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編在する世界より  作者: 静電気妖怪
はじまりの、おわりの村
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見在する世界より3

「ばあちゃん早くーっ!」

「はいはい、今行くよ」


 キヨシとティアばあちゃんは今、山を登っていた。


 村を守るように裾野を広げる山は守り神のように崇められ、山道の入り口と山頂には鳥居があり、左から右へ細くなる注連縄が下がっている。

 また、山頂には村を作った神を奉る本堂もあり村の信仰心は高いことが伺える。


「早くしないとカムイじいちゃんが怒っちゃうよ!」

「大丈夫よ。カムイさん、ああ見えて意外と優しいわ」

「⋯⋯どこからその自信は湧いてくるんだろう」


 比較的なだらかな斜面で、階段にも作られているため登りやすい。

 キヨシは一段飛ばしで登り、ティアばあちゃんが追いかける。何度か繰り返しているうちに頂上にある鳥居が目に入った。


「ようやく着いた!ごめんカムイじいちゃ——」

「おっそいわっ!このたわけがっ!」


 キヨシを怒鳴り声で迎えたのは木剣を振り回す一人の老人だった。

 右目には大きな傷があり閉じられ、右腕は二の腕から先がなくなっている。そして、左足は一本の棒が義足となり代わりに体を支えている。


 一見すれば隻眼、隻腕、隻足の重体だが本人からはそんな弱々しい雰囲気は一切ない。むしろ、雷神が如く怒り狂えば一帯を吹き飛ばしかねないほどにエネルギーを感じる。


「ご、ごめんなさーいっ!ひーっ!」


 あまりの形相で怒られたキヨシは言い訳するより先にようやく登ってきたティアばあちゃんの後ろに隠れた。


「コラーっ!女子(おなご)を盾にするとは⋯⋯なんじゃ、ババアか」

「『ばばあ』とは失礼な物言いですね⋯⋯ほほほっ」

「年齢詐称はほどほどにしておけと言っておるのじゃ。この女狐が」

「言ってくれますわね、この狸ジジイがッ」

「あ゛ぁ?」

「はぁん?」


 町で詩人を華麗に振ったティアばあちゃんは何処へやら。

 泣く子も黙りそうな老人達のメンチ切りに勇敢に立ち向かったのはキヨシだった。


「ま、待ってよ二人とも!」

「なんじゃキヨシ。向こうへ行っておれ。このババアは今ここで息の根を止めるんじゃ」

「下がっていなさいキヨシ。不都合は多いですが、前々から気に入らなかったこの狸ジジイを始末できるなら多少は我慢しましょう」

「どどど、どうしよう⋯⋯だ、誰かーっ!」


 一触即発。

 何かの合図があれば今にも斬り合いになりそうな雰囲気でキヨシの叫び声に答えた人物がいた。


「『誰かー』と呼ぶ声がする!答えてあげるが世の情け!世界の平和をなんとやら、な〜んてね。とうっ!」


 神社の本堂から女性物の修道服姿を着た人物がキヨシの横に舞い降りた。


「せ、セム兄ちゃん!」

「安心しなキヨシ君。私が来たからにはもう誰も傷つけやしないよ!」

「セム兄ちゃん、カッケェ!」


 セム兄ちゃんと呼ばれる人物。

 身長はやや高め、中性的な整った顔立ちと短い金髪は女性から絶大な人気を誇っている——と本人は自負している。

 ただし、致命的なのは低めな声のせいで女物の修道服を着てもバレてしまうということ——と本人は自覚している。


「さて、では参りますか。神の御加護よ!私に力をっ!」


 そう言ってセム兄ちゃんは首に下げているロザリオを握り、ティアばあちゃんとカムイに向かって突撃したが——、


「お二方!戦いは何も生みま——」

「うっさいわ!」

「黙りなさい!」

「——ぼぐぁは!」


 まさに一蹴(いっしゅう)

