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アナザーワールド  作者: りんどう
一部 黄金郷の金緑石
34/113

燻んだ翠緑の煌めき

いつもありがとうございます。それではごゆっくりお楽しみください。

 なぜ、自分がこんな行動を取っているのか。

 それはきっと彼自身にも分からない。

 ただ、柔らかなベッドの上で放心しているのに飽きてしまったのだ。

 元々は、このやりきれない気持ちを誰かにぶつけてやるつもりだった。

 僕は選ばれし人間だ。

 選ばれて、モンテドーロまでやってきた。

 ……。

 それは、本当に?

 本当に選ばれた人間ならば、どっしりとしていれば良かったのだ。

 ラグナル王国の片田舎で育った牧童。

 彼にとって、真の幸せがどんな形をしているのか、教示できる人間などどこにもいない。

 ここは廃坑。

 背後では、残り少ない親衛隊の面々が、各々武器を握って隊列を組んでいる。

 

「……チッ」


 不思議と、障害は何もなかった。

 洞穴を徘徊する赤い光、人間の血肉を好んで喰らう人形、成れ果てたち。

 どれだけの人智を超越した怪物が待ち構えているのだろう、と想像していたのに。

 道は開けていた。

 振り返ればいつもそうだった、彼の眼前にはいつも、道が開けている。

 そしてそれは、必ずしも喜ばしいことではない。


「閣下」

「ん?」

「お怪我は、大丈夫なのですか?仲間の救出は私たちに任せて、閣下は……」

「俺に逃げろってのか!?」

「い、いえ。そのようなことは……」

「……。いい、俺のことは気にするな。任務に集中しろ」


 青年は、彼の肩を支えようと伸ばされた手を振り払った。

 補助輪など、彼の望むところではない。

 彼が示したいのは、功績と能力。

 それがなければ、彼が認められることは永遠にないのだ。


「……」


 そして、脇腹を抑えながら進むこと幾ばくか。

 やはり、それは赤い光を背に受けながら待ち構えていた。

 常ならば、その猟奇的な笑みは彼に対してではなく、その敵に対して向けられていたはず。

 背筋に走っていた鳥肌が加速した。

 ただ、違いがあるとすれば、痩せぎすの大男の笑みには、どこか慈愛が籠もっていることか。


「ええ、ええ。きっと、おいでになられると考えておりましたとも。あなた様は、真に鎖から逃れられぬお方だ。どれ程痛めつけられようと、その信念を曲げることはできない……仮にそれが、愚鈍で蒙昧なものだとしても」

「黙れ!俺は、お前が犯した罪の清算を済ませにきただけだ!」

「罪?罪ですと?これは異なことを仰る、仮に下名の行為を罪と呼ぶのであれば、閣下の行為はどのように形容すべきなのでしょう?まさか、貴殿の行いは全て正当化されるとは仰いますまい」

「お前は、俺を裏切った!」


 彼が振り上げた腕を合図に、周囲の親衛隊が翼のように展開した。

 整頓された人形のように、その列は乱れていない。


「そして何よりも、俺が信頼して預けた親衛隊を実験道具に利用した!家臣が王に叛逆すればどうなるか、言うまでもないよな?」

「ええ、理解しておりますとも。逆賊は須く誅殺されるべき。例外はございませぬ、結末とはこれこのようにして成り立つのですから」

「……ならば、どうして裏切った?」

「裏切り?まさか我が君は、下名を裏切り者と謗るのですか?」

「裏切り者以外の何だと言うんだ?」

「下名は、貴殿の親衛隊を用いた最善の策を講じたまでのことです。あなた様は、下名に小隊を預けると仰っていました。であれば、最も効果的な陣形を整えるのは当然のことでございます」

