表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アナザーワールド  作者: りんどう
二部 青薔薇の太陽
49/113

知るも知らぬも

いつもありがとうございます。それではごゆっくりお楽しみください。

 広大な応接間の奥。

 少年は、強張った表情を浮かべたまま、一際豪奢な椅子の前で立っていた。

 羽織っている濃紺のマントは、遠目でも分かるくらいきめ細かく、美しい。

 きっと、アズールで最も腕の立つ職人が製作した特注品なのだろう。

 その着用物だけで、その者がアズールの大公であると理解できた。

 噂通り、年端も行かない子供だ。

 あのくらいの歳の頃、ヴィオラは一体何をしていただろうか?


「……」


 恐らく、パンを盗んで半殺しにされた時くらいの年頃だろう。

 思い出したくもない記憶だ。


「遠路はるばる、ご足労いただき感謝する。アズールを代表して我が……我が……」


 大公は、眼を泳がせながら握り拳に力を入れる。

 十数名の高官と訪問者たちの視線が彼に集まった。


「あぁ!我が、貴殿らを歓迎しよう」


 言い切れたぞ!とばかりに、偉大なる少年公は、傍に立つ壮年の将軍の肩章の紐を肘で揺らした。

 当の将軍は眉一つ動かさないが、そのようなやり取りを眺めていたシルバーは、思わず頬を緩める。


「お初にお目に掛かります。気高くも聡明なるアズール公、カルロス=ヴィクトル=バレンスエラⅡ世殿下」


 胸に手を当てながら、彼女は腰を折った。

 ご足労。ご足労、か。

 本当に、派遣されたのが自分で良かった。

 派遣される予定だった男を押し退けてでも、名乗り出た甲斐があるというものだ。


「このように、車椅子に座っての謁見となることをお許し下さい」

「何を言う!我が予め許可しているのだ、気に病むことはない」

「寛大な御心に感謝致します」

「うむ。それでは……あぁ。貴殿らは、先刻到着したばかりなのだろう?」

「はい」


 アズール公は、安堵した表情で椅子に腰を下ろした。


「であれば、すぐに専用の個室へと案内させよう。此度の目的は式典への参加だ。当日まで、英気を養ってもらわねば」

「繊細なお心遣いに感謝致します。それでは、式典当日を心待ちにしております」

「うむ。将軍、貴賓の方々を」

「承知致しました」


 エステベスは一礼すると、段を降りてシルバーの元へと歩み寄る。

 そして、アイーダやヴィオラに目配せをしながら、護衛によって開かれる扉へと視線を伸ばした。



 宮殿の前で待機していろと言われてから、数十分が経った。

 ヴィオラは、逸る気持ちを抑えながら腕組みをして、カツカツと靴の裏で音を鳴らしている。

 彼女は特段、忍耐力が高いわけではない。

 寧ろ、我慢強さという意味では、大抵の人間に劣るだろう。

 ただ、臨界点間近で耐えるという行為に慣れているだけなのだ。


「……チッ。アイツらまだかぁ?早速、何かあったんじゃ——」


 ふと、彼女がそう呟きかけた時、細いゴムタイヤが地面を擦る特徴的な音が背後から聞こえてきた。

 なんて分かり易い。

 溜息を吐きながら、ヴィオラは振り返る。


「お貴族サマの仕度ってのはいつもこうなのか?私のような卑しい平民をこんなに待たせたら、そのまま干からびちまうぜ?」

「ハハ!いやいや、待たせたね。そういえば、言い忘れていたよ。本官はこの通りだろう?そのせいで、少しばかり準備に時間がかかってしまうのさ」

「時間がかかるって……いや。それなら、アイーダはどこへ行った?アイツはアンタの付き人だろ」

「彼女には、本官のことを少し手伝ってもらっていたからね。あと少しで来るさ……ほら」


 シルバーは徐に手を上げ、場所を示すように大きく振る。

 護衛を務める身としては、そのような行為にすら文句をつけたくなったが、さしもの彼女も、それ以上しつこく咎めるようなことは言わなかった。

 ただ、それよりも、視線の先に居る女性の格好に眼が行ってしまったのだ。


「……あ?あいつ、正気か?」


 深緑色の眼をした、ビリジアンの女性。

 アイーダ=フィオレンツァ。少し話をした程度だが、非常に真面目で付き人らしい付き人であるように、ヴィオラの眼には映っていた。

 しかし、これはどうしたことだろう。

 彼女は思わず、眼を疑っていた。


「お待たせ致しました」

「いや、お前な。なんだ、その格好?」

「これですか?」


 アイーダは、予想通りの質問とばかりに、纏う服の裾を引っ張る。

 それは、真っ白で粗悪な生地のTシャツで、中心に“アリア命”と書かれていた。

 アリア命?

