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アナザーワールド  作者: りんどう
二部 青薔薇の太陽
90/96

ナローパス

いつもありがとうございます。それではごゆっくりお楽しみください。

 この近くで、白樺の目立つ場所は何処だ?

 フェルナンドの問いに合致する場所は、近隣に1つしかなかった。

 尤も、それはヴィオラの記憶が正しければ、の話だが。

 とはいえ、あの意味深な平地が、何の意味も持たない不毛の土地とは考えにくい。

 事態を飲み込んだ彼女は、躊躇いなくフェルナンドを険しい山道の中腹にあるあの平原へと連れて行った……カインのメッセージが隠されていた、あの白樺の元へ。


「そうか。この場所は、こうなっていたのか」


 鬱蒼とした森林を抜け、燦々と輝く太陽の光を反射して白飛びした景色を前にしたフェルナンドは、腕組みをしながら口角を上げた。

 興味深げに細められた眼は、点々として直立する白樺を順繰りに捉えていく。


「なんだ、知ってたのか」

「無論、地図は確認してある。だが、ここに白樺が生えているとは知らなんだ」

「……身共は、ここが苦手です」

「ほう。貴様は何かを感じるのか?」


 サリナは口元を歪めながら、一層強く白亜の長槍を握り締める。

 漂うのは虚無感、違和感、威圧感……形容し難い圧力が、荒野に足を踏み入れた彼女らへと降り注いだ。


「貴様らは、この平原を隈なく精査したと言っていたな?」

「まぁ、できる限りは」

「結果は?」

「わざわざ言わせるのかよ。ご覧の通りさ」


 ヴィオラは両掌を空に向け、肩を竦めてみせた。

 チラリと目端でそれを捉えたフェルナンドは、息を吐きながら再び前を見る。


「ただ、私達はアンタみてぇな対異端のスペシャリストじゃねぇ。考えてみれば、改めてここに議長サマを連れてきて正解だったかもな」

「……いや。1つだけ、貴様らは重要な情報を持ち帰っただろう」

「はぁ」

「分からないか?マルセル=ブルトンの兄、ユルゲンは何故この場所にメッセージを残した?」

「そりゃあ、ここらじゃ一番怪しい場所だからだろ。少しでも本気で調査するつもりがあるなら、この更地は避けて通れてねぇっての」

「……ユルゲンは」


 片膝を突き、黄金の瞳で大地を見据え、右掌で湿った土を感じ取る。

 お世辞にも暖かいとは言えない冬の陽気が、芯から冷えた指先を微かに溶かした。

 だが、それもここまでだ。


「先代村長だったのだろう?単なる無能ではあるまい。我輩は、この場所がそれだけの意味を持っていると推察する。それで充分だ」


 言うや否や、フェルナンドは両手に嵌めた白い革手袋を外し、サリナの胸元へと押し付けた。

 筋繊維が剥き出しになったグロテスクな両手指から冷気が発せられ、ピキピキと音を立てながら革手袋の表面を凍らせていく。


「これを持ち、下がれ。そして、我輩が地に手を当ててから、良しと言うまで、呼吸を止めろ」

「それは——」

「二度とは言わん。肺から血を噴き出して死にたいのか?」

「……」


 困惑しているサリナの手を掴み、やれやれといった風な表情を浮かべながら、ヴィオラは近くの茂みの中へと身を隠す。

 当然、フェルナンドのやろうとしていることが瞬時に理解できたわけではない。

 だが、ここで憤慨して向かって行ったところで、一体何になる?


