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アナザーワールド  作者: りんどう
序章 Ⅵ、Ⅶ、Ⅺ
4/63

恋人

ゆっくりお楽しみください!

 答えが出るまでいくらでも待とう、とばかりに腰に手を当てていたかれは、ヴィオラの言葉を聞き届けると、満足そうに頷く。

 それから満を持して腰を上げ、優しく微笑んだ。  


「もしかすると、私がここで話したことは真っ赤な嘘かもしれませんよ?」

「だからどうした?確かに、アンタの言葉は私が判断を下す上で大きな材料になった。だが、最終的に決断を下したのは他ならない、この私自身だ。それに、アンタが本当に嘘つきなら、そもそもそんな揶揄うようなことは言わないだろ」

「ふむ」

 

 一度こうと決めたならば、彼女は曲げない。

 少なくとも、自らの心中ではっきりした答えが出るまでは。

 ヴィオラの内に潜む真っ直ぐさを過たず感じ取ったアルカヘストは、これ以上咎めようとしなかった。


「そうと決まれば、早速契約を交わし、力を授けましょう。話は早い方が、君にも合うでしょう?」

「勿論だ。慎重に考え、迅速に行動する。成功への秘訣だろ」

「フフ。それでは、私を撃つという行動もまた、熟考の末のものだったのですか?」

「嫌味か?」

「いえいえ、まさか。……それでは、私の右手の上に、君の左手を」

「その“力”ってのが何なのかは、具体的に教えて貰えないのか?」

「そうですね。どのようなものを手にするかは、君次第ですから。とはいえ、外れが無いことは保証しますよ」

「外れナシ、ね。精々期待しておくさ」


 彼女は何も言わずに、吸い込まれそうな程赤い、かれの瞳をただ見つめる。

 それから、唇を軽く噛みつつも、革手袋に包まれた大きな手の誘いを受け入れた。

 かれはもう片方の手で、ヴィオラの瞼を下ろさせる。

 視界は真っ暗で、もう何も見えない。

 ただ、右手が熱く、また筆舌に尽くし難い浮遊感が彼女の三半規管を襲っている。

 彼女は今、先導者に身を委ねる他無い。

 強張った肩が段々と解れていく。

 かれは、最後の仕上げとばかりに囁いた。


「すぐに終わりますから。君はただ、カードの熱を感じていてください」


「集中して。自らの意識を頂に至らせるように。遥かなる天空の存在を感じ取り、大いなる力と繋がっている自分を全身で理解するのです」


「眼を開けてはいけませんよ……フフ。君はこうして、第一の門を……大いなる愛が作り出した門を、抜けることになるのですから」


「準備は良いですか?」


 ヴィオラは、溶解し始めた意識の混濁の中より這い出て、微かに首を縦に振る。


「そうですか。それでは——」


 “我を過ぎんとする者、一切の望みを棄てよ”

