見在する世界より5
むかしむかし、あの世とこの世をつなぐ国がありました。
どんな生き物もこの国を通り、あの世へ旅立つ。そして、あの世に旅立った人たちはこの国に住んでいる人たちをいつまでも見守れると言われている国でした。
しかし、あの世とこの世の境にあるこの国を狙っている魔物たちがいました。魔物たちはこの国を手に入れ、あの世にいこうとするのです。もし、魔物たちがあの世にいってしまったらあの世は穢されてしまいます。
不安に思う国民たちに【慈愛神】ウルティアーネは一人の男にこの国を守らせました。どんな凶悪な魔物であろうと勇気を持って立ち向かう男。彼を国民は勇者と呼びました。
こうして、勇者の活躍によりあの世とこの世をつなぐ国は魔物に怯えることがなくなろうとしていました。
しかし、この国を手に入れようとする魔物はとても狡猾でした。勇者に力では敵わないとみるや、国民になりすまし、勇者の優しい心につけ入りました。
いく度となく騙された勇者はいつしか優しい心を失い、魔物たちの呪いによってその強大な力を封印されてしまいました。
そして、勇者の力が封印されるのを待っていたかのように、この国に魔物達がいっせいに攻め入りました。勇者のいなくなったこの国には魔物に立ち向かえる人はいません。
この国は滅び、あの世は穢されてしまう。
国民の誰もが悲しみに暮れていたとき、一人の英雄が立ち上がりました。英雄は自らを勇者の子孫だと名乗りました。
英雄の登場に国民は歓喜しました。
国民の願いと希望を背に英雄は魔物の大群と対峙しました。溢れ出る魔物の大群は英雄は一歩も引かず、一晩中の戦いの末に魔物たちは敗れ、散り散りに逃げていきました。
そして、戦いの終わりに英雄は剣を掲げこう宣言したそうです。
「わたしがいる限り、この国に魔物の住う場所はない」と。
こうして、あの世とこの世をつなぐ国に平和が訪れ、封印されていた勇者も解放され、英雄と勇者の二人で永遠に守り続けられているそうです。
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「——とまあ、こんな感じだったかのお」
話終わったカムイは喉を潤すため新しい湯呑みを手に取った。
そして、聞いていたキヨシの方は興奮冷めやまぬ様子で目を輝かせている。
「英雄はすごい戦力差があったのに勝っちゃったんだね!」
「そうらしいの。話してくれたやつ曰く、そやつは勇者の器を持ってるくらいに強かったらしいぞ」
「すっげーっ!」
キヨシの反応に気を良くしたカムイだったが、その背後でセム兄ちゃんがニヤニヤと口元を歪ませていた。
「えらく美化されてますね〜」
「聞いた話じゃからな。儂は知らん。じゃが、キヨシに話すならこのくらいがよいじゃろう」
「それもそうですね〜」
カムイは飲み終わった湯呑みをセム兄ちゃんに押し付けた。
押し付けられたセム兄ちゃんは「しょうがないですね〜」と軽薄な笑みを浮かべていた。
「カムイじいちゃん!僕も頑張れば話の中の英雄みたいになれるかな?」
「ああ、なれるさ。頑張るんじゃぞ」
「うん!」
カムイの孫を愛する祖父のような表情は優しかった。
そして、カムイの話に感化されたのかキヨシは立ち上がり——、
「じゃあ、僕これから走り込んでくるね!英雄になるために!」
そう言い残し、本堂を出ていった。
「⋯⋯はぁ。あれだけ止めたのに結局こうなるのかしら」
「ふん!ババアにはわからんじゃろうな。男児の憧れと言うものをな」
「⋯⋯そうですね。理解できればもっと変わったかも知れませんね」
「⋯⋯ふん」
張り合ってこないティアばあちゃんに気まずさを感じたのかカムイはセム兄ちゃんから新しい湯呑みをもらうと紛らわすように少しずつ飲みはじめた。
「それにしても、キヨシ君があんなに感化されるとは思いませんでしたよ」
「儂の話じゃ。当然じゃろう」
「そうですね。でも心配ですね。あんなに急いでは——」
そう言ってセム兄ちゃんは外へ出る支度をすると——、
「——階段から落ちてしまう、なんてドラマみたいな事故が起きてしまうかもしれませんね」
キヨシが開け放った障子を閉め、本堂から出ていった。
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「⋯⋯不吉なことを言いよるわい」
セム兄ちゃんが出ていった本堂の中でカムイが不満を垂らす。
ティアばあちゃんも同意を示すように頷く。両手に包まれている湯飲みが僅かに軋んだのは気のせいではない。
「⋯⋯そういえば、あなたと『あの人』の出会いを話さなかったんですね」
「⋯⋯別にいいじゃろう。『軍神』と呼ばれ持て囃されておきながら、たった数人に負けた若造の話なんぞ。キヨシには聞かせられんわ」
ティアばあちゃんは気分を変えようと話題を提供したつもりだったが、カムイは余計に気分を悪くしてしまったようだ。
そして、カムイはムスッとした顔をしながら立ち上がる。この場にいる意味を無くしてしまったようだ。
「⋯⋯どこへ行くのです?」
「どこへ行こうが儂の勝手じゃろう」
「また⋯⋯あの場所ですか?」
「⋯⋯」
カムイの返答はない。ただ静かに本堂の奥へと消えていった。
「『クロ坊』⋯⋯ですか」
ある程度、カムイがどこへ行ったかを予想したティアばあちゃんはポツリとつぶやいた。
愛おしさすら感じるように、カムイのもっとも尊敬し、もっとも嫌う者の愛称を。