「言い訳だ!それに、お前は、お前は……」


 数十の銃口が、一斉に等活へ向けられた。

 その内の1つは彼の手に握られている。


「元からあのアバズレと手を組んでいた!俺が戴冠する器じゃあないと見切って、ハナから俺の計画をぶち壊す気でいたなんて、万死に値する!」

「万死……仮に下名が万回の死を迎えれば、あなた様の気が紛れると言うのであれば。それも、良い選択というものでしょう。下名は、否定致しませんとも」


 男は、恭しく頭を下げた。

 謝罪……ではない。それは、同意と肯定の礼だ。

 等活の一挙手一投足は、翠眼の青年の神経を逆撫でする。

 限界は、すぐそこだった。


「最後に1つ聞かせろ」

「なんなりと」

「アイツらは……最後に何と言ってた?」

「察するに、閣下の親衛隊の方々ですかな」

「俺は約束した。俺の下についている限り、使い捨てるような真似はしないと。だが、その誓いはお前の愚行によって破られた。その時のアイツらは、どんな顔をしてた?」


 青年の表情は、大人の怒りに怯える子供のように頼りない。


「文句を述べる者は誰1人として居ませんでしたとも。以前、伺いましたよ。あなた様は、スラム街で行き倒れていた彼らを拾い上げ、仕事を与えたのでしょう?」

「……」

「彼らは皆、今こそあなた様から受けた恩に報いる時だと言っていました。無論、下名の術を飲み干して一体となるには想像を絶する苦痛が伴ったでしょうが……それでも彼らは、幸せに逝けたことでしょう」

「そうか」

「ええ、どうか」

「その薄汚い口で俺の親衛隊を語るな!!!死ね!!!」


 等活の声が引き裂かれ、闇は四方八方から現れる閃光に掻き消された。

 無数の銃弾が彼の身体を飾り付け、大輪の彼岸花を咲かせる。

 轟音が止んだ頃、男は折れ曲がった脚を地面に立てたまま倒れ伏していた。

 

「チッ。舐めやがって」

「——全くですな」


 瞬間、ペリドットの背筋に寒気が走る。

 突き動かされるような衝動に身を任せ振り返った。


「このようなことは、閣下の神経を逆撫でするも同義。趣味に走るのも大概にしていただきたいものです」


 扇状に展開された親衛隊の背後、そこには見覚えのある容貌の男が立っている。


「お、お前……」

「何に狼狽えておられるのですか?まさか、下名が何の策も無しにあなた様の侵入と狼藉を許すと?……ふむ」


 赤い沼に沈む等活の身体を、突如現れたもう1人の等活が引き上げる。

 そして数秒、歪み切ったその表情を眺めてから、()()()()()()()()()()()()


「……ゲエエェェ」


 誰かが、吐瀉物を散らした。

 無理もない。この世の終わりのような光景に、ペリドットもまたえずく。

 人が人を、無造作に喰らう。ありえないはずの行動は、自然と常人に強烈な忌避感を覚えさせる。

 ともすれば、病院で与えられた食事を殆ど口にしなかったことが幸いしたのかもしれない。


「等活……お前は本当に人間なのか?」

「グッ。……さて、下名は自らを人間と定義しておりますが、あなた様から見てどうかは定かではありませんな」


 柔らかな腹の肉に齧り付き、生温かい内臓を引き摺り出す。

 リンパ液が、血液が、濃厚な鉄の香りにスパイスを加えているかのようだ。


「チッ。お前ら、銃を構えろ!」


 眼の毒だ。

 今すぐにでも、このような蛮行を止めるべきである。

 仮に意味がないとしても、あのような化け物は射殺すべきだ。


「食事中だというのに、騒がしいことです。下名の記憶が正しければ、カテドラーレ・クリゾベリッロで決裁を取っていたあなた様は、それ程までに矮小な存在ではなかったはずですぞ」

「なんだと……?」


 等活は口元にへばりついた肉片を拭い取ると、揺れる影のように立ち上がった。


「あなた様は、頻繁に自らの能力を証明することに言及しますな。下名にとって、そのようなあなた様の性質は心地よかったのです」

「……」

「かつて、ラグナル王国の山村のしがない牧童であったあなた様は、時代と政治が為に大きく歪められてしまった。閣下はそれを自ら語ろうとはしませんが、ええ。下名はよく理解しておりますとも」