 聖句が彼女の脳内を、或いは身体中を反響し、こだました。


「グッ……」


 その瞬間、ヴィオラの意識は何かに奪われ、そして四方八方に引き裂かれ、千腕の手の中に収まり、それぞれが小さな灯籠の中に封じられたように感じた。

 しかしその痛みはすぐに退いていき、無数の根を伸ばす木の幹を通って世界中を駆け巡り、星と共に逆しまの塔へと堕ちる。

 六枚の翼はとうに枯れ果て、代わりに生えた二つの脚は、火が駆け巡るかのような熱を帯びており、それはまさしく血であった。

 彼女は右手の光を、音を立てて飲み込み、空を見上げた。

 無数の流星が落ちてきている。消え入りそうな光を伴い、赤い月を越えたのだ。

 いつの間にやら、ヴィオラは巨大な川の中を行き、小さな光で埋め尽くされた海に投げ出されている。それから、数秒の溶解、圧縮、融合の後、突如として現実に引き戻された。


「————!!!!!ぶ、っはぁ、ハァッ、は、ハァ……」


 息も絶え絶えになりながら、彼女は必死に深呼吸をする。

 ぐったりとするような疲労感が、ヴィオラを襲った。

 しかしそれは、身体が疲れている、というよりも、精神が疲れている、といった風で……いや、もしくは、彼女の魂そのものが壮絶な体験を経て磨耗したのか。


「お疲れ様でした。さて、今日君を労うのは何度目でしょうね?」

「はぁ……ぐ、ふぅ。な、なんだよ、結構、手荒いんだなぁ、えぇ? オタクの、契約ってのはよぉ。……ん?」


 それから、呼吸が落ち着き、多少の文句を無理なく垂れ流せるようになったところで、彼女は右手に持っていたはずのものが消滅していることに気がついた。

 ただ落としてしまっただけなのではないか、と床に眼をやったりもしたが。

 見当たらない。


「こればかりは、個人差ですからね。瞬く間に受容する者も居れば、強烈な拒絶反応を見せる者も居ます。君はまぁ、どちらかと言えば大変な方だったと思いますよ」

「それはどうも。チッ、他人事みてぇな言い方しやがって……はぁ」

「落ち着きましたか?」

「あぁ、なんとかな。これで、力とやらがしょうもないもんだったら責任取ってもらうからな?」

「勿論です、私の寝室の扉は常に開かれていますよ」

「あのなぁ……」

「フフ。ご安心ください。愛人の居る人間に手を出す程、分別がないわけではありません。君は、君の愛を忘れないようにすることをお勧めします」


 良いことを言っている風にしているが、極めて当然のことをかれは言っていた。

 どうしてこう、隙あらば誘おうとしてくるのか。


「さて、雰囲気も和らいだことです」

「どこがだ?アンタのそのふざけた眼には視力が無いのか?」

「君の現状を簡単に説明しましょう。手にしていたカードが消滅していることには、既に気がついていますね?」

「……あぁ、気づいてる」

「それは厳密に言うと、消滅したわけではありません。正確には、君と一体化したのです」

「一体化、ね」


 突飛な話ではあるが。成る程、と彼女は内心腑に落ちたような感覚に襲われた。

 右手に握られた熱を持ったカード。

 喉元を通り過ぎる焼けつくような炎。

 全身を駆け巡る血液のような業火。

 あの感覚は、それが理由だったのだろう。


「中々刺激的だったでしょう?」

「風呂場で火傷を見つけても驚くことはねぇだろうな」

「君がそこまでの熱を感じたのも当然のことです。というのも、君はそのカードを取り込むことで、本来人の身では受容できないレベルのエネルギーを一身に受けたのですからね」

「それが、力の源か」

「察しの良い方は、私の好みですよ。言わば、取り込まれたカードとは鍵穴です。それに対応させると、エネルギーとは一種の鍵であり、決められた鍵穴に向かって放出されます」

「つまり、今はそのエネルギーが私に対して注がれている、と」

「そうなりますね。今の君は、エネルギーの標的です。私たちは、そのようにして扉を開き、力を得た者のことをオルガンと呼んでいます」

「オルガン……」


 何ともはや、聞き馴染みのない呼び方である。


「君の同僚となる人々のことは既に聞いていますか?」

「軽く、な」

「二人は共に、オルガンです。マーキュリー君も、サリナ君も、それぞれがそれぞれの力を持っています」

「私も、その仲間入りってか?」

「私は、君たち三人が揃うこの時を待っていました。今まではこの月牙泉での待機が続いていましたが、これからは、様々な任務に赴くことになるでしょう。そして、いつかは君の望みも……」

「……あぁ。私は、報酬が貰える限り、働くさ」

「案ずることはありません、報酬は必ず約束通りにお支払いしますよ。……はぁ。やはり、長話は疲れますね?」

「んなの、誰だってそうだろうが。私だって、こんな小難しい話なんざ、聞きたかねぇよ」

「フフ。この世の中には、意外にもこのような長話を好む人が居るものですよ。それでは最後に、与えられた力がどういったものなのか確かめる手助けをしなければなりませんね」


 かれは深々と椅子に座ると、机の上のティーカップを取り上げて、一口紅茶を啜った。

 微かに、レモンのような甘酸っぱい香りが漂ってくる。


「良いですか?まずは眼を瞑り、脳裏に浮かぶものを掴んで放さないようにしてください」

「やたらと眼を瞑らせるんだな?」

「集中するのに手っ取り早い方法ですからね。極論、集中できれば別の方法を取っていただいても構いませんよ。それで、何か見えましたか?」

「……」


 瞼の裏。そこにあるのは深い闇。

 今までの経験からすれば、何かが浮かんでくるはずもない。

 しかし、少しばかりの集中力を捧げ、ずぶりずぶりと認識の奥深くに分け入っていくと、俄かに、ぼんやりとした輪郭の伴う何かが立ち現れてきた。

 これは何だ?