 意味が分からない。

 あまりの意味不明さを前に、思わず泡を吹いてしまいそうだ。


「見た通りです」

「あー、成る程な。お前、私のことを馬鹿にしてるわけだ。よし、それなら前言撤回させてもらおう。お前と気が合いそうだってのは、嘘だ」

「ちょ、ちょっと待ってください!そんな意図はありませんから!」

「待つわけねぇだろ!なーにがアリア命だ!」


 ヴィオラはナイフの持ち手の先で、アイーダの脇腹を突く。


「百歩譲って、アリアってのは許す。どこにでも居そうな名前だしな。だが、命ってなんだ?命って。しかも、四文字以外は、まっさらな白シャツだぁ?ダサくて意味不明なシャツを好む人種がこの世界にまだ居るとは思ってもみなかった!」

「ハハ!ヴィオラ君は知らないのかい?」


 ひたすら柄で突かれ続けているアイーダを横目に、止める素振りを見せないシルバーは楽しそうにそう言った。


「何がだ」

「アリア=ベルゼブル。昨今のサブカルチャーを席巻している、世界連合出身のアイドルさ」

「ベルゼブル?また、ネーミングセンスのかけらもねぇ名前だな。それ、聖典に出てくる悪魔の名前だろ」

「まぁ、確かに彼女はどこか小悪魔的なところのあるアイドルではあるね。アイーダは、そんなアリアの熱狂的なファンなんだ。それこそ、アリアの活動本拠地である、ベネトナシュ共和国のビッグディッパードームに足を運ぶ程にね」


 ヴィオラはシルバーの言葉をゆっくり飲み込んでから、再びアイーダの方に眼を向けた。

 よく見れば、アイーダの腰のホルダーには、ペンライトのような細いものが刺さっている。

 ただ、事情を理解すればする程、寧ろ“アリア命”の四文字が彼女の神経を逆撫でするのだった。

 どうしてだろう。理由もなく、ムカついてくるのである。


「はぁ……じゃあ、こう聞いた方が良いか?どうして、そんな服を着てる?」

「良くぞ聞いてくれました。実は今日、式典の前夜祭として、アリアちゃんが特別ライブを行うんです」

「ちゃん?」

「アリアちゃんはアリアちゃんです。それ以上でもそれ以下でもありません」

「そ、そうか。しかも、ライブってお前……まさか、行くってのか?」

「はい。その為に、スケジュールを調整してもらいましたから」


 その言葉を聞いてようやく、ヴィオラは事情を理解した。


「……シルバーは、それで良いのかよ」

「勿論さ。本官も、前々からアイドルとやらに興味があってね。一度で良いからライブに行ってみたかったんだ」

「……」


 ヴィオラはそこで、拒絶の言葉を必死で飲み込んだ。

 傭兵とは、頼まれごとを淡々とこなす仕事だ。

 今回の任務がシルバーらの護衛であるのなら、ヴィオラもまた粛々とその後についていかねばなるまい。

 反論の言葉を考えているだけ、思考のリソースと栄養と時間の無駄だった。


「分かった。ただ、私はどこに居ればいい?チケットがないんだから、会場の中には入れないだろ」

「ありますよ。3人分、予め席は取ってあります」

「……準備がいいことで、何よりだ」


 護衛を初めて2時間と経たない今、ヴィオラの疲労感は既に極限に達しようとしている。

 それはどちらかといえば、精神面の疲労からくるもので。

 良くも悪くも、慣れるしかないと、彼女は自身に言い聞かせるのだった。



 その夜のコスタデルソルビーチは、異様な熱気に包まれていた。


「会場のみんなー!!!」


 世界連合で発明された最先端の技術を惜しげもなく費やして作り上げられた光の芸術の中、スモークが炊き出され、中央でフリフリのドレスを着た女性がマイクを突き上げる。

 昇降装置の中から勢いよく飛び出してきたカリスマの姿を前にして、ヴィオラは初めて、「あぁ、ポスターやら新聞やらでよく見かけるあの女か」と理解していた。

 イメージカラーは濃紺。

 ポリシーは誰もが平等、1つの命。

 そして、合言葉は。


「せーの、ブラッドー?」

「レイ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ン!!!」

「うおっ」


 頬を赤らめながら、大声でそう叫ぶアイーダを前に、ヴィオラは軽く跳ねた。

 ブラッドレイン。血の雨。

 曰く、彼女が駆け出しアイドルの時、ライバルに「血の雨に沈めてやるよ」と啖呵を切られたのを面白がって、そのような掛け声にしたとか。

 確かに、血の雨という単語や、雨に沈めるという謎に満ちた脅しは滑稽で面白い。

 しかし、「誰もが平等」やら、「1つの命」やら、ラブ&ピースなサブカルチャーらしい標語はどこへ行ったのか。

 疑問は絶えないが、そういったツッコミどころも含め、ファンは楽しんでいるのだろう。

 