「その口を閉じろ!過去を語り、未来を案ずる権利などお前にはない!」

「仰る通り。下名のように取るに足らない人間が、あなた様のように光り輝くお方の身を案ずるなどあってはならないことですな」


 強烈に染み出す紅光が、等活の細身のシルエットを蝕んでいる。

 指先から地面に垂れてゆく血液は、沸騰しているかのように泡立っていた。

 強烈な臭いが鼻腔を突く……それらに気が付いた瞬間、彼は全てが手遅れだと知った。


「これは……」

「お目に掛けますは、下名が使役する獄卒。地獄を生み出し、喜劇に共鳴し、悲劇に大笑する《欲望》の使者たちでございます」


 何とも不思議な気分だ。

 先程まで、あの憎たらしい長身痩躯の男を取り囲んでいたのは自分たちのはず。

 だのに、今となっては……。


「な、なんだ!触るな!」

「ひっ」


 あちこちから、悲鳴にも似た金切り声が上がる。

 ペリドットの心中で湧き立っていた愚かしくも清らかな怒りは、みるみるうちに冷めていった。

 曇り切った眼に現実が投影される。

 到底潜り抜けることは不可能な包囲網。危険に満ち満ちた金鉱。

 そして、圧倒的な力量を持つ正体不明の怪物……追い詰められていたのはどっちだ?自ら鳥籠の中に侵入したのはどっちか。

 生まれてきて何度目かの致命的な過ち……彼は、挽回の機会さえ過ちが為に奪われようとしているのだ。


「なっ——」

「ペリドット様!この化け物共は!?」

「ぼ、僕は」

「ペリドット殿。閣下が抱いているコンプレックスは正当なものだと下名は理解しておりますぞ。あなた様は当初、動乱の渦中にあるモンテドーロを突き崩す為にラグナル王国外務局が推薦した単なる傀儡だったのでしょう」

「違う!僕は!」

「いいえ。下名は事実を述べているまで。あなた様のご決断を、下名は実に尊敬しているのです」

「……どうして知ってるんだ」

「それはさして重要なことではありませんな。人一倍承認欲求の高い少年が無作為に抽出され、急造りの後継者候補としてモンテドーロに送り込まれてしまったこと。これこそ特筆すべきことです。それは彼の性質故に、何よりも不幸な運命だったことでしょう」


 親衛隊たちは、これまで信頼を寄せていたはずの男が滔々と語る言葉の意義を理解できない。

 それが誰のことなのか、どんな意味なのか、どのような内容なのか。

 少しでもその敬慕が理解に達していれば。或いはその限りではなかったかもしれないが、創造されたカリスマ性はあまりにも脆く、表面的だった。


「とはいえ、選ばれてしまったものは仕方がありません。逃げ帰るという行為は、外務局の決定に対する反抗を意味します。1、2を争う勢力を持つ国家の外務局を敵に回すのは、少なくとも賢い選択ではなかったでしょう。それに、彼には持ち前の学習力と、向上心と、承認欲求があった。与えられた地位を全うし、成果を出せばそれら全てが満たされるのは明らかなことでした」

「……」

「しかし眼前に立ちはだかったのは、異郷出身のあなた様を蔑視する視線、言われのない風評、あまりにも優秀な最高会議役員の面々。どれ程努力しようと、求められる水準に到達することはなく、かといってバックボーンの薄いあなた様を助けてくれる人間はどこにもいない。現実は、ことにあなた様を打ちのめした」

「だから僕は、成果を上げてアイツらに!僕を馬鹿にした奴ら全員を見返してやろうと!!!」

「ええ、ええ。だから、初めて天輪の存在を知った時、あなたはそれに希望を見たのでしょう?」


 男は振り返り、ドームに浮かび上がった光球を愛おしそうに見つめた。

 胎動する卵は、その中のオーラムを更なる進化に導こうとしている。


「アレは、粛清機構を生み出す卵の1つ。戴冠に耐えることができるのなら、閣下はあらゆるものを凌駕する力を手にできる。これは事実でした。実際、かの者は今にも、この大陸の支配者たる王権を賜ろうとしています」

「粛清機構……」

「あなた様が下名を幕僚として迎え入れたことは実に正しい判断でした。下名は心の底から信じていたのですぞ。閣下が、真にあの卵を纏う大人物に成長することを。彼らが廃坑に侵入する直前まで、下名はあなた様を支え続けると決めていましたから。下名の方針転換は、仕方のないことだったのです」


 甘く妖しい言葉は、彼がペリドットの喉元にナイフを突きつけ続けているという事実を忘れさせる。

 等活は、柔和な笑みを浮かべたままペリドットに事実を伝え続けた。

 歯軋りする青年を前にして、男の余裕が崩れることはない。


「しかし、実に残念なことです。あなた様の身の振り方には心底失望しました」

「何だと?」

「未だに飲み込めていないとは。その澄み渡った瞳で辺りを見渡してご覧なさい。あなた様は、1度ならず2度までも同じ過ちを犯した」

「周り……」


 いつものことだ。

 ここには敵しかいない。


「あなた様は、下名に多くの部下を捧げましたな。そしてまたも、親衛隊を引き連れて下名の元へ現れた……。その意味が分からぬ程、閣下は愚かではありますまい」

「……」

「無策でこの場に現れるなど言語道断。閣下は本来、彼女らの庇護を受けてベッドに横たわっているべきだったのです。その致命的なまでの愚かさと器の小ささが、あなた様をこのような死地に追いやってしまった。ええ、ええ。しかし、閣下は幸運ですな」


