6 服と靴と思い出と
こんにちはーめっちゃ時間をかけた割にはめっちゃ短い第6話でーす。なんか感動的なシーンを書くの苦手なんですよねー……。感動的にならない……。
雨すごいですね……。みなさんは被害受けていませんか……。気をつけてください……。
暑いですねー……。溶けそうでーす……。溶けるといえば、とろけるように甘い恋バナが聞きたーい……。
「あ、あの、私たちは今どこに向かっているのですか……?」
ミーアは隣を歩くエリンの顔を見上げて問いかけた。
「えっとね、この島の中心街?なのかな。そこによろず屋があってね、今はそこに向かってるの」
「よ、よろず屋ですか?何か買うんですか……?」
「ううん、買い物じゃなくて完了報告にね。実はさ、うち、一つ依頼を受けてて、ミーアに会う前にこの島の北側にある村に行ってたんだよね。ミーアに会ったのはね、その依頼を終わらせた帰りだったの。うちの乗ってた馬車が事故起こしちゃってさ、街まで歩いて向かっている最中にさっきの状況に遭遇したってわけ」
「じ、事故……!!……怪我はしていないんですか……?」
「うん、大丈夫。運が良かったのかな、たまたま怪我せずに騎士に助けてもらえたの」
「……す、すごい……」
エリンの身体の丈夫さに驚いたミーアは思わず隣を歩くエリンの姿を頭のてっぺんから足の先まで凝視した。そうして横を見て歩き続けているミーアは自分の足元に転がっている石に気が付かなかった。
「わっ……」
ミーアはそのまま絵に描いたように石に足を引っ掛け、前につんのめった。
「大丈夫!?」
エリンの声を聞きながら、ミーアは倒れていく。すぐに地面にぶつかると思い、ミーアはぎゅっと目をつむった。しかし、いくら待ってみても身体に痛みはやってこなかった。その代わり、なにかに包まれているような支えられているような感じがした。
ミーアがおそるおそる目を開けてみると、目の前にはエリンの顔があった。その表情は驚きと困惑と心配がないまぜになっており、ミーアが目を開けてもそれは変わらなかった。
ミーアが首を回すと、エリンの腕が視界に入った。エリンが素早く動き、ミーアが地面に倒れる前に彼女を腕で支えていたのだった。
「大丈夫?痛くない?怪我してない?」
「あ、は、はい、大丈夫です……。すみません……」
「謝らなくていいよ。怪我してないならよかった」
エリンは心の底から安心したという表情をした。しかし、その後すぐに顔を曇らせた。転んで顔を赤くしていたミーアは首をかしげた。
「気づくのがものすごい遅くなっちゃったんだけど、裸足で歩いてて足痛いよね?傷だらけだよ?大丈夫?おんぶしてあげよっか?」
エリンにそう言われて、ミーアは初めて足の痛みを感じた。先ほど走って逃げていたときも、今までエリンと一緒に歩いていたときも、ミーアはずっと足の痛みを意識していなかった。いや、足の痛みだけではない。捕らえられてから三年もの間ずっと薄着かつ裸足での生活を強いられ、十分な食事も休息も与えられず、石や木の枝や埃や排泄物や食べ残しなどが散乱する劣悪な環境の檻に閉じ込められて過ごしてきたミーアは、あらゆる”痛み”というものを既に忘れてしまっていた。
まだ捕らえられたばかりの頃には痛みを感じることはあったが、とうの昔に慣れきってしまった。それに、痛みを感じたところでそれを改善する手立てなどない。ミーアは痛みについて考えることそのものをやめてしまっていたのだ。それが辛い思いをせずに済む最も有効な方法であると、ミーアは無意識のうちにきめつけて信じていた。そうして耐えていればいつかは苦しみから開放されるときが来ると思っていた。だからミーアはエリンに聞かれるまでは少しも痛みを感じていなかった。エリンに痛みはないかと問われたときも一瞬内容が理解できなかった。しかし、エリンの言葉を理解し、痛みに対する意識が戻ると、これまでにその身と心に受けていた数多の痛みが一気に押し寄せてきた。それはたかが十年しか生きていないような子供にはとても耐えられないものだった。
