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編在する世界より  作者: 静電気妖怪
はじまりの、おわりの村
8/12

見在する世界より6

「——はぁっ、はぁっ」


 本堂から出たキヨシは全速力で走ってた。カムイの話を動かすエネルギーに変えているかのように。

 最初は山頂付近を走ろうかと考えていたが、興奮に押されより辛い村の外周を走ろうと意気込んだ。


「ふぅ、ふぅ⋯⋯あれ?」


 そして、村の周りを半分ほど走ったところで見慣れた一組の男女に出会った。


「おや?キヨシくんではありませんか」


 向こうも気づいたらしく、女の子の方がキヨシに声をかけた。


 艶のある黒髪は絹のように後ろで折り畳まれており、小さく可愛らしい顔立ちはまるで小動物のようだ。

 隣にいる男性と比較すると大人と子供くらいの差があり、その小さな体は紅白の巫女服に包まれている。そして、その姿はキヨシが物心ついた時から全く変化していない。


「こんばんは、ミコさん!」


 そのため、外見だけなら同年代に見えるが、きちんと年上の相手として認識している。

 ミコもキヨシのことは我が子のように思っており、キヨシの頑張りを瞳を閉じながら「キヨシくんは偉いですね」と褒めた。


「ミコさんとシンラさんは、どこかに行くの?」


 ミコと一緒にいる男性、シンラ。

 ミコとは対照的にボサボサの黒髪を後ろで一つに括っていおり、三白眼の目つきは鋭く無愛想だ。

 渋めの着物を着崩して着ており、肩には一枚の羽織をかけている。そして、腰には鍔の無い一本の刀を携えており、普段からミコの護衛をしている。


「少し不思議な感じがしましてね。今から神社の方に様子を見てこようと思っていますよ」

「神社?さっきまで僕やティアばあちゃんもいたけど特になにもなかったよ?」


 キヨシの発言にミコは瞳を閉じたまま、両腕を組んで「うーん」と唸った。可愛らしい仕草はいつまでも見ていられそうだが、次の瞬間には「ま、いっか」と考えるのをやめてしまった。


「ティアさまがいらっしゃるなら、急がなくてもいいですね。キヨシくんも一緒に行きますか?」

「うーん⋯⋯」

「よかったら、昔話の一つくらいはお話ししますよ?」

「う、うーん⋯⋯」


 神社に戻るのはいいのだが、トレーニング中のちょっとの休憩が全部休憩になってしまうのはキヨシとしても避けたいところだった。

 しかし、滅多に聞けないミコさんの昔話はキヨシとしても気になるところであった。そこでキヨシが出した結論は——、


「じゃあ、途中までいきます」


 ミコの昔話が終わったらトレーニングに戻る、であった。

 純粋で真面目なキヨシらしい選択だった。ミコもその可愛らしい顔を破顔させキヨシの同行を喜んだ。


「ミコさんって昔は『和の国』にいたんだよね?」

「ええ、そうですよ。私がまだその国に住んでいた時に起きた事をお話ししよと思ってますよ」

「僕は『和の国』をよく知らないけど⋯⋯英雄とか勇者様とかいたの?」

「もちろんですよ!今からお話する昔話にも英雄様が出てきますよ」

「そ、そうなの?!」


 ミコの口から『英雄様』という単語が出るとキヨシの興味は最骨頂に達した。

 普段の可愛らしい少年の目をしているが、いっそうキラキラと純粋な眼差しが送られる。


「そうですよ。⋯⋯ゴホン、それではご清聴ください。あれはこの世界がまだ火と鉄を好んだ時代でした——」


 それを切り口に、ミコは得意げに語り始めた。

 懐かしむように、思い出しながらキヨシのためだけに語り始めた。


 ◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾


 むか〜し、むかし、あるところに一人の『男性』と一人の『女の子』がいました。

 二人は世界中を歩き、悪い噂や悪行を聞きつけては駆けつける世直しをしていました。


 そんな二人の耳にある噂が入りました。『和の国には辻斬りがいる』『辻斬りの正体は御上の遣いで、御上に逆らう者を斬っている』という噂でした。


 和の国では、隣国の言いなりになっていることに不満を感じる人たちがいました。しかし、その不満を口にすれば辻斬りに襲われてしまう、と言われ不満を口にすることはできませんでした。