「ハハ!これがライブというものか。確かに、心を揺さぶられるものがある!」

「……」

 

 ヴィオラは顔を上げ、上方のスクリーンに眼を向けた。

 深く、吸い込まれるような深海にも似たアリアの蒼い眼の向こうには、うっすらとした真紅の虹彩が煌めく。

 そういったアリア=ベルゼブルそのものの魅力は、本物に違いない。

 彼女の特徴的な眼がモデルとして人気を博したのも頷ける。

 これ程までに人を惹きつける眼をした存在は、そう居ないだろう。

 声。眼。体型。仕草。

 あらゆる意味で、彼女はアイドルの完成形とも言える存在だったのだ。

 道理で、世界連合の有力企業たちが、こぞって彼女の興行のパトロンとして多額を出資するわけである。


the Aria(ジ・アリア)!イン、コスタデルソルビーチ!開幕だよー!!!」

「うおおおおおおおおお!!!」


 とてつもない熱量だ。

 最早、アリアのパフォーマンス以上に、周囲の観客の勢いに舌を巻いてしまう。


「なぁ、シルバー」

「何かな?」

「アイーダって、いつもこんな感じなのか?」

「いいや、普段は至って真面目な右腕だよ。彼女とは長い付き合いでね。かれこれ、15年以上は共に仕事をしている。大抵のことは知っているさ」


 真面目、真面目。

 まぁ、好きなものがあるのは良いことだ。

 ヴィオラは、瞳を煌めかせながらライトを振る女性を横眼に、シルバーの言葉に耳を傾けた。


「本官が初めて自身のチームを持った時、彼女は配属されたばかりの新兵だった。でも、実力は熟練の兵卒と比べて尚上回るものだったことを覚えているよ。そして今では、お互い隠居して、ラグナル・ギルドの切り盛りをする毎日さ」

「隠居って、アンタなぁ。そこまでの老耄じゃねぇだろ」

「ハハ。まぁ、私も40が近いからね。全盛期はとっくに過ぎ去った後だろう?その上、脚もポンコツと来た。数年前に比べれば今の生活は隠居も良いところだよ」

「……」


 反論はできなかった。

 美しい、清流のようなアリアの歌声が、ドラムのビートと共に砂浜を席巻する。

 カーテンのように閃くスポットライトに時折顔を当てられながら、ヴィオラは後頭部で手を組んだ。


「なぁ」

「答えは、ノーだよ」

「……」

「脚が動けば良いのに、と思ったことはあるか、と聞きたかったんだろう?」

「……ご明察。流石は、“十人衆”の1人だ。最高戦力と言われるだけはあるんだな」

「勿論さ。技術の側面では確かに、我々は世界連合に遅れを取っている。数日でこれだけのライブセットを組み上げることなど、我々にはできそうもない。しかし、選別の後に多くの貧民をアレクサンデル線の向こう側へ追いやった彼らに比べると、人海戦術において幾らかの利があるからね」


 シルバーは、車椅子の肘置きの上に乗せた拳を固めながら、柔和な表情の綻びを正した。


「ラグナルは人員の宝庫だよ。そして、その中で頭角を表した事実には、意味と根拠がある。時に、我々が職務と信仰に対して命を投機するのは、その存在を知らしめたいからなのだろうね」

「ハッ。意味と根拠か。そういう同情を引くやり方も、私にラグナルの本質を分からせたいというアンタの意思の表れか?」


 決して、視線を互いに向けることはない。

 あくまで、2人はシアターを眺め、舞い踊る濃紺の歌姫を視界に収めている。

 強烈な光によって星々どころか月すら埋め立てられ、轟音が波のさざめきを塗り潰す。

 そういった色彩の暴力が、呻きを上げる感情の波長に一抹ばかりのカムフラージュを齎しているのだろう。

 こうした場だからこそ、敢えて、オブラートに包む必要もない。


「そうであれば、まだ良かったかもしれないね。本官もまた、少しばかり感傷的になっていたようだ」

「兵隊が感傷的に?」

「退役軍人だぞ?そういうこともあるさ。それに、1つだけ訂正させてくれ。本官がこの出会いを通して伝達したいのは、何もラグナル側の言い訳ではない。単に、君が持つラグナルの現状に対する誤解を正したい。それだけなのさ」