「う……わあああああぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁっ、ひっく、あああああああああああうああぁぁぁぁぁぁぁ、ぐっ、うっ、あぁぁぁあああぁぁぁぁああああああああ!!」
ミーアはエリンの腕に支えられたままの状態で泣きじゃくった。エリンの問いかけに答えられるような余裕はなかった。
何も答えず突然泣き出したミーアにエリンは一瞬面食らったが、すぐにミーアの心情を察し理解した。そして、静かにミーアの身体を起こして抱きしめ、背中を擦った。ミーアが泣き止むまでずっと、エリンは背中を擦り続けた。
しばらくして、ミーアはしゃっくりをしつつも何時間かぶりに泣き止んだ。そして、途中言葉につまりながらもエリンに話しかけた。
「あ、あの、すみませ、ん、でした。いきなり、その、泣きだ、してし、まって……」
「気にしないで。子供は泣いて育つものでしょ?遠慮しなくていいから。嬉しいときは笑う。悲しいときには泣く。そうして、素直に感情を出してくれたら嬉しい。少なくとも今、ここにミーアを苦しめる人間はいないからね。泣きたくなったら、またうちが背中擦ってあげる。だからさ、無理だけはしないで」
ミーアはエリンの言葉に素直に頷いた。
「……はい。あの、ありがとうございます。…………えっと、その……」
「うん?」
「あ、お、おんぶ、してもらえませんか……?」
「おんぶね。いいよ」
そういうとエリンはミーアに背中を向けてしゃがんだ。
「はい、乗って」
「ありがとう、ございます……」
ミーアはお礼を言いつつエリンの背中に乗った。エリンは驚くほどに軽いミーアをしっかりと背負うとそのまま立ち上がって街へと歩き始めた。
エリンの背中はミーアが思っていた以上に大きく、暖かく、心地よいものであった。エリンの背中から感じる温度と安心感、そして歩いていることによる心地よい揺れにしばらく身を委ねていたミーアは疲れからか、束の間の眠りに落ちていった。
ミーアの寝息が微かに聞こえ始めると、エリンはひとり微笑んだ。慈愛の笑みか、それとも涙を流す直前の笑みなのか、どちらとも言えない表情をしてエリンはミーアを起こさないようにゆっくりと静かに歩みを進めていく。
太陽が南中点を過ぎて少し影が長くなり始めた昼下がりの頃。エリンとミーアはようやく目的の街に到着した。そのままエリンは未だ眠り続けるミーアを背負って大きな噴水のある広場を横切り、よろず屋に向かって迷いなく歩を進めていく。しかしふとその時、視界の端にちらっと小さな肌色のものが入り込んだ。
そちらに視線だけをわずかにずらして見てみると、それはミーアの年不相応な小ささの足だった。きれいな白っぽい肌色をしているものの、傷やかさぶたがいくつもあり、痛々しい見た目をしている。今も血が滲んでいる傷も数か所あり、つい最近まで過酷な状況下に置かれていたことがうかがえた。
エリンは道の端で立ち止まり、ミーアのその足をじっと見つめた。彼女は少しの間そうして止まっていたが、何を思い立ったのか、顔を上げるとくるりと進行方向を変えてよろず屋とは別の方向に歩き出した。
「ミーア、ちょっといい?」
「……う、んん……」
だいぶ時間をかけて目的地に到着すると、エリンは背中のミーアをそっと揺すって起こした。眠たげに目を瞬かせながらミーアは夢から覚める。
「……ここは……?」
「服屋だよ。もしよかったらさ、新しい服と靴を買ってあげる」
「え……そんな、いいんですか……?」
「うん。なんでも好きなの選んで?」
エリンの言葉を聞いたミーアは目を爛々と輝かせた。
「ほ、本当にいいんですか……?」
「もっちろん!なんでもいいよ」
「で、でも、なんでいきなり……?」
ミーアは首をかしげ不思議そうな様子でエリンを見上げた。ミーアのその顔を見たエリンはニッコリと微笑む。
