2013/ 4/ 10 (1)
今回の日録では、前書きと後書きは省略しようと思う。
読めば理由は分かるだろう。要は僕が普段やっているようなことを、理華子がやっているからだ。
Date 2013/ 4/ 10
今日という日、また一人、私に近しい人間がこの世を去ったことを知った。
しかし、その訃報が私を驚かせることはなかった。
思えば私は、ずっと以前から.....
彼の終わりを、どこかで待っていたのかもしれない。
こう口にするのは不謹慎かもしれないが、
そう考えるほかにどうにも説明のつかない静寂が、自分の中にあったのだ。
彼はかつて、自分の中にどうしようもなく曖昧で、触れれば崩れてしまいそうな欠陥を抱えている打ち明けた。
自分には、その欠陥を正確に見極める義務があると唱えた。
たとえその過程がどれほど非合理で、あるいは取り返しのつかぬ方法であったとしても、
「私はそれをしなければならない」と。
そういった彼の言葉や仕草の一つひとつに、私はどこか見覚えのある影を感じていた。
それは記憶というより、むしろ...
私の中の深い層が微かに反応するような、曖昧な共鳴だった。
“デジャヴ”
この言葉が一番近いかもしれない。
そしてこの予感が確信に変わったのが、先日のことだ。
彼が私のもとを訪れ、「覚悟ができた」と言い放った。
その時の彼の表情は、ひどくやつれていて...
それでいて、誰よりも人間らしい歪みを帯びていた。
私はその言葉の意味を、痛いほど理解していた。
しかし、それでもなお、「理由を教えてくれないか」と問わずにはいられなかった。
それを聞いた彼は、喜怒哀楽のどれにも属さない...
いや、むしろそれらすべてを内包したような表情で、
「いいよ」と穏やかに答えたのだった。
こんなことが、ほんの数日前に起きた。
だからこそ、彼の訃報を聞いても、私は取り乱してはいない。
いつも通り、自分らしくこの日録を記すことができている。
それでも、胸の奥に小さな灯が残っている気がする。
風が吹けば消えてしまいそうで、けれど、消えきらずに揺れている。
自分の中の何が燃えているのか、私には理解できない。
それでもそこに何かがあることを、感じてしまう。
ゆえに、私宛に贈られた彼の遺書を、この日録に記さねばならない。
私はもともと、人の遺書を写すことを好まぬ性分だ。
だが、同封されていた手紙にはこう書かれていた。
「このことを日録に描くのなら、一言一句、欠かさずに写してほしい」
ゆえに私は、ここに彼の遺書をそのまま記すことにした。
おそらく、それこそが彼の望みなのだろう。
「遺書 著者:羨」
この遺書は、私が遺したいくつかの手紙のうち、
理華子くんに理由と主張を託すための一篇である。
したがって、これは遺書というより、私自身の「実験記録」と呼ぶべきものだろう。
その点を、どうか理解し、受け入れてほしい。
古賀ベル……
彼女は、私にとって特別な存在だった。
だがそれは、決して親密さを意味しない。
彼女はただ一人、私の“苦悩”を分かち合える存在だった。
「生きる価値」「存在の意味」
私たちはそんな問いを共有し、取り憑かれ、互いに蝕まれていった。
その関係を失えば、自分という輪郭が崩れてしまう......そう感じていた
他者と切り離されても生きていける君には、この感覚は理解しがたいかもしれない。
だが、我々のような人種は、誰かに依存しなければ、自らの価値を見いだすことができないのだ。
そんな我々は、居場所を失わないためにリスク分散をする。
いくつものコミュニティを作り、広く浅く関わることで、ひとりぼっちにならないようにしている。
そうして生まれた広く浅い関係が、人生を賑やかに彩る。
人と関わるたび、私という輪郭は他者の形に合わせて削られていく。
そして、いつしか思うようになった。
人とのつながりだけが、私を構成する“色”なのだと。
しかし、そんな人間関係が美しいばかりのものではないことも知っていた。
誰とでも仲良くできる人間などいない。
我々は誰かに好かれるために、少しずつ嘘をつく。
相手とぴたりと噛み合うよう、自分の形を歪める。
そうした行為の果てに残るのは、空虚だけだ。
だからこそ、私は努力することをやめられなかった。
一種の義務感。いや、呪いのようなものだった。
色褪せないための。
だがある日、彼女の何気ない一言が、私を壊した。
「この世には、暇だから遊ぶ友達と、
暇がなくても遊ぶ友達がいる。
君の友人は前者ばかりだね」
その言葉は、何の悪意もなかった。
だが、核心を容赦なく貫いた。
暇だから遊ぶ友達を友達とは言えるのだろうかと。
その問いが胸に芽生えた瞬間、私の世界はモノクロになった。
「自分にとって友とは何か」
「友にとっての私は何者か」
その問いは膨張し、やがて苦悩の形をとって私を喰らった。
友こそが生の支柱である我々にとって、
「真の友がいない」という事実は、
己の存在そのものが虚ろであるという宣告に等しかった。
やがて私は内に秘めるようになった。
「これを知らぬままでは、生きていけないのではないか」と。
それは人生の目標となった。
そして、あの日が訪れた。
ベルが死んだ。
その知らせを聞いたとき、私は思った。
もし彼女が破滅したのなら、同じ関係を築いていた私もまた、
いずれ同じ道を辿るのではないか、と。
その思考が、焦らせ、そして駆り立てた。
私は、実行した。
己の思いを晴らすための、たったひとつの 「実験」を。




