水たまりの中の顔(1/4)
あの学校の裏庭には、
雨の日だけ現れる、小さな水たまりがあります。
コンクリートの片隅。
ひび割れに沿ってできる、深くもない、浅くもない、
なんでもないはずの場所。
でも、あれだけ晴れていた日の放課後に、
なぜか、そこだけが濡れていたことがあって――
覗いてしまった子が、
「見たことのある顔が映っていた」と言ったことがありました。
ほんとうかどうかは、わかりません。
でも、それ以来、
雨が降った日の昇降口や廊下が、
いつもより静かになる気がするんです。
みんな、何も言いません。
でも、ときどき、
窓の外をじっと見ている子がいる。
なにかを思い出しているような、
なにかを待っているような。
……ねえ、あなたは、
その水たまりを、
覗いたことがありますか?
……その日も、雨でした。
傘の骨がゆっくり閉じて、ホールの入り口で雫が落ちる音が響きます。
陸斗くんは、いつもより少しだけ歩くのが遅かった。
だれもいない昇降口。
コンクリートの床が、まだ冷えていて、
靴音が吸い込まれるように消えていきました。
廊下の先には、ひとつの扉があります。
ホールの裏庭へとつながる、ほとんど使われない出入り口。
陸斗くんは、なぜかそこに向かって歩いていきました。
ふだんなら、通らないはずの道。
でも、今日は――
なにかが、そこに“いる気がした”んでしょうね。
ガラス戸を押し開けると、
ひやりとした空気が、制服の袖をすべるように入り込みます。
裏庭のコンクリート。
晴れていても乾かない、
補修されないままの、細いひびが走る場所。
そこに、ぽつんと、小さな水たまりがありました。
陸斗くんは、立ち止まります。
それが“誰かに呼ばれた”ようだったのか、
“ただ思い出した”だけなのかは、わかりません。
でも、彼はそっと、水面を覗きこみました。
……最初に見えたのは、葉の影だったかもしれません。
揺れる梢の先が、水の鏡をかすめて、顔のように歪む。
次に浮かんだのは、砂利の模様。
地の底にあるはずのものが、影として浮かび上がって――
それでも彼は、目をそらしませんでした。
だって、そこに目があったから。
口があって、
なにか言いたそうに、かすかに動いていたから。
……思い違いだと思いますよ。
でも、
陸斗くんの唇が、ひとりでに動いたのは、ほんとうのことです。
「――……誰?」
答えは、ありません。
ただ、水面が、ふるりと揺れただけ。
雨の音が、またひとつ、落ちてきました