「新しい服とか靴とか欲しいんじゃないかなって思ってね。裸足のまま歩いてたら足痛いでしょ?それに今ミーアが着てるワンピース、それ元々はもっときれいな白だったんじゃない?でも灰色になっちゃってるし、裾も結構ほつれてるし。だから、もしよかったらどうかな?」
そう言われてミーアはたくさんの衣料品が並ぶ店内に目を向ける。輝く目をあちらこちらに向けつつも足を踏み出せないでいるミーアの背中をエリンがそっと押すと、ミーアは一番近くに吊られていた服へおそるおそる歩み寄っていった。
ミーアは近くの服に近づいていくと、そっと持ち上げて広げてみた。それはよくあるなんの変哲もない”村娘の服”なのだが、それでもミーアはその服をとても幸せそうな顔をして眺めていた。
ひとしきりその服を眺めたあとは、あたりを見回して気になった服の方へと自らどんどん近づいていった。本当に楽しそうに服を見て回るミーアの様子を、エリンは入口近くに立ったままで微笑ましく思いながら見つめていた。
「本当にそれだけでいいの?」
「あ、はい。私は、これだけで大丈夫です……」
ミーアが選んだのはどこにでも売っているようなシンプルな革靴と、これまた同じくどこにでも売っているようなシンプルな焦げ茶色のマント一着だけだった。エリンからすればもうあと三、四着買うつもりでいたのだが、ミーアがこれ以上のものを望むことはなかった。
「もしかしてお金がかかることを心配してるの?」
「い、いえ、そういうわけでは……」
「そうなの?…………もしかして、そのワンピースが着たい理由があるとか?」
「あ、えっと、その、はい……。その、このワンピースは、ママが作ってくれた服で……。もっと小さいころにもらって、それから、体に合うように何回も直してもらって、ずっと着続けているんです。ママとの思い出のものは、もうこれしか残ってないので、捨てたくなくて……。着ていたら、今でもママと一緒にいれるような気がして、だから、他の服はあまり……」
ミーアのその話を聞いてエリンは自分が大きな思い違いをしていたのだということを知った。エリンは今までミーアが着ているワンピースは彼女が捕らえられてから着ているものなのだと思っていた。そう考えていたから、店を出てから他の服を買わなくていいのか訊いたのだった。
しかし、ミーアの着ているワンピースはミーアと亡くなった彼女の母親との思い出が残っている大切なものだった。ミーアの話では彼女の家は火事で跡形もなくなっているのだから、ミーアと母親をつなぐものというのはもうこれしか残っていないわけである。ワンピースは、傍から見ればどこにでもあるような普通の品だが、それを着るミーアには特別な想いがあった。それをミーアから引き剥がそうとするかのような自分の発言をエリンは悔いた。
「……そっか。ごめんね。ミーアの気持ちも考えずに」
「い、いえ、そんなことは……。…………そ、その、わ、たしは、あの、嬉しかったです……。心配、してもらえて、おんぶも、してもらえて、新しい服と、新しい靴も、買ってもらえて、私は、とっても、う、嬉しかったです……。だから、ありがとう、ございます。謝らないで、ください……」
ミーアは顔を赤くしてそう言った。緊張と照れで途切れ途切れになってしまいエリンに伝わったのか不安だったが、それは直後にエリンがミーアに向けた笑顔によって解消された。
「そう言ってもらえるとうちも嬉しい。ありがと。じゃあ、今度、どこか宿とかでで洗濯しよっか。頑張ってそのワンピースを白に戻してみるよ」
「い、いいんですか……!?お願いします……!」
「まかせて。うち、こう見えても洗濯には慣れてるから」
「そ、そうなんですね……!あ、家事とか得意なんですか……?」
「うーん、得意っていうか、やるしかなかったっていうか……」
二人はエリンの幼い頃の話に花を咲かせつつ、今度こそよろず屋へと足を向けた。
なんとですねえ、読者の方が一人、五つ星の評価をつけてくださいました!!めっちゃ嬉しいです!!これからも頑張ります!!
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