 男は顎をさすりながら口角を上げた。

 彼が真の笑いを見せることは殆どない。

 等活が常に浮かべている笑みは、その本性を隠し通す為のカムフラージュに過ぎないのだ。


「下名であれば!あなた様の最期を美しく飾り付けて差し上げることができる!この等活が、数奇な運命を辿る閣下のデウス・エクス・マキナとして幕引きをエスコートして差し上げましょう!」


 全てを受け止める大地のように腕を広げ、鳴動する洞穴を見上げる。

 今か今かと牙を研ぐ獄卒たちは、歓声を上げていた。

 湧き出るエクスタシーに身を任せる……血肉の宴が今、始まろうとしているのだ。

 終わりなき欲望。

 互いに尾を噛むウロボロスのように、その情欲は留まることを知らない。


「さぁ!」


 等活の指が振るわれ、五芒星が宙に溶けた。

 いつの間に、その刃は彼の胸元に向けられていたのだろう?

 ペリドットの口から息が漏れ、運命を悟る。

 一度限りの人生を手放そうとしている今、彼の心臓を動かしているのは形容し難い苛立ちと後悔、そして達観だった。

 不思議と恐怖はない。

 きっと、無様な声を上げるのだろうと思っていた。

 きっと、最後の最後に対面を保てなくなってしまうのだろうと悲観していた。

 しかし、今の自分は不思議と、自然な表情であの化け物を見つめることができている。

 それが少しだけ不思議で、むず痒かった。


「下名と閣下の契約の最期を、共に見届けま——」


 男の声が洞穴を震わせ。

 しかし、次の瞬間ペリドットの鼓膜を震わせたのは、硬い革靴のようなものが高らかに地面を弾く音だった。


「前戯の言葉責めはそれでおしまいですか?私の好みは、もう少し彼の頬が赤らむくらいの辱めなのですが」

「何……?」


 彼の笑みに亀裂が走る。

 誰の声だ?

 ここは無数の獄卒によって監視され、包囲されているはず。

 何人たりとも、その視線を潜り抜けて近づくことなど不可能だ。

 アレイスター=クロウリーでさえ、様々な策を講じた上でなければ難しいだろう。


「しかし、青ざめられては元も子もありませんからね。萎えてしまったら、折角のメインディッシュを楽しむこともできません」

「その声……あの時の?」

「ふむ。相変わらず、高尚なご趣味をお持ちですな。まさか、この下名に戯れの何たるかをご教授くださるとは」


 闇の中から、周囲を圧倒する何かが歩み寄る。

 次第に照らされていくかれの顔は古代の彫刻のようであり、印刷された写真のようでもあった。

 その表情は飄々としていて、おおよそ感情と呼べるものが籠っていないのだ。

 なんの武器も持たず。なんの装備もせず。

 ただ、それが当たり前かのようにオーダーメイドの背広を着用し、ジャケットを肩にかけている。

 ふと吹き抜ける風に煽られ、ネクタイが宙を舞った。

 紅光を、左耳のイヤリングの水晶が乱反射している。

 悠然とした立ち姿からは、かれが内包する悠久の歴史が垣間見えた。


「アルカヘスト殿。此度はどういったご用件ですかな?」

「……」


 かれはペリドットの傍まで歩み寄ると、足を止めて周囲の魑魅魍魎に眼を向けた。


「実に可愛らしい使い魔の皆さんですね。その身には今、どれ程の魂が宿っているのですか?」

「知れたこと。アルカヘスト殿は、夜空に浮かぶ星々の数を数えたことが一度でもあるのですか?」

「私であれば、あってもおかしくはないでしょう」


 かれは笑う。

 色彩の反転した右眼に、昏い光が宿っていた。


「……」

「それで、どうされますか?」

「成る程、成る程。何が目的かと思えば、まさかその取るに足らない凡夫の回収が目的とは」

「凡夫、と」

「くだらないものですな。あなた様にも見えますでしょう?分を弁えることができず、かといって運命に弄されるのも良しとできない。才能と理想が噛み合わず、その齟齬に気づくことすら叶わなかった愚者の姿が」

