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4    白髪の少女

 第4話です。


 投稿がしばらく空きました。遅筆すぎるのどうにかなりませんかね……

 パーティーの翌日、エリンはヌカル村から中心街につながる林の中の道を歩いていた。


(思ったより遠いなぁ。馬車が直るまで待てばよかったかなぁ)


 エリンが馬車を使わない、いや使えないのは数刻前の出来事に理由がある。




 エリンと村長が話した後もヌカル村でのパーティーは続き、会が終わったのはその日の夜が更けてからだった。


 エリンはこの日のうちに村を発つつもりでいたのだが、すでに外は暗くなってしまい魔や妖が蠢くような時間になってしまった。そのような暗く狭い林道を一人で歩くのは危ないということで村長がもう一日空き家を貸すと申し出た。エリンはその言葉に甘えてもう一日ヌカル村に泊まることにした。


 翌朝、エリンはまだ太陽が昇りきらないうちにヌカル村を出発した。最後、村を出るとき、村長がエリンを見送りに現れた。


「今回は大いに助けてもらった。本当に、ありがたいのじゃ。お主のことは村の恩人として儂が生涯語り継ごう」


 エリンはそれを聞いて少し頬を赤らめた。


「それほどのことはしていません。依頼されたことをこなしたまでです」


 それを聞いた村長はふっと微笑んだ。


「お主はどこまでも謙虚じゃの。いいことではあるがの、謙虚すぎるのは嫌味となるのも心得ておくのじゃよ」


 エリンは村長に対して最敬礼をし、ヌカル村と村長に背を向けた。




 エリンが隣の村に到着した頃には太陽は姿を現しており、清々しい朝の光に包まれた町に新緑の葉の香りを運んでくる風が穏やかに吹いていた。馬車の発着場に行ってみるとそこには既に朝一番の乗合馬車が止まっていた。まだ早い時間だからか、馬車の中には誰も乗っていなかった。エリンが乗り込んでから少しして、馬車はゆっくりと動き出した。




 この乗合馬車が通るルートの中盤辺りに、小さな川が流れている。特に荒れているわけでも深いわけでも流れが急なわけでもないのだが、そこには渡るのに少々危険を伴うような橋がかけられていた。


 この橋はなぜだか、常に水面よりも下にあるように設計されているのである。橋と呼んで良いのかも怪しくなってくるようなものなのだが、一応これでも立派な橋ではある。どうも、周囲の地形や地盤の様子から、この場所にこの高さでしか橋が建造できなかったようである。もともと造られた当初は橋は水面よりも上にあったようなのだが、時が経つにつれて徐々に川の水位か上昇していき今のような状態になった。ここ以外に橋がかけられないので、通行人も馬車もこの橋を渡らざるを得ないのである。


 エリンの乗る馬車も、しばらく走ったのちこの橋のかかる川に差し掛かった。この日はこの川の流れている辺りでは少し風が強く吹いていた。朝から何人か川に転落しており、近くに駐留する騎士団が忙しなく橋と駐屯場を行き来していた。


 この橋は常に水に浸かっているために全体で腐食が進んでおり、橋が傾いている。それでも通常であれば少し速度を落として慎重に進めば特に何もなく渡れることが多いのだが、ときどき風にあおられたり足を滑らせたりして橋から落ちてしまう馬車や通行人もいた。荷馬車であれば、この橋を渡るときは大抵最上段に積んでいる荷物が落ちるので、そこには空箱やあまり重要ではない荷物を積んでいたりする。しかし、この日のように風が強く吹いていると転落事故や落としものが増えることがあるのだ。


 エリンの乗る馬車が通過する少し前にもその橋を通りかかった馬車が川に落ちていた。その事故で馬が一頭脚の骨を折っていたらしい。そんなことがあったからか、警戒を続けている騎士が橋の入口に立っていた。馬車が橋を渡り始めるとき、騎士が御者に話しかけている声がエリンの耳にも届いた。


