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わたしの方が好きでした  作者: 帆々
エル

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『……ブーケの衣装合わせにつき合っていただけないでしょうか?


 忙しいあなたにこんなことをお願いするのは申し訳ありません。本人がどうしてもと言うのです。あなたの都合に合わせて下さってもちろん構いません。


 お差し支えなければ、ぜひお願いしたい……』



 エルから手紙でこんな打診があった。リゼには問題がない。空いた時間でよければブーケにおつき合いすると返事を書いた。日時の相談の往来があって、その当日ブーケはリゼの家に迎えに来た。


 彼女の馬車に乗って衣装屋へ向かう。これは以前と同じ店になった。誘われるのは嬉しいが、父親不在の場合、こういった用事は家庭教師のミス・クローバーが務めるのではないかとも思う。それを口にすると、


「家庭教師とばかり行動するのも子供っぽくて。気の合う女の友だちと出かける方を大事にしたくなってきたの。刺激があって有益よ」


 と言う。相変わらずおませな口ぶりだが、親しまれているのは事実でリゼは嬉しい。


「まあ、ありがとう」 


「それにミス・クローバーは何でも褒めるの。ドレス選びには不向きよ。全然似合っていなくても「お似合いですわ」ばかりだもの。リゼならお父様と同じ事業家だから、わたしに損はさせないでしょ」


 としっかり実利も考えているようだ。

 

 衣装屋ではあのドレスこのドレスと忙しくブーケは試着した。意見を聞かれてリゼも忖度なく答えた。髪や瞳の色に映える色は勧め、あまり大人びたデザインに走らないように注意もした。


 最後に着替えに消えたブーケを待つ間、店に飾られているガウンを見せてもらった。ちょっと羽織らせてもらう。手持ちのどの衣装に合う色合いで使い勝手が良さそうだ。


 実はテリアから彼のトネリコの実家であるガーデンパーティーに誘われていた。もう行くと返事はしたが、着る衣装で迷っていたからちょうどいい。値段を聞くと案外値頃だった。既製服であるのとシーズン遅れの品だからだ。


「いただくわ。包んでもらえるかしら」


 気に入ったドレスの注文を終えてブーケはご満悦だ。リゼも掘り出し物を見つけて気持ちが浮き立った。衣装屋を出て馬車に乗り込む。リゼの手の品をブーケがのぞいた。


「それはなあに?」


「ガウンを買ったの。飾ってあったのものが気に入ったから」


「ごめんなさい。自分ばかりで。リゼだってドレスを見たかったのではない?」


 表情を曇らせたブーケがひどくしゅんとして見えた。自分の手落ちに気づいて傷ついているようだ。そんな様子は痛々しい少女そのもの。おませな口ぶりも態度もブーケの本質ではない。ほろりとその本質がのぞいてしまう。


(いつもはちょっと背伸びしているだけ)


 リゼは慌てて彼女の手を取って握った。


「いいの。急にこれは思いついただけなの。気にしないで。今日はあなたのために日なのだもの」


 そしてこれを買った理由を打ち明けた。ガーデンパーティーのある場所に話が及ぶと、ブーケは小さく声を上げた。


「領主館の彫刻とバラのお庭!」


「響きだけで素敵よね。ピクニックだと思えばいいと誘われたのだけれど、ちょっと気後れしちゃうわ」


「きっと男爵と腕を組んで睡蓮の池の周りを歩くのよ、風にあなたのボンネットが飛ばされるのを彼がすかさず拾って、跪いて差し出すの。ロマンチックだわ」


「ボンネットは顎の下でリボンを結ぶわ」


「駄目よ。緩めておかなくちゃ」


 テリアがリゼに対してロマンチックに振る舞う様が想像できない。気さくで親切な紳士なのは認めるが。彼が面白いと思った何かを彼女にも「ね、そうでしょう?」と同意を求めることはよくあった。楽しさを共有したがるのは好意の表れと取れなくもない。


(嫌われていないのは確かね)


 そうでないなら実家のパーティーに誘われることはない。


「それってプロポーズだと思うわ」


 きらきらした目でブーケがそんなことを言う。リゼはぎょっとなって首を振りつつ否定した。


「まさか。そんな訳ないわ」


「絶対そう言える? ご両親への紹介もあって、きっと正式なプロポーズへの前段階のはずよ。ああ、やっぱりリゼにちゃんとドレスを見る時間をあげるべきだった」


 ブーケは両手を組んで胸に押し当てる。一大事であるかのように真剣な表情だ。


(大袈裟な)


 とリゼはちょっとあきれた。けれども、少女のブーケにとって紳士からのパーティーの誘いはまばゆい憧れの世界だろう。「すなわち結婚」と考えが飛躍するのもわるのもわからなくはない。


 ブーケとは彼女の自宅前で別れた。リゼはこれから仕事の約束がある。学校時代の友だちが工房の品を買ってくれる話が来ていた。手土産用にまとまった数が欲しいとありがたい申し出だった。


 停車場から乗り合い馬車に乗った。目的の地域で降りる。そこから程なく目的の住所だ。


 お茶を飲みながらお喋りめいた商談を終えた。礼を言って外に出る。その時、この辺りが元夫の実家付近だと気づいた。


 友人は「子供を介したおつき合いが増えて……」と幸せそうだった。交際にちょっとした贈り物が礼状がわりに具合がいいと言っていた。そんな需要があるのか、と商売の触覚がぴんと張った。聞けて良かったと思う。


 友人との会話の内容が漫然と頭に残る。噂話も多かった。誰かの結婚や出産など……。リゼの離婚の話題もその中の一つになって、誰かの耳に届くのだろう。それが胸に痛くないと言えば嘘になる。


(でも、そこまで気にならない)


 それは過去をすっかり吹っ切れたからではなく、今が忙しいから。すべきことがあり、彼女を誘ってくれる声があるからだ。今日のブーケのように。


(テリアもそうね)


「プロポーズだと思うわ」。の響きが耳にくすぐったい。そんなはずがないと思う。彼の誘いはもっと気楽で気軽なもの。


 ただ前回誘われた夜会とは違い、今回のパーティーは是非とも女性を同伴する義務はないはず。敢えてそうするのはなぜだろう。見栄えがいいから? 誰かにそう言われた?


 年齢的にテリアも結婚を意識する頃だ。それを求める声も多いのではないか。王都に仕事を持ち財産もあり悠々自適に暮らす人だ。将来をその延長に描いているのは間違いなさそうだ。


 自惚れではないが、その未来図に自分は遠くない気がする。王都で自立して仕事をして財産もある。彼に負担をかけず自由を与えられる。遠からず彼自身もそんな印象を彼女に感じているのではないか……。


(これでは自惚れね)


 客観的視点だと思いながらその底に「そうあっておかしくはない」と自尊心がそう願っている。それはテリアに恋をしているからではなく、そうだと心が満たされるから。誰かに及第点をもらえるのはやはり嬉しい。


(合格点じゃなくても……)

 

 停車場で馬車を待つ。手袋の指を重ね合わせている時思い出す。ブーケの馬車に買ったガウンを置いてきてしまった。しまったと思ったが、明日にでも取りに伺おう。


 来たと思った馬車は一つ前の角で折れてしまった。通りの向こう、ふとこちらを見る人物と目が合った。痩身の男性で肩先に伸びた髪が触れている。遅れてぼやけた焦点が合った時、まるでがんと頭を打たれるような衝撃が走った。


(キッド)


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