「ま、こういう時は大人になるのが偉いってな」

「……大人がどうこうとか、ヴィオラさんにだけは言われたくないです」

「はぁ!?こんのクソガキ……」

「ほら。そういうところですよ」

「チッ。ったく……どういうつもりか知らねぇが、やるってんならやりやがれ!」


 返答はなかった。

 もしくは、ただ聞こえなかっただけなのか……ヴィオラは、フェルナンドが両手を地面に押し付け、徐に眼を瞑ったのを、低木の隙間から見た。

 そして、次の瞬間。

 白樺が点在するだけの荒野は、一面の銀世界へと変貌していた。


「……!!!」


 空気が凍り付き、吹き荒ぶ風は雹を纏って凍り付く。

 冷気を発しているのは、一帯の環境ではなかった。

 それらもまた、純然たる被害者に過ぎない。

 太陽の光を浴びた和やかな山風は、黄金の瞳を輝かせる巨人によって無造作に髪を引っ張られ、悲鳴を上げていた。

 抗い難い力を前にして押し流された気流は、他でもない凶器と化すことを余儀なくされていたのだ。

 大地が震え、水分子という水分子が、霜となって地面を盛り上げる。

 ヴィオラは、先端から固まっていく穂先や耳が軋んでいるのを感じながら、乾いた瞳で天変地異の中心を見据えた。

 この場で、何故このようなことが、などと尋ねるのは愚か者のすることである。

 更に言えば、こうしてまじまじと眺めること事態、不遜この上ない行為なのかもしれない。

 オルガンとしての能力とは、ここまで極められるものなのか?

 はたまた、ヴィオラのそれが、サリナのそれが、彼女のそれに劣っているのか?

 ヴィオラは、暫しの逡巡の後、一つの解に辿り着く。


「……チッ」


 答えは、前者なのだろう……ただ。

 これ程の力を手にして。不遜だと糾弾されるのは、果たして眺めている方なのか?