 その声が途切れた後、エリンの乗った馬車がゆっくりと動き出した。ガタガタと音を立てながら橋を渡っていく。


 ふと、一陣の風が吹いた。川上から吹いてきた風はエリンの乗る馬車をほんの少し、川下側に押した。


 そのせいで、エリンの乗る馬車は前に進みつつ少し横に滑った。


 斜め方向に動いた馬車の軌道は戻ることはなく、そのまま動き続けた。そして、馬車がもうすぐ橋を渡りきろうかというところになり、片側の車輪二つが橋の上板から外れて宙に浮いた。


 大きな音と水しぶきを上げて馬車は川の中に落ち、斜めに傾いた状態で動かなくなった。そしてそれに引っ張られた馬のうち一頭が川に引きずり込まれて転落した。転落した馬は水が嫌いなのか怪我をしたのか、川の中で立ち上がろうともがいて暴れていた。


 御者は馬車の御者席にかろうじてしがみつき、川への転落は免れていた。そして落ちた馬車の中にいたエリンはというと――。


「いたたたたた……。え、どういうこと……?」


 打ち身はしたものの、幸いにして骨折などの大きな怪我にはならなかった。どうやら、川下側の席に座っていたことで落下の衝撃が少なく済んだようである。あるいはエリンの身体が常人よりもかなり強靭だったのか。どちらであるにせよ、エリンは特に何もなく無事だった。




 馬車の転落を目撃した騎士たちは慌てて川に入り、馬車の周りに駆け寄った。いち早く馬車が落ちた位置にやって来た騎士は現場の状況を確認した後、近くにある屯所に応援を要請しに走っていった。


 残った二人の騎士が、まずはもうほとんど馬車から落ちかけている御者を急いで抱えて保護する。ひとりがその御者を岸に連れていく間にもう一人は馬車の扉を開け、中に乗客がいないか確認した。そこに、斜めに傾いた馬車の座席に座っている状態で静かにしていたエリンを見つけた。


「大丈夫ですかッ?!お怪我はありませんかッ?!」


 騎士が必死さを全開にして呼びかける。


「大丈夫です。ちょっと背中を打ったくらいで」

「わかりましたッ!助けますからちょっと待っててくださいッ!」


 騎士はエリンの言葉を遮って叫ぶ。そして馬車の扉をくぐって中に入ると、未だ座ったままでいるエリンの背中とひざ裏に腕をまわして軽々と彼女を持ち上げた。何事も無かったかのようにいとも簡単にエリンを持ち上げる様子は堂々としていて、先ほどまでの余裕のなさそうな話し方とはまるっきり違っており、まるで別人のようであった。がっしりとした腕に抱えられたエリンは大人しく馬車の中から運び出されていった。


 エリンはそのまま対岸まで運ばれた。そこでゆっくりと降ろされ、馬車が落ちたときの状況について二、三の質問された。しかし、エリンはずっと外の景色を見つめて馬車に揺られていただけであり、状況などよくわかっていない。結局、騎士たちが欲する答えを提示することはできなかった。


 エリンはすぐに開放された。その後、御者から事故を起こして申し訳ないと謝罪を受けた。そのうえで、もう今日は馬車は動かせないからここから自力で歩いて目的地まで向かうか、もしくは近くの村の宿に泊まるかしてほしいと言われた。


 それを聞いたエリンは歩いて街まで戻ることにした。御者は運賃の返却と宿泊費の負担をエリンに申し出たのだが、エリンはそれを丁重に断った。ここまで運んでもらっているのだから、運賃はしっかり支払うべきだというのがエリンの考えであった。また、今いる地点からは馬車を使わず歩いてもそこまで遠くはないだろうと踏んでいたので、別段近くの村に泊まる理由もなかった。


 御者に礼を言われつつ、エリンは目的地に向かって歩き出した。屯所に向かった騎士と応援の騎士たちが現場へ走っていくのとすれ違いつつ、林の中の道を進んでいく。


 林の中には、まだまだ低い位置にいる太陽の光が木々の隙間から差し込んでいた。通行人や馬車などは通らずエリンがただ一人静かに歩いていると、時折林に棲む野生動物たちの鳴き声がこだまし、エリンの前に姿を現したりもした。鹿や野ウサギ、小鳥のほか、熊らしき影もあった。