 深淵の中で、白銀に光る刃が煌めいている……剣、なのか?

 いや違う。それは剣ではない。

 彼女は思わず、その銀雪に手を伸ばした。触れれば凍てつくような冷たさが身体の芯を貫き、轟音が響き渡る。


「!?」


 即座に眼を開けると、巨大な切創が一つ、眼前の光景を横軸に両断していた。


「ふぅ……やれやれ」

「何が起きたんだ?」

「この傷は君が付けたものですよ」

「私が……」

「中々、派手にやってくれましたねぇ」


 かれは肩を竦めながら屈み込み、壁の激しい刀疵を指でなぞる。

 ささくれていようと、石材が剥き出しになっていようと、お構いなしらしい。


「アンタは、大丈夫だったのか」

「私はそこそこ頑丈ですから。これで君の能力は分かりましたね。ほら」

「なっ——」


 アルカヘストはそれから、床に転がっている大きめの瓦礫をむんずと掴むと、ヴィオラの方へ迷い無く投擲した。

 その速度は、ほぼノーモーションで放たれたとは思えない程のものであり、机の上の書類を吹き飛ばしながら彼女の眼前へと一瞬で迫る。

 ヴィオラは両腕で顔を守り、受け止める姿勢を作るが。


「……」


 予想に反して、衝撃はいつまでも伝わってこなかった。

 寧ろ、足元に何か大きな物が落ちて砕けたかのように、鈍い音を伴う振動が足裏から感じ取れたのだ。

 腕を下ろすと、やはりそこには四つ程度に割れた岩が無力感に打ちひしがれていた。


「殺す気か?」

「仮に当たれば、腕で守ろうと君は死んでいたでしょう」

「ただのテストで、んなことすんじゃねぇよ……肝が冷えただろうが」

「私の大事な執務室を破壊してくれましたからね、ちょっとしたお返しです。それに、結局のところ大丈夫だったでしょう?君の能力のお陰ですよ」

「……」

「感覚的に理解はしているでしょうが、文章化しておきましょう。君ができることはただ二つ。あらゆるものを断ち切る剣と、あらゆるものから身を守る盾。そのいずれかの行使です」


 壁を切り裂いた不可視の刃。音速の瓦礫を防いだ盾。

 彼女は壁と足元を行ったり来たりしながら、現実を咀嚼する。


「そんなことが、あり得るのか?」

「その疑問に対する答えは、君の中で既に出ているでしょう。君が無意識に放った斬撃は、堅固な宮殿の厚い壁を豆腐のように切り裂き、外の雄大な樹木を刈り取った。そして、君の盾は、到底生身では受け切れない速さの岩をいとも簡単に弾き返した。私の説明は、誇大広告だと思いますか?」

「ただ、アンタはいずれか、と言ったよな?」

「そう、しかし君は、この最強の矛と盾を同時に用いることができません。例えば、岩から身を守りながら壁を切り裂くことはできない、ということですね。試してみますか?」


 かれは見る者を不安にさせるような表情を浮かべながら、そこら辺に転がっていた煉瓦片を何度か上に軽く投げて見せる。

 準備は万端、といったところか。


「アンタ、実は怒ってないか?」

「まさか。屋敷を壊された程度で怒るなんて、器が小さいにも程があるでしょう?」

「それなら、今にも発射されそうなその石ころからさっさと手を離してくれないか?どうやらアンタは、加減というものを知らないらしいからな。こんなことで賭けられる程、安い命じゃねぇんだ」