 しかし、一部ではどうすれば辻斬りをやめさせることができるのか、どうすれば御上の考えを直すことができるのか、どうすれば御上から国を取り戻すことができるのか。

 そう言った考えが次第に生まれていきました。


 そんなころに、『男性』と『女の子』は和の国に来ました。

 辻斬りについて聞いて回るも、国民は口を揃えて答えません。もし答えてしまったら次に狙われるのは自分かもしれないと思っていたからです。


 しかし、二人は諦めずついに辻斬りから国民を守ったのです。

 これをきっかけに、二人の元に多くの国民が集まるようになりました。そして、辻斬りがどこにいるのか、辻斬りの特徴はどんなものか、辻斬りに狙われている、などと国民は訴えました。


 縋る国民たちに『男性』は言いました。


「俺が全てを守ってみせる。だから安心しろ」


 この言葉で国民は安堵しました。


 そして、ある日の晩に『男性』は辻斬りと相対しました。

 辻斬りは獰猛な獣のように『男性』に襲いかかりました。しかし、『男性』も負けることなく切り返します。遠目から見ても激しい剣戟の音は常軌を逸しているほどでした。


 そして、数合の末に辻斬りは斬り伏せられ、逃げ出しました。『男性』の勝利です。


 ◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾


「——そして『男性』は辻斬りを追いかけて⋯⋯」

「⋯⋯お嬢」


 楽しそうに話しているミコを遮るようにシンラが小声で口を挟んだ。ミコは手を口に当て、キヨシに聞こえないように小声でシンラに応える。


「どうかしましたか?結構いいところだと思うのですが」

「これ以上はその⋯⋯辻斬りも可哀想だし、やめてあげねぇか?」


 シンラはとても歯切れ悪そうに提案した。

 シンラの悲しそうともとれる表情に、ミコは「うーん」と指を顎に当て考えると、理解したのか手を叩いてシンラに向き直った。


「ブシのなさけ、というやつですね!」

「⋯⋯そうだ。武士の情け、と言うやつだ。辻斬りも一人の武士。これ以上は恥を晒すだけだから⋯⋯な?」

「でも、このまま話を終わらせてはキヨシくんは寝覚が悪くないですか?」


 キヨシを見ると、続きは?続きは?、と待ち遠しそうな目でミコを見ていた。

 純粋なキヨシを見て、変に中断することに罪悪感を感じたミコ。同じように思ったのか、シンラは提案した。


「なら、途中を省いて最後だけ話して終わりにすればいいだろ?」

「そんなに私の話力を信じられますか?」

「⋯⋯最悪、俺がまとめるわ」

「わかりました。ではお願いしますね!」


 ガックリと肩を落としながら諦めたシンラ。一方、何かあってもシンラがなんとかしてくれる、と吹っ切れたミコは上機嫌に語り直す。


 ◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾


 ——いろいろあり、『男性』は見事に辻斬りを倒しました。


 そして、『男性』は辻斬りを追って、ついに御上の元へ辿り着きました。

 御上は『男性』の知恵と力により自身を戒めていた呪縛から解放されると、和の国に平和が訪れました。


 ◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾


「——というわけです。どうでしたかキヨシくん?」

「『男性』?は英雄みたいに国民を辻斬りから守ったんだよね?ミコおばあちゃんの話に出てくる人もすごいね!」

「はい⋯⋯たぶん、そんな感じだったと思います⋯⋯いえ、きっと!そう言ったに違いありません!」


 眉間に皺を寄せるミコ。絞り出したようにキヨシの英雄像を肯定するが、いささか自信がないように見える。

 しかし、やっぱり自信がないのかシンラに向き直り「どうでしたか?」と感想を求めた。シンラは一度逡巡してから——、


「⋯⋯思った以上に簡潔にまとめて驚いた」


 ミコの話力に感心したことを素直に応えた。

 しかし、ミコの「どうでしたか?」はそれ(話力)に向けられたものではなかった。察しが悪いなぁ、と思いながらミコは改めて聞き直した。


「『あの人』は和の国の人々を守ってくれたのですか?」


 これを聞いたシンラは心底微妙な表情になった。

 そして、ミコ、キヨシの順に見渡しながら悩んだ。悩みに悩んで出した結論は——、



「⋯⋯まぁ、一応は国民のために戦っていたな。うん」



 なんとも微妙な回答だった。

 ミコは半分呆れていたが、キヨシは喜んでいた。シンラは悩みに悩んだ結果、キヨシの理想像を壊さないことを選ぶのだった。

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