 そのような中を歩いていくと程なくして村が見えてきた。馬車のルート上にあるこの村は目的地である街の二つ手前の村である。ここでエリンは遅い朝食をとった。


 少しばかり休憩をとり、再びエリンは街へ向かって歩き始めた。


 ただ、ここからが長かった。エリンが朝食を食べた村から次の町まではかなり離れており、歩いて一刻半ほどかかる。もちろん歩けないことはないが、途中には文字通り民家も騎士団の駐屯所も何もない。疲れたときに休む場所や危険な目にあった際に逃げる場所がないのである。故に、御者は手前の村で宿泊することを勧めたのだった。しかしエリンは馬車で一回通っただけなのでそのことはもちろん知らない。エリンは次の町へとつながる林道へと踏み出していったのだった。




 この林道の途中に、一か所分かれ道がある。一方はエリンがいた村と次の町をつなぐ道、もう一方はとある廃墟につながるとされている道である。廃墟には幽霊が棲みついているとか良からぬ組織が拠点にしているとか、いろいろと悪い噂がたっている。だから、基本的にこの道を通る人は廃墟につながる方には足を踏み入れないし、この道の先からやってくる人影も全くと言っていいほど無いのである。


 ここまで数十分歩いてきたエリンはそんな分かれ道に差し掛かろうといた。昼下がりの林を眺めながら進んでいると、ふと足音のようなものが聞こえてきた気がした。


 後ろを振り返ってみるが、そこには誰もいない。強いて言えば小鳥が近くの木にとまっていたが、小鳥が足音を立てることはないだろう。


 気のせいかと思い前を向いたエリンだったが、未だに足音のような音は聞こえつづけていた。目を閉じ音に集中すると、エリンの右手の方、例の廃墟へ向かう道の方から音がしているのを感じ取った。


 その間にもどんどん音は大きくなっている。エリンが音のする方に顔を向けると、視界の下側に白い丸みを帯びたものが見えた。


「えっ」

「わっ!」


 子供のような甲高い声がした直後、エリンの体はなにかにぶつかったような衝撃を受け、そのまま後ろに倒れ込んだ。


「っうう……」

「いったぁ……」


 尻もちをついたエリンが顔を上げると、そこには一人の少女がエリンと同じように尻もちをつき、額を抑えてうめき声を上げていた。


「大丈夫?怪我してない?」

「あ…はい……。大丈夫です……。すみません……」


 エリンは立ち上がってその小柄な少女の前に立ち、


「立てる?」


 と手を差し伸べた。少女は「あ、ありがとう、ございます……」と言いつつエリンの手を握った。エリンが腕に少し力を込めて少女の体を引っ張り上げる。


「えっ」


 エリンは声が出るほどに驚いた。少女の体は小柄であったとはいえ、それでは説明がつかない程に軽かったのだ。あまりにも軽かったため、思わず力を込めすぎてしまったエリンは後ろに倒れかけた。


 気になる点は他にもあった。


 その少女は腰まである長い白髪を持っていたが、それが長く手入れされていないことが一目見ただけでわかるほどに傷んでいる。


 また、少女はワンピースを着ていた。そのワンピースはおそらく元は白かったのであろうが、煤けて灰色に色が変わってしまっている。裾が何箇所もほつれているが、それが直された様子がない。


 ワンピースからのぞく肌には明らかに誰かにつけられたものだとわかるあざや傷、かさぶたがいくつも付いている。


 少女は靴を履いていなかった。それも一時的ではなくかなりの期間履いてないことが、少女がころんだときに一瞬見えた足の裏の傷からわかった。


 目の前の少女がどのような生活をしてきたのか疑問に感じたエリンが少女の顔に目をやったその時。


「いたぞ!捕まえろ!抵抗するなら殺しても構わん!!逃がすことだけは絶対にするんじゃないぞ!!」


 少女がやってきた方の道の先から野太い叫び声がした。そちらに顔を向ければ各々武器を手に握った数人の男たちが走ってきている。


「ひっ」


 少女は小さく叫ぶと、エリンが先程来た方向に全力で走っていった。




 エリンは、もと来た方向へと走っている。


「なんでうちまで追われてるの!?」


 先程の男たちに追われているエリンは、白髪の少女と並んで走っていた。


「待て!逃げるな!!」


 先程の分かれ道のところからもう数分は走っている。エリンはまだまだ走れるが白髪の少女はもうとっくに限界を超えているようで、アゴが上がり頬は紅潮し息がうまく吸えなくなってきていた。走る速度も徐々に落ち、追手たちとの距離はみるみるうちに詰まってきている。


(このままじゃ捕まる……!)