「チッ」


 無論それは、ペリドットの舌打ちである。

 ただ、どうしても向かっていく気にはなれなかった。


「そう刺激しないでください。まずは、目障りな彼らをしまっていただけますか?」

「その行為の対価を要求しても?」

「それでは、“紅き血潮の天輪アクワルタ・クワルナフ”を巡る戦いにおいて、私が前線に出ることはないと約束しましょう」

「……。あなたは、彼のどこにそれ程までの価値を見出しているのですか?」

「取引成立ということでよろしければ、我々はお暇させていただきますが」


 動かざること山の如し。

 ただ、立っているだけ。

 ただ、口を開いているだけ。

 にも関わらず、この威圧感はなんだ。

 その視線が向けられているわけではないペリドットでさえ、緊張のあまり喉が渇いていく。

 誰も、かれの言葉に口を挟むことができないのだ。


「良いでしょう」


 彼は頷きながら腕を上げた。

 寂しげな表情を浮かべた使い魔たちが、次々闇に溶けていく。

 最後の一匹が名残惜しそうに存在を手放すと、辺りには異臭だけが残っていた。


「アルカヘスト殿の提案は、確かに魅力的です。あなた様が戦いを放棄するだけで、そちら側の戦力は格段に落ちますから。しかし……」

「なっ!?」


 ペリドットの首に突然、黒い紋様が輪のように浮かび上がる。


「仮に約束が破られた場合、彼の命は当然、下命がいただきますので」

「お好きなように。契約の履行は私が保証しましょう」

「それでは……ええ。どうか、赤い光に照らされたひと時をお楽しみください」


 頭を下げ、両手を掲げる。

 痩せぎすの大男はそれから、揮発する水のように消えていった。

 跡には、影すら残らない。

 血の沼さえ消滅していくのを見ると、何だか彼の存在そのものが蜃気楼のように思えてしまった。


「さて、と。今頃皆さん、君のことを心配していることでしょう。もしかすると、ちょっとした騒ぎになっているかもしれませんね」

「……なぁ、お前」

「どうされましたか?」


 ペリドットはタンクの底に残った力を絞って、かれを見上げた。

 等活も見上げんばかりの大男だったが、かれは輪をかけて背が高い。

 正直、理由もなくちょっとした恐怖心を覚える程だった。


「嘘吐いただろ?俺と、俺の親衛隊を助ける為に」

「……」

「俺は、アイツのアキレス腱になるような情報なんて持ってない。俺が知ってることは、天輪のことが少しと、計画の全貌くらいだ。等活があんな化け物だったなんて、俺は少しも……」

「ええ、そうでしょう。君はきっと、殆どのことを知らない」

「だったらなんで」


 俺を助けることにメリットなんてないだろうが。

 吐き捨てるように、ペリドットは呟いた。

 あぁ、そうかもしれない。

 この、喪失感は。この、機会を逃してしまったという後悔は。

 きっと、やぶれかぶれになって、全てを終わらせたくなっていたのだろう。

 最期くらい、どでかい花火を打ち上げてやろうと。


「簡単なことですよ。この大陸では、誰もが大小様々な罪を犯します。君は確かに、虚栄心と劣等感を慰める為に多くの人を殺めましたが……少しでもそこに後ろめたさがあるのなら、君にはやり直す機会が与えられるべきでしょう」

「……」

「君はやり直すに値する人間だ、と私が断じた。ただそれだけのことです」

「傲慢だな」

「良く言われます。さぁ、戻りますよ」


 境界が引き裂かれ、扉が開く。

 突如として現れた巨大な門の向こうには、朧げな光が見えた。

 燻んだ紅色ではない。

 眩いばかりの、白い光だ。


「君は確かに、何も知らないかもしれない。しかし、仮に君がやり直そうというのならば。まず、犯した罪の尻拭いを率先して行わなければ」

「……」


 さぁ、とかれは手を差し出した。

 ペリドットは振り返り、なおもその背中について行こうと立ち上がる親衛隊の面々に眼を向ける。

 その瞳には、そして視界に入った彼らの顔には、新生した何かが確かに宿っていた。

お疲れ様でした。

ペリドットくんを虐めよう!の回でした。

前半、調子に乗った分のツケが怒涛の勢いで取り立てられていますね。

特に、陰湿で趣味の悪い等活さんに眼を付けられてしまったものですから、搾りかすになるまで絞られ続けてます。

顧問官として彼を選んだ時点で、ペリドットさんの悪運は尽きていたのでしょう……これからの再起に期待ですね。

また、その救世主として現れたのは我らが月牙泉の領主、アルカヘストさんです。

頭頂部から爪先まで謎だらけな彼女ですが、どちらかといえば善寄りな思考の持ち主。

今回は、やり直しの機会を与えようとペリドットくんを助けたようです。

とはいえ、性欲な忠実な人でもありますし、もしかして……?

いや。流石にないでしょう。流石に。


最後になりますが、感想やレビューなどいただけると本当に嬉しいです。

執筆の励みになりますし、1つ1つじっくりと読まさせていただきます。

それでは、りんどうでした。

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