 どこかの時代劇のように吹き飛ばされ、地面を転がりキヨシの元まで戻ってきた。


「せ、セム兄ちゃん?!」

「⋯⋯ふっ。すまなんだな、キヨシ君」

「セム兄ちゃん死んじゃやだよぉ!」


 今にも死んでしまいような雰囲気を出すセム兄ちゃん。まるで映画のワンシーンのようにキヨシヘ向けてサムズアップをしたセム兄ちゃんは——


「——お茶の時間にしようか」


 ——お茶をお盆に乗せ運んでいた。


「⋯⋯え?えっ?!」


 一瞬にして移動したセム兄ちゃん——否、移動したのはセム兄ちゃんだけでなくキヨシを含めた全員だった。

 全員が困惑した中、いち早く状況を理解したのはカムイだった。


「チッ⋯⋯!セム、水を差しおったな!」

「いやいや〜、水なんて差してませんよ?お茶とお菓子を差し入れに来たんですよ?」

「き、貴様ぁ⋯⋯」

「まさかまさか、由緒正しい神社の中で横暴を起こそうだなんて思ってませんよね?」

「神社と言っておきながら修道服を着るのは横暴じゃろう?!」

「え〜、これは趣味ですので」


 カムイをからかうセム兄ちゃんを尻目にティアばあちゃんはお茶菓子に舌を包んでいた。

 先ほどの怒髪天の勢いはなく、カムイがしてやられていることで満足しているようだ。


「まぁでも、実際のところ止めなかったら⋯⋯カムイさん負けてましたよ?」

「⋯⋯やってみんとわからんじゃろう」

「わかりますよ。だって、やって勝てるんだったらカムイさん、寝首でも闇討ちでもするでしょう?」

「⋯⋯チッ」


 キヨシとティアばあちゃんがお菓子を頬張っている横でセム兄ちゃんとカムイは静かに話していた。

 そして、カムイが立ち上がった。


「え、どこいくんですか?」

「⋯⋯帰る」

「えぇ?帰っちゃうの?せっかく私がお菓子を作ったのに」


 セム兄ちゃんの呼び止めも効果はなくカムイは本堂から出ていこうとする。その横でティアばあちゃんはお菓子を頬張りながらシッシ、と手を振っている。


「カムイじいちゃん⋯⋯」


 カムイが出ていくことに悲しい表情をするキヨシ。そんな捨て犬のようになっているキヨシを見たセム兄ちゃんの頭に電流が走る。


「あ〜あ、カムイさん帰っちゃうのか〜。これじゃあ、キヨシ君には負けっぱなしの弱っちい爺さんにしか映らないな〜」

「⋯⋯」

「これならカムイさんの代わりに私がキヨシ君に指導した方がキヨシのためになるのかもな〜」

「⋯⋯こ」

「じゃあキヨシ君、まずはお菓子作りから始めよっか。簡単なクッキーからがいいかな〜」

「こんの、たわけがーっ!」


 とうとうセム兄ちゃんの煽りに耐えられなかったカムイが引き返して本堂の中に入ってきた。


「なぁにが、お菓子作りじゃ!修行の指導に全く関係ないじゃろうが!そんなんだから貴様はいつまで経ってもオンボロ神社で使いおろされるんじゃ!」


「神主だって悪くないよ〜。いざとなったら逃げればいいだけだし。それに、カムイさんになら普通に戦っても負けないと思いますけどぉ?」


「たわけがッ!貴様と普通に戦うわけがないじゃろう!きっちり戦略を考えて戦って勝つに決まっておるじゃろうが!」


 ああ言えばこう言う、を繰り返し続けようやく終わった頃には二人は肩で息をしていた。


「だぁ、貴様との口論は疲れるわい」

「そう思うなら、年寄りらしく気を長く持ってよ」

「一秒を争う戦場ではそんなことは言っとれんぞ!」

「いや、ここ戦場じゃないですし」


 スッキリした様子の二人は仲良く席につくと、冷めてぬるくなったお茶を一口で飲み切った。

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