「——良し」


 あと少しで、眼球の水分が凍りつきかねない危険水域に達する、という時。

 荒れ狂う銀氷のブリザードは、彼女の掌に収束した。

 地鳴りのような轟音は息を顰め、地下に張り巡らされた霜のネットワークがじわじわと水に変わっていく。

 視界を阻む粉雪が霧に変わり、晴れ渡った先で、途切れ途切れの虹を映し出していた。


「……」


 肩に積もった雪を払いながら、ヴィオラとサリナは立ち上がる。

 向かってゆっくり歩いてくるフェルナンドの姿が、どうしてかノイズがかったように見えた。


「手袋は」

「あ、はい。これです」

「ふむ。……貴様らの身体に支障は無いな」


 フェルナンドは手袋の裾を引っ張り、指を伸ばす。

 その口から漏れ出る吐息は、まだ少々白く濁っていた。


「いや、これくらいならまだアウローラの豪雪地帯の方が酷いさ。ただ、アンタ。普段はかなり我慢してんだな」

「宗教家にとって、我慢など問題では無い。より困難なのは、適度に蛇口を開き、維持することだ。違うか?」

「どうだか。常に全力な下々の民には分からねぇこったな」

「貴様も、一介の行人であろう」

「んだよ、それ。拝樹教の信者だってことか?アンタほど敬虔じゃないさ。アンタほどはな」


 藤色のショートヘアに絡まった枝葉を相手に苦戦しているサリナの、乱れた髪を解きほぐしてやりがら、ヴィオラは意地悪に笑う。

 凡そ叩き落とした後、ホルダーに刺さった銃を徐に抜いた彼女は、シリンダーを回しながら再び口を開いた。


「で。議長サマが凄いことはよく分かったんだが。結局何がしたかったんだ?」

「地下の状況を確認していた」

「は?」

「説明が必要か?」

「……いや、いい。それよりも、何か分かったのかよ」

「想定通りだ。ここには、地下に空洞が存在している」


 空洞……と、サリナは俯きながら独りごつ。

 ゴール村に来てから、地下には良い思い出など1つもない。

 カタコンベ。ワイナリー。そして、此度の大空洞。


「だが、入口は更地のどこにも存在しない。恐らく、太陽派の者でなければ分からない何がしかのカラクリが存在しているのだろう」

「どんな」

「そこまではなんとも言えん。だが、今回に関して、我輩の知識は役に立たないと考えて良いだろう。奴らは周到だからな」

「しかし、身共らにそのような時間はありません。……。空洞に入れれば、それで良いんですよね?」

「サリナ?」


 少女は、何かを推し量りながら、じっと大地を凝視していた。

 厚い土砂の皮の向こう側に潜む、暗い空間を透視しているかのように。


「身共には、ヴィオラさんのような経験値も、フェルナンドさんのような遂行力もありません。しかし、こと破壊力には自信があります」

「ほう。報告によれば、ワイナリーまでの大穴を開けたのは、他でも無い貴様であったな。やれるのか?」

「問題ありません。身共は、最後のガルカ族。一族の名声を汚すようなことはできませんから」


 そうして、少女は一歩を踏み出した。

 地面に食い込んだ右足から亀裂が走り、オレンジ色の焔が立ち上る。

 鋼鉄の軋む音と、歯車が周り、やがて噛み合う音が、輝く柱の中で鳴り響いた。


「壊してはならないものは?」

「あるものか」

「棺は?」

「落石程度で壊れはしない。我輩と紫色の子羊のことも気にするな。こちらで対処する」


 そうですか。

 ならば——。

 機械仕掛けの兵士は、サイレンのよう相貌を輝かせ、鉄騎の拳を振り上げる。

 小さな亀裂が、ジグソーパズルのように荒野の全体へと行き渡り、青と橙の煌めきに包まれながら地盤が崩落するまで、そう長い時間はかからなかった。



 振り返ってみて、ここ数ヶ月の間、何度尻餅をついたことだろうか。

 2回?3回?

 そろそろ、尾骨が曲がっていてもおかしくない頃合いである。

 もう少し、丁寧に扱ってもらえないものか。


「大丈夫ですか、ヴィオラさん」


 見れば、既に機構の武装を解いたサリナが、心底心配そうな表情で、ヴィオラを見下ろしていた。

 伸ばされた右手を掴み、引っ張り上げられるように腰を上げ、纏わりついた砂を払いながら、ベルトホルダーの中身を確認する。


「ってて……相変わらずド派手だな、全く。ま、幸い失くなったものはないか」

「すみません。必要最低限にしたつもりだったんですが」

「わざとじゃないことくらい、分かってるさ。お前は、マーキュリーと違って性格が良いからな」


 ヴィオラは、2回ばかりサリナの頭をぽんぽんと叩き、それから腰に両手を当てて周囲を見回す。

 例によって、頭上には大穴が空いていた。

 これでは、あの荒涼とした景色も跡形なく吹き飛んでいることだろう。

 麓の村でも、少しばかり騒ぎになっているのではあるまいか。


「んで、議長サマは?」

「フェルナンドさんは、先んじて道を——」

「ここに居たか」


 声のした方を振り向くと、そこには傷1つない第三議長閣下が、すっくと瓦礫の上に立っていた。

 こういう体裁の良さは、是非とも見習っていきたいものである。


「休憩している暇などない。こっちだ、ついて来るがいい」


 その場所は、何らかの遺跡のようだった。

 崩落した——正確には、崩落()()()のだが——場所を抜け、凡そ完全な状態の通路を歩いていると、どことなく不気味さすら覚えるようになっていく。

 ふと立ち止まって壁画を眺めれば、そこには十の樹冠を携えた、どんな山よりも巨大な樹が雄大に聳え立っていた。

 これを、いつの時代の人々が、何を使って描いたというのか?

 太陽派が、歪んだ信仰心の元、石を片手に掘り込んだのか。


「チッ。松明すらねぇじゃねぇか」

「身共が照らしましょう」


 サリナは、長槍の先に炎を宿し、掲げる。

 ふと、乾燥した肌を温める遠赤外線が、襲い来る戦慄を中和した。

 しかし、その分悪かったこともある。

 周囲が、より詳しく見えるようになってしまったのだ。

 すれ違う全ての壁、天井、床に、びっしりと何かが書いてあることに、ヴィオラは気が付いた。

 1つ1つを眺め、解読しようという気は、到底起こらなかった。

 ただ、この空間は果たしてゴール村の地下にあって良いものなのか。いや、あって然るべきなのか、という避けようのない違和感だけが、彼女の背中を押し、更なる深淵へと導いていく。

 次第に、上下左右へと縦横無尽に動いていた視線は、ただ穂先で揺れる火だけを見つめるようになっていた。


「なぁ。ここは——」

「この廃れ具合を見るに。間違いなく、現代のものではないな」


 ヴィオラの言葉を遮るように、フェルナンドはそう断言した。

 彼女の瞳は、忌々しいものを見るように鋭い。


「では、太陽王の治世に?」

「否定できる材料はどこにもない。或いは、百年動乱時代のものか。更には、四獣が世界を手中に収めていた頃のものかもしれん。聖地の学者共を呼びつければ、奴らは喜んで骨の髄までしゃぶり尽くすだろう」

