背嚢
よく晴れた春の日であった。外はしかし先日までの陽気などすっかり忘れた冬のような寒さで、人々はみな暦に騙された四月馬鹿になったような心地で憂鬱そうにしていた。
そんな日に旅人だけが、気まぐれで帰ってきた如月の冷気や、その小さな背中に担いだ積荷の重さや、他人の期待やその失望、その他この世の種々多様な質量をもつもの——若しくは質量をもっているように感じるもの——など存在しないかのように軽やかに歩いていた。その足取りといったらまるで旅人の周りにだけ春の花——蒲公英や菫、菜の花といったような——が蕾を開くかのようであった。
旅人は、頭上に広がる雲一つない青空と時折頬を撫でる澄んだ風を感じながら、急勾配の階段を一段とばしで駆け上がり、これまで何度もならされたのであろう滑らかで歩きやすい坂道を下り、前日の雨を含んでぬかるむ土の上を歩いた。道中、物欲しそうに塵屑を啄む烏や、虫の死骸に群がる蟻の集団を見かけたが、そんな光景に気分を害されることもなく、旅人は歩き続けた。
旅人の目的地はもうすぐそこだ。近付くにつれ、人通りも増えてきた。道を広がって歩く一団を追い越そうと、旅人が一層すばしっこく歩きはじめた時、その肩を軽く叩く者があった。振り向くと、そこにはこれまでも幾度か旅人と共に歩んだ友人の姿。旅人は軽く会釈をするが、友人は何か言いたげな顔をして旅人を見つめた後、徐に口を開いた。
「あれ、ランドセルは?」
実話を冗長に脚色してみました。