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序章   この世界の成り立ちについて

この度は、この小説を見つけてくださりありがとうございます。貴方様にこの小説の世界で楽しんでいただけますように――。

 何故だかは誰にも分からない。いつからなのかも知る者はいない。だが、そこは、その世界は、そこに存在する者たちが気づいた頃には既に(あか)く染まっていた。鉄が錆びたような色の地面が延々と水平線のそのさらに向こう側まで続き、ただそこに存在しているだけで身を蝕んでくる灼熱の空気と溶岩で覆われた、まさに地獄と形容するに相違ない領域であった。そこに生まれ出づる生物たちは一瞬でも長く生き延びるため、少しでも安全だと思われる場所を奪い合い、互いの命を貪り合って喰い喰われ、その結果として地の果てまでもが絳血で覆い尽くされていた。


 強き者が弱き者を喰らう。それが唯一絶対の掟であるこの赭獄の世界に、ある時一匹のドラゴンが誕生した。このドラゴンは後に赭獄の世界を、そしてそこに住まうすべての生物を救い、新たなる世界を始めた偉大なる竜として歴史に名を刻まれる。そして《始祖(ドライグ・)神竜(オピーオーン)》と呼ばれることになるのであるが、後の世の人々が抱いていたイメージとは違い、このドラゴンはとても臆病であった。


 ここで一つ、ドラゴンとはいかなるものなのか確認しておこう。ドラゴンとは生物最大の体躯を誇り、すべてを飲み込むような口からは高魔力のブレスを吐き、天を覆い隠すような翼を悠々とはためかせて蒼空を駆ける、神を除けば正真正銘最強の存在であり、食物連鎖の頂点に君臨する世界の覇王である。ドラゴンを倒せるのなど、同じドラゴンか神くらいであろう。故に、世界の覇者たるドラゴンは《竜王》と呼称されることもあった。


 「地を灼き尽くし天高く舞う」と言われるドラゴンたちの中でも《始祖神竜》は特に飛び抜けた強大な力を持っていた。特筆すべきはその体躯の大きさと魔力量の多さであろう。体長は平均的なドラゴンの八倍は優に超えていたという。《始祖神竜》が大空を舞うその姿は、地上から見上げる者にとってはまさしく天を覆い隠すような様相であっただろう。魔力量については、あくまでも伝説上の話ではあるが、十二天将全員の魔力量を合わせてもなおまだ足りないほど多いと言われている。そのように言われるのも、《始祖神竜》が成し遂げた偉業を聞けば納得が行くのではないだろうか。


 この「偉業」というものは、《始祖神竜》が臆病であったが故に、また慈悲・博愛の心を持っていたがゆえになされたことである。


 では、《始祖神竜》は一体何に対して臆病であったのか。それは「死」である。それも、自らの死ではなく、仲間であるドラゴンたちや、その他の様々な生物たちの死、更にはこの世界の死に対して《始祖神竜》は強い恐怖を抱いていた。それ故に、《始祖神竜》は自らの手で生き物を殺すことが苦手であった。自分で食物を確保することができず、何日も食事を取れないこともしばしばあった。いざ生物を殺して食べようとしても、食べられず胃の中の物を戻すことも日常茶飯事であった。


 その点、《始祖神竜》は生物の中でもかなり異様であったと言えよう。ドラゴンをはじめとする他の生物たちは寝ても覚めても他の生物を狩り続けているものがほとんどだった。喰われる側の生物たちはとにかく逃げ回り、強者たちのようにずっと同じ場所にとどまって生き続けることすら叶わなかった。


 しかし、《始祖神竜》は力に任せてむやみに他の生物を殺めることはできず、また、それを良しともしなかった。《始祖神竜》は最低限自分が生きるために必要な食事を取るための殺生しか行わなかった。


 そんな《始祖神竜》は、長い年月を生き続けていく中で、この赭獄の世界をどうにかしてすべての生物が安心して暮らせるような世界にできないものか、と考えるようになった。自らには大いなる身体と力があるのにもかかわらずそれを全く活かせておらず、他の生物たちはいつまでも苦しみの輪廻の中から抜け出せずにいる。そんな状況から生じた悩みであった。