 森の中に入って追手を撒くという手もない訳では無いが、その場合おそらくエリンたちも森の中で迷子になってしまい、出てこれなくなってしまう。かといってこのまま逃げていても追いつかれて二人一緒に捕まってしまうだけだろう。


(まあ大方のことは想像がついたし、やるしかないかな、これは……)


 エリンは意を決した顔で少女の方を見た。


「ねえ、君。ちょっといい?」

「は、はい……なん、でしょう……」

「ちょっとさ、私より後ろにある木の裏に隠れてて」

「は、はい……わかり、まし、た……」


 エリンは走るスピードを緩め、白髪の少女が少し先の木に手をついて立ち止まったことを確認すると、剣を抜きつつ後ろを振り返った。


 後ろから走ってきた男たちも、エリンから少し距離を開けて立ち止まる。人数は五人。持っている武器はロングソードやダガーなどバラバラである。


「急に立ち止まってどうした?あの娘を引き渡す気にでもなったか?」


 少し警戒しながら先頭にいた男がエリンに問いかける。


「いえ。貴方がたにはあの子に指一本触れさせませんよ」


 エリンは少し殺気を出して答える。その殺気を感じとったのか男たちは少し怯んだが、負けじと武器を構えて対抗した。


「なんだ姉ちゃんよぉ、俺たちとやろうってのかい?ただじゃすまねぇぞ?」


 更に、凄みをきかせて他の一人が話しかける。


「なあ、取引しようぜ?」


 エリンはそれを聞いて眉をひそめた。こういう場合の「取引」というものは大抵ろくでもない内容なのだが、あまり無下にして後ろにいる少女に危害を加えられてはたまらない。一応エリンは話を聞く姿勢だけは見せることにした。


「……取引?」


 話しかけた男が大仰に頷く。


「そう、取引だ。あんたの後ろにいるその娘は大事な『商品』なんだよなぁ。こっちに渡してくれりゃあ、あんたのことは見逃してやる。俺たちとは会わなかったことにして帰してやるからよ、どうだ?その娘をこっちに返しちゃあくれねぇもんかねぇ」


 (あぁ、やっぱり)


 エリンは思い切り顔を顰めた。予想通りのろくでもない提案内容だったからである。要するに、自分たちは人身売買をしており、あの白髪の少女をどこかに売って稼ぎたいから返せということだ。しかしエリンがそのような提案を受け入れるはずがない。


「もちろんお断りします」


 そう言い放ったエリンは軽く剣を振る。すると、金属音が響いたのち、地面にダガーが落ちた。男たちのうちのひとりがエリンに向かって持っていたダガーを投げつけたのである。


「チッ」


 誰かの舌打ちが鳴る。エリンの首目掛けて投げたダガーが弾かれたことに苛立ちを隠しきれなかったのだろう。


「……これで私が貴方がたに剣を振るっても正当防衛と言えますかね」


 エリンはぽつりと呟いたあと、地面を蹴った。




 男たちには、エリンの動きが全く見えなかった。エリンが早すぎて、一瞬、彼らにはエリンがあたかも消えたかのように見えたのだ。


 姿を見失った驚きと焦りは隙となった。エリンはその隙を逃さなかった。


 体勢を低くして地面を蹴ったエリンはそのまま先頭にいた男の懐に入り込んだ。


 懐に入られてからようやくその男はエリンの姿を目視することが出来た。急いで持っていた短剣を逆手に持ち替えてエリンの背中に振り下ろそうとするが、もちろん間に合うわけがない。