「フフ、これは残念。君の頭を狙うと見せかけて、掠める程度に済ませる予定だったのですが」

「本当に怒ってないのか?」

「誓いますよ」

「やっすい誓いだな」

「これはまた手厳しい」


 軽口を叩いているのを鑑みるに、どこか余裕そうにも見えるが。実のところ、ヴィオラの表情は多少強張っていた。

 彼女は今まで、銃と格闘術とナイフだけで……言わば、単純な努力と才能だけで数多の戦功を上げてきた。

 にも関わらず、そのようなスキルと同等かそれ以上の力を、瞬きの内に得てしまったのだ。彼女にとってそれは、一種の革命であると同時に、愚弄でもあっただろう。

 彼女の戦闘技術は一種の芸術であり、誇りであった。

 このような、常識の通じない現実を目の当たりにした以上、行使を躊躇う余裕など些かも無い。ただ、ヴィオラは困惑と興奮の狭間に叩き落とされていたのである。


「アンタにも……」

「ん?」

「アンタにも、そういう能力があるのか?」

「無いわけではありませんよ。しかし、君程強力なわけでもありません。ヴィオラ君は実に、多大なる寵愛を受けていますね」

「……」

「さぁ、これで私から伝えるべきことは終わりです。君からの質問を受け付けましょう」

「質問か……そうだな」


 あぁ、そうだ。

 1つ、いつも決めるようにしているものがある。それを決めなくては。


「私は、無闇矢鱈と雇い主が誰か知られるのがあまり好きじゃない。だから、雇い主をコードネームで呼ぶようにしてるんだが、何か良いものは無いか?」

「コードネームですか。それは、誰のことか特定できない方が良いのでしょう?」

「勿論だ。それでなきゃ意味無いからな」

「それでは、マーキュリー君と同じように旦那様、と呼ぶことをお勧めします。旦那、でも良いですよ」

「……一応確認なんだが。アンタは女、なんだよな?」


 正直、要素がごちゃ混ぜになっていて外見では判断できない。

 スーツの上からでも何となくボディラインが分かる以上、ガタイは良い方なのだろう。しかしどこか女性的な曲線美が感じられるし、胸部だって膨らんでいるようにも、いないようにも見える。

 顔と声から判断すれば、女性らしさが強い……のだろうが、それだけで判断するには材料が乏しい。


「男性以外を旦那と呼ぶ行為に、違和感があるのですか?」

「いや、そんなことはどうでも良いんだが。少し気になってな。情報を聞いただけの段階では、てっきりアンタのことを男だと思ってた。それが否定された以上、誤りを正さないままにするのは気が進まない」

「その勘違いは、あながち勘違いではないかもしれませんね」

「はぁ?」


 虚を衝かれ、ヴィオラは素っ頓狂な声を上げた。

 男だと思っていたら女で、しかしそれは勘違いではない……?

 何を言っている?


「私は少し、特異な身の上でして。身体的特徴が色々混ざり合っているのです。ですから、私は女なのか、という質問に対してはいいえ、と答えざるを得ません。同様に、男なのか、という質問に対しても」

