらしました。
その線は、もうただの擦りあとにしか見えなかった。
でも、
その日の帰り道、
陸斗くんのかばんの端が、すこし濡れていたんです。
その日は、晴れていたのに。
ふふ。
不思議なことって、ありますよね