 エリンは鋒を自らの方に向けて、男のみぞおちにポンメルを真っ直ぐに突き立てる。


 みぞおちに思い切りボンメルが食い込んだ男は白目を剥いて気を失った。手の力が抜け、持っていた短剣が音もなく地に落ちる。そして押された衝撃のままに後ろに倒れた。


 倒れてくる男を見た仲間たちは更なる驚きで動きが止まった。


 そこにエリンが攻撃を畳み掛けていく。


 二列目にいた男たちは先頭の男が後ろに倒れてきてから初めてエリンの姿を捉えることが出来た。しかし、時は既に遅い。


 エリンは横一文字に剣で薙ぎ払う。


 二列目の二人は同時に一瞬で斬られた。ぱっくり開いた腹から血飛沫や液体を飛ばしつつ地面に崩れ落ちる。


 崩れ落ちる男の陰からダガーがエリンの頭目掛けて飛んできた。


 エリンは頭を少し右に傾けてそれを躱した。


 直後、残る二人のうち一人がエリンの方に一歩踏み出した。低い姿勢で素早くエリンの懐に入り、素手でエリンを倒そうと試みる。


 しかし、エリンの動きの早さはその男を凌駕していた。


 身体を九十度回転させて男の攻撃を避けると、男の無防備な右半身に思い切り蹴りを入れる。


 蹴られて男がよろめき、胴体ががら空きになる。そこにエリンは大きく斜めに剣を振り下ろす。


 エリンの剣により男の右腕が切り落とされた。地面に落ち、振動しつつ跳ね上がる。もう一度地面に落ち、今度は静止した。同時に斜めに開かれた胴体から多量の血液が溢れ出した。男は気を失いうつ伏せに倒れる。


 最後の一人となった男はロングソードを構え、エリンに向かって上から振り下ろす。


 エリンは剣を横向きに構えて男の一振りを受ける。剣と剣がぶつかり合い火花が散る。


 男が続けざまに二度、素早く剣を振るう。エリンは二回とも軽く弾き返す。


 今度はエリンが畳み掛けていく。縦に、横に、斜めに、人間業とは思えない速さで剣を振るい続ける。


 男はなんとかエリンの速さについていこうとするが、全く追いつかず防戦一方になる。その中でなんとか斬り込む隙を見つけ、エリンに剣を振る。


 しかしエリンの剣はまた男の剣を弾き、何度目かの金属音が林に響く。


 次の瞬間、男の持っていたロングソードが真ん中あたりで真っ二つに折れた。


「なっ……?!」


 男は折れた剣に呆気にとられ、目線がエリンから逸れる。


 エリンの目の前ではその隙は文字通り命取りになる。


 エリンは無防備になった男に向けて剣を振る。


 袈裟斬り。


 男は口から血を吐き胴の傷からも血を流し、身体を仰け反らせて倒れた。


 最後、すべてが終わったのち、その場に立っていたのはエリンただ一人であった。


 エリンは息を吐き、静かに剣をおさめた。




「あ、あの……」

「どうしたの?あ、もしかして怪我しちゃった!?大丈夫!?」

「い、いえ、そういうわけでは、その、なくて……」


 エリンが首を傾げる。


「そ、その……助けていただいて、ありがとう、ございました……」


 白髪の少女は緊張しているのかおどおどとした様子で敬礼をした。


 その様子を見たエリンは見る人を安心させる笑みを顔に浮かべた。


「そんなに畏まらなくて大丈夫だよ。うちが勝手に首を突っ込んだだけなんだし。気にしないで」


 少女はエリンの言葉と表情で緊張がほぐれたようで、ほんの少しだけ顔から怯えの色が薄くなった。


「は、はい、ありがとう、ございます……」

「歩けそう?大丈夫なら家まで送ろうか?」


 エリンにとっては何気ない言葉だったが、少女はエリンのこの言葉を聞いた途端に表情が抜け落ち、すぐに暗い色を帯びた。


「………………私に家は、ないんです」

「……え?」


 エリンは自分の耳を疑った。思ってもみなかった言葉に思わず聞き返してしまった。


「家がないって……どういうこと?」

「……」


 問われた少女は沈黙し俯いた。まるで眠ってしまったかのように動かない。


 エリンは黙って待った。少女が何かしら答えるのを、そばに立ってしばらく待ち続けた。


 どれくらい時間が経ったか、ようやく少女は顔を上げた。そこには、悲哀と決意が半分ずつ混ざっている少女の顔があった。


 読んでいただきありがとうございます!この作品では誤字・脱字報告、感想、レビュー等を募集しております。何かしら書いていただけると作者としてはかなり励みになります。せひせひお願い致します。

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