「……だから、性別を濁し易い呼称を使わせてるのか」

「誤解を招く言い方ですね。マーキュリー君が私を旦那様と呼んでいるのは、あくまで自主的なこと。強制した覚えはありませんよ」

「だが、アイツはアンタのメイドなんだろ?」

「そうですね、それは間違いありません。強制して良いのなら、ご主人様と呼ばせたいところです」

「ご、主人様ァ……?」


 どこか歪んでないか?とヴィオラは疑問に思いつつ。

 彼女は追求を諦めた。これ以上深みに入っては、彼女もまた抜け出せなくなりそうだったからだ。

 底なし沼というものは、意外とそこかしこに存在しているものである。

 呼称を決めるだけで、こんな難しい問題に介入する必要などない。


「んー……じゃあ、サリナってヤツはどう呼んでるんだ?」

「フフ、どうやらお気に召さなかったようですね」

「うるせぇな」

「彼女は私のことをマスターと呼んでいますよ。そちらの方が、より呼び難いと思いますが」

「はぁ……」


 マスター。旦那。旦那様。

 正直、特にこだわりは無い。となれば、呼ぶのに多少抵抗感があるかどうか、くらいの差異しかない……か。


「分かった。コードネームに関しては、できるだけ雇い主の意向を尊重することにしてるからな。これからは旦那って呼ばさせて貰う」

「君の呼びたいようにしてくれて構わないですよ?」

「問題ない、慣れれば良いだけのことだろ。私からの質問は以上だ」

「そうですか。きっと、君は長旅を終えて疲れていることでしょう。これ以上長引かせるのは忍びないですし、さっさとお開きにしましょうか」


 そう言うとかれは、徐に机の引き出しを開け、一枚の紙を取り出すと、慣れた手つきでさささ、と手紙のようなものをしたためた。

 よく見ると、それは。


「小切手?」

「そうですよ。前金と言えば分かり易いですか?先にこれの存在を示せば、金銭で釣っているのか、と疑われそうでしたからね。渡すなら今でしょう」

「なんだ、案外金銭面はホワイトなんだな。月牙泉は複合施設だって聞いたが、ここにはカジノもあるのか?」

「ギャンブルがお好きで?有りますよ。ここまでやって来るキャラバンの人々の中には、賭博を好む者も多いですからね。尤も、お世辞にも治安が良いとは言えませんが……君に限っては余計な心配でしょう」

「ドブみてぇなカジノなんざ、いくらでも見てきたからな」

「必要以上のトラブルは起こさないようにお願いします。……はい、これを。換金は別棟の窓口でできるようになっていますよ」

「分かった。ありがたく受け取らせて貰う」


 最低限の礼儀を示しながら、彼女は両手で金券を取り上げる。

 そんな様子を、アルカヘストは興味深げに見ていた。


「何だよ?」

「いや、意外だと思いまして」

「さっきも思ったけどな、旦那。アンタ、一言多いんだよ」

「フフ、申し訳ありません。何分隠し事が苦手なものですから」

「チッ。戻らせて貰う」

「君の部屋への案内は、扉の外で待っている使用人が行うよう、既に手配してあります。ごゆっくり」

「フンッ」


 それから彼女は、どこか不機嫌そうに鼻を鳴らすと、ズンズン、と大股で扉の方に歩みを進めた。

 この問答で、多くの情報を得た。

 整理する為に少しばかりの時間が必要だろう。

 それに、クラリアが生きている事実と改めて向き合う為にも。

 硬く握られていた拳をやっとの思いで開きながら、彼女は扉の取っ手に手を伸ばす。


「あぁ、そういえば」

「なんだ?」

「最後にもう一つだけ、伝えておかねばならないことがありました」

「手短にしてくれ」

「すぐに終わりますよ。オルガンたちにはそれぞれ、二つ名が与えられるのです……例えば、マーキュリー君は《吊し人》、サリナ君は《戦車》という風に」

「私にも、か?」

「勿論です。しかし、もしかすると君はこの二つ名を拒絶するかもしれませんね」

「ただの通り名だろ?余程のことじゃなければ拒絶しねぇよ」

「そうですか?」


 それなら、と。かれは軽い口調で口にした。


「君の二つ名は、《恋人》です」


 皮肉なものである。

 それは最早、一種の愚弄なのでは無いだろうか?

 彼女は、一刻も早くこの場から離れたいという思いから、沸騰する文句を必死で胃の奥に押さえ込みつつ、部屋を出た。

お疲れ様でした。

今回は新キャラがいなかったので、我らが主人公、ヴィオラさんについて少し。

紫色の短髪、紫色の眼、紫色のインナーといった感じの全身紫芋人間。

口も性格も手癖も悪い生まれつきのバッドガールですが、初恋のクラリアさんに対してはどこまでも一途で、彼女を看取って数年経った今も気持ちの整理が付かないでいるという繊細な純愛ウーマンでもあります。

一時は、信条通り「名前の通っていない無敗の傭兵」としてブイブイ言わせてたとか。

趣味はお酒とタバコとギャンブル。終わってます。

ちなみに、この世界では同性愛も異性愛も当たり前で、そこまで驚かれることではありません。

運命の相手に出会った場所が戦場だったというその一点が、彼女をここまで狂わせてしまったのかもしれません……。

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