「……」


 通路を吹き抜けていく風の音。石床を叩く靴の音。

 そして、時折聞こえてくる腹の虫とアルミホイルの摩擦音。

 遺跡の中で耳にする音など、それくらいのものだった。

 五感で受け取る情報の不均衡を前にして、ヴィオラは無意識の内にナイフの柄へと手を伸ばす。

 呼吸が刻む単純なリズムを乱せば、瞬く間に引き摺り込まれてしまう。

 そういう根拠のない予感が、3人の神経を野生的に掻き毟った。


「……分かれ道です」

「手分けは得策ではない。時に、貴様らの利き手は?」

「右です」

「どっちでも。訓練したからな」

「であれば、左の壁に手を付いて進む。気を抜くなよ」


 それからというもの、進むべき方向に迷うことは一度としてなかった。

 壁画をなぞる指先の感覚で、何が彫られているかを朧げに理解できそうでも、あくまで思考の埒外へと追いやり、左へと進み続けたのだ。

 しかし、この選択には、さしたる意味など無いようであった。

 ヴィオラは、サリナは、フェルナンドは、紛うことなき侵入者である。

 言わば、招かれざる客なのだ。

 にも関わらず、無意識の内に遺跡の奥へと導かれているような感覚が、どうしても拭えなかった。

 絶え間なく神話の描かれた壁が続き、その凹凸に生えた苔で指を汚しながら、サリナの小さな火花を目印に前へ前へと進んでいく。

 洞窟と通路の狭間のような道は常に向こう側へと続いており、その長さは永遠にも思えた。

 ただし、何事にも終わりは訪れるものである。


「おわっ……」


 前触れなく、視界を担保していた炎が消え、サリナの小さくも逞しい背中にヴィオラの胸が軽く当たる。

 立ち止まった少女は、斜め四十五度を見上げながら、動きを止めていた。


「どうした?歩き疲れたか?」

「いえ——」


 再び、槍の先に炎が灯った。

 同時に、扉なき大門がぼうっと眼前に浮かび上がる。


「門……?こんなところに?」

「立ち止まるな。進むぞ」


 淡い光の中で、振り向いたフェルナンドの相貌が煌めく。

 重い足取りで門を潜ったヴィオラは、短い通路を通り抜け、やがて天高く広がるホールへと躍り出た。

 先には、更なる未知へと続く螺旋階段。

 上下が鏡合わせの左右対称になった巨大空間の中心では、歪んで窺い知ることができないオーブが波打つように揺らめいている。

 そして、力場の流れに促されるように眼窩を見下ろせば、1匹の巨獣が、何かに覆い被さるようにして佇んでいた。


「あれは……」


 この光景が現実であるという実感が湧かない。

 身体だけが連れて行かれて、精神が何処かへおいて行かれたような感覚……。

 遅れて、辺りが腐った死体のような悪臭に満ちていることに、ヴィオラはやっと気がついた。


「構えろ。葬祭の時だ」


 フェルナンドが、いち早く囁くように呟いた。

 眠りに落ちていた静かなる獣は、安らぎを妨げる気配を前にして首を擡げる。

 同時に、異形と視線が合った。

 ……視線が合った、だと?

 調子を取り戻したヴィオラは、心の中で吐き捨てる。

 あの、意思を持った髪の毛のように蠢く触手一本一本の先端で、眼球が挙動不審に震えているのだ。

 あれらのどの視線と合ったというのか?


——あるけいらす!


 揺籠の中で、軋むような悲鳴が響いたような気がした。

 巨獣よ。汝は、怒り故に大地を震わせ、泣いているのか?

 或いは、賛美しているのか。

 3人の意識が一点に集中する。

 ここは、果たして最初に目指した場所なのか……それさえも分からない。

 だが、自然と歩みは前へと導かれる。

 不意に、背後で門が閉まる音がした。

お疲れ様でした。

視点はヴィオラの元に戻り、書斎で見つけた「白樺」のキーワードを元として、遺跡探索が始まりました。

いやぁ、難しい。

特に、後半の探索パートは難産でした。

でも、完成した今となっては、中々面白いものになったのではないかと思っています。

拘りは、サリナちゃんの“逞しい背中”。

身長こそ140cm台の彼女ですが、戦闘民族の末裔として生を受け、鍛えられてきたその身体は、既に仕上がっています。

成長してからがもっと楽しみですよね。

本作の中でお見せできるかは分かりませんが。

ちなみに、ヴィオラさんの胸はそこまで大きくないです。

平均より少し小さいくらい。

それくらいの方が動き回りやすいでしょうしね。


最後になりますが、感想やレビューなどいただけると本当に嬉しいです。

執筆の励みになりますし、1つ1つじっくりと読まさせていただきます。

それでは、りんどうでした。

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