 しかし、文字通りに「世界を変える」とは、軽々しく口にすることができるほど簡単なことではない。かの十二天将でさえ成し遂げられないような御業をどのようにすれば実現できるのか。いや、そもそも実現が可能なことであるのか。前例がないのだから誰にもわからなかった。


 《始祖神竜》は考えた。考えながらも、《始祖神竜》は多くの弱き者たちを助け、少しでも安全な場所へと連れて行くなどしてその生命を永らえさせた。そして、ドラゴンに、《始祖神竜》に許された悠久の時の殆どとその膨大な魔力を代償として捧げ、《始祖神竜》はある行動に出ることを思いついた。


 それは、この赭獄の大地の遥か上空、蒼き天穹に浮遊島を新たに生み出し、そこにすべての生物を転移させるというものであった。


 しかし、当然そのような大魔術など現実で行われた事例はこれまで一度もない。代償があまりにも大きすぎるがために実現することなど並の生物たちには絶対不可能であり、歴代の全十二天将すらも、一人も一度も行使したことのない《時の魔術(テンプス・マギア)》。これは自らの持ちうる時間と魔力を全て捧げ、自分が望むことをどのようなことであっても実現するという、正真正銘本物の万能魔法である。当然、その代償は膨大である。捧げる魔力や時間の最低制限量は並の生物では到底持ち合わせていないような量であり、さらに、魔法を発動しようとした者の時間と魔力そのどちらかが不足していれば、魔法が発動出来ない上にその両方を根こそぎ奪い取られるという。つまりは、魔法を発動しようとした者は成功したとしても失敗したとしても必ず死を迎える。


 その危険性を恐れ、神ですらもこの魔法は行使しなかった。もし行使できたとして、自分が望むことを現実にしてもすぐに死を迎えるのである。要するに結局、一番望んでいたはずの自分自身は望んでいたことが出来ないまま消えるという訳だ。そのような魔法、行使したいという者の方が稀有だろう。


 しかし、《始祖神竜》には自らの命を懸けることに対してなんの疑問も恐怖も未練もなかった。そして何千万年という寿命と十二天将の総魔力量を軽く凌駕していく量の莫大な魔力は、もはや禁忌とも言えるその魔術の行使を可能にした。


 そしてついに、魔術は行使された。《始祖神竜》が《時の魔術》を発動すると、赭獄の大地と蒼き天穹に赤紫の光の筋が現れ、徐々に延びていき、何かを形成し始めた。ゆっくりと真円を描いていき、真円が完成したあとは主の御星たる太陽や陰の御星たる月などを表す図が描かれ、続いて文字のようなものが刻まれ始めた。数十分の後、光の筋は赭獄の大地と蒼き天穹の両方を覆い隠すほどの巨大な魔法陣となった。そして次々と大小さまざまな浮遊島が錬成されていった。大きいものは大陸ほどもあるようなものから、小さいものはネズミ一匹が乗れるかどうかと言うような大きさのものまであった。みるみるうちに浮遊島は増えていき、最終的にその数は幾億にもなった。すべての島の錬成が終わると、今度は地上にいる生物たちの転移が始まった。続々とランダムに天穹の浮遊島に送られていき、数分後には赭獄の大地から生物は一匹たりともいなくなった。


 こうして、《始祖神竜》の手によって生物は赭獄の世界ではなく、穏やかな世界で天寿を全うすることが可能になった。だが、この大魔術と引き換えに《始祖神竜》はその命を落とした。


 しかし、《始祖神竜》が自らが持つ全てを費やして成したこの偉業は、ドラゴンや人間を始めとする言葉を扱う生物たちの間で未来永劫語り継がれることとなった。赭く染まった地獄とは別の新たなる世界を創造し、その礎となって散った神として。

この小説は誤字・脱字報告や感想・レビューを随時受け付けております。どんな些細なことでも構いませんので、書いていただけると作者の励みになります。よろしくお願いします。

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