 ヴィオラは眉1つ動かさない。

 しかし、シルバーの視線が、少しだけ。ほんの少しだけ、ヴィオラの方に向いたような気がした。

 海風が、優しく髪を撫でる。

 幕を開けたばかりのライブが齎す高揚感は、依然として最高の緊張を保っていた。



 引いていく人の波に連れられて、会場の外へと押し流される。

 あれよあれよとされるがままにしていると、気がつけばそこは、海岸沿いの大通りの脇に聳える見上げんばかりの樹木の下だった。

 潮風のせいだろうか、新しそうな見た目に反して腐食の激しい小さなベンチが、ひっそりと寂寥感を醸し出している。

 それは、熱狂冷めやらぬ後の人肌に吹き付ける夜の空気の冷たさに似ていた。


「ふぅ……。ヴィオラさん、お付き合いいただきありがとうございました」

「あ?あー……あぁ。ま、悪くはなかった。仕事の一環で行けるってんなら、別に拒絶する理由もなかったな」

「そう言っていただけると、私も後腐れなく終われます。嬉しいです」

「あぁ」

「後で、アリアちゃんグッズを差し上げますね」

「いや、それは要らねぇ」


 だらんと落ち込むアイーダ。

 月光差し込む先に、例の四文字が見え隠れする。

 怖いよ。


「良いライブだったからな!音楽の素養が然程なくとも、心を揺さぶるという本質に変わりはない。そうだろう?」

「……まぁ。否定はしねぇよ」

「ハハ!さて、アイーダ君の目的は達成されたことだ。今日のところはこれでお開きとしよう。これ以上ヴィオラ君を引き止めるのは、酷な時間になろうとしている」

「なんだ。やっぱり、私は普通の生活をしてて良いんだな?」

「前に、それを許されなかったことが?」

「いや。24時間付きっきりで一週間要人を護衛させられたことがあるだけだ」

「……」


 シルバーは表情を変えようとしなかったが、返す言葉に窮しているようだった。


「慰めの言葉なら遠慮させてくれ」

「すまないね。1つや2つ、気の利いたことを言えれば良かったんだが」

「明日、ヴィオラさんは、私の部屋の前の扉をノックして下さい。時刻は8時前でお願いします」

「おう。部屋番号は?」

「こちらのメモを」


 アイーダにそっと紙を渡され、ヴィオラは握り締める。

 プライバシー意識が高いことで。


「必ず、宿泊場所に着いて、1人きりの時に開くようにして下さい」

「分かった」

「それでは、本日はお疲れ様でした」


 深緑の彼女は、一転して真面目な様子で頭を下げた。

 そうなると、腰の辺りで光を放っているサイリウムが寧ろ映えて見える。

 なんだか締まらない状況に、ヴィオラは頬を掻いた。

 まぁ。

 明後日の祭典までの付き合いと考えれば、そこまで悪くない関係を築けるだろう。

 少なくとも、飽きの来ない仕事にはなりそうだった。

お疲れ様でした。

それでは、今日も今日とて新キャラ紹介をさせていただきましょう。

本日の主役は、シルバー=ゼーランディアさんです。

常に活力溢れる退役軍人にして、ゼーラントエリアの領主。

ただし、ラグナル・ギルドのグランドマスターとしてラグナル王国の王都に駐在していることが多く、現地の統治は部下たちに任せているようです。

彼女の特徴は何かと問われればそれは、不思議と人を惹きつける「カリスマ性」と過去の実績から来る「発言力」、そして不幸に見舞われてなお実力で“十人衆”の十人に収まり続ける「武力」と言えるでしょう。

彼女の名声は元より高いものでしたが、車椅子を使用するようになってからというもの、臣民からの人気という側面では宰相すら凌ぐ程になっているようです。

世論は、極端な言説と心の響く物語をこそ、真実として持ち上げるもの。

脚の動かない英雄が、それでも国に尽くすという「物語」は、もしかすると彼らの心を動かしたのかもしれませんね。


それでは最後になりますが、感想やレビューなどいただけると本当に嬉しいです。

執筆の励みになりますし、1つ1つじっくりと読まさせていただきます。

それでは、りんどうでした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