呪われた少女と呪いたい男
——わた⋯⋯しは⋯⋯
「——ぃ」
——わたし⋯⋯は⋯⋯
「——ぉい⋯⋯」
——わたしは⋯⋯!
「おい!起きろ!」
「——ッッ!?」
雷が耳元で落ちたような轟音に眠っていた少女は目を覚まさせられた。
少女の体躯は大人の半分くらいで肉付きも良かった。土や埃で汚れ、くすんでしまった金髪は腰まで伸び、今はボサついている。開かれた瞳は燃ゆる意思を宿していそうな緋色。目、鼻だちは整っており蝶よ花よと育てられそうなほどに可愛らしい。
「⋯⋯こ、ここ——ヒッ!?」
「黙れ」
寝ぼけ眼の少女を両断するかのような鋭い一言が目の前の男から発せられる。
中性的な顔立ちと艶のある黒髪だけなら好感を持てるのだが、それら全てを台無しにするほどに人より小さい黒い虹彩と鋭く釣り上がった目尻が凶暴さを作り出す。
そして、襟に装飾された幾何学的な模様と黒を基調とした法服はその理然とした影も見せぬほどに着崩され、これが一層に荒々しさを強調させる。
「黙って俺の質問に答えろ」
男はそう言いながら刀を少女の緋色の瞳に向けた。
刀——正確には鞘が鍔にキツく固定されており、その上から布でグルグル巻にされている納刀だが、凶悪な獣が持つなら例えそれが棒切れだろうと命の保証はない。
「は、はい⋯⋯」
少女は震える声を必死に絞り出した。
慎重に、目の前の凶獣の怒りを買わないように、少しでも生き残る可能性を上げるために、ガタガタと震える奥歯を噛み締めて耐えた。
「お前はーーーを知っているか?」
男は何かを探しているようだ。
しかし、発せられた何かを示す言葉は少女には聞き取れなかった——否、その言葉は少女の知らない言葉だった。どこの国の言葉なのかは分からないが、奇妙なことにその部分の発音だけが少女には理解できなかった。
「し、知りません⋯⋯」
理解するまでに返答が数瞬遅れた少女に男は怪訝そうな反応をするが、幾らか納得したのか「そうか」と言い次の質問を投げた。
「【慈愛神】ウルティアーネを知っているか?」
次の質問は全て理解できた。
しかし、少女の今の知識の中には【慈愛神】も神の名前も記されていない。もし、そんな神がいるのならば今後一生をかけて信仰を掲げるから今すぐに愛をもってこの場を収めて欲しいと願うばかりだ。
「し、知りません⋯⋯」
少女の答えに男は驚いたように見えた。しかし、次の瞬間には眉間に皺を寄せ、ただでさえ人を殺せそうな眼力の切れ味が増す。
「⋯⋯お前、何者だ?」
「わ、わかりません⋯⋯」
「お前⋯⋯自分が呪われていることに気づいていないのか?」
「の、ろ⋯⋯い?」
自分の身に起きていることがあまりに理解できず、少女は聞き返してしまった。そして、聞き返してすぐに余計なことだと気づき、慌てて両手で口を塞ぐ。
その様子に男は「もういい」と言い、突き付けている納刀を腰の帯に差し込んだ。
「俺は神——【裁神】ギルディア。お前、自分の名前は分かるか?」
「え、えっと⋯⋯名前⋯⋯名前は——」
まるで生まれたてのような記憶の倉庫。
なにもかもが無くなってしまい、空っぽの中身。必死に、少しでも思い出そうとしたとき、少女の瞼の裏に一人の女性が映った。
「——ハク。多分、私の名前はハクです」
ぼやけて誰かわからない。しかし、どこか懐かしい気持ちを与えてくれるその女性は少女に向かって『ハク』と呼んだ気がした。
「そうか。俺はお前に呪いをかけた奴を——【悪神】を探している。ハク、お前はどうする?」
「どうする⋯⋯とは?」
「俺と一緒に来るか、それともお前自身の道を生きるか。どちらを進んでもいずれは呪いは解かれる」
身に覚えのない呪い。かけられて不自由をされているのか分からないが、顔も名前も知らない輩にかけられた呪いなど身の毛がよだつほどに気分が悪い。
ギルディアの提案は一緒に悪神を探すか、ギルディアが悪神を倒すのを何処かで待つかと言うことだ。この二択、当然少女は——
「——あなたと共に探させてください。私も⋯⋯私もその【悪神】とやらの鼻をへし折りたいです!」
より厳しい茨の道を選んだ。
これが少女——ハクが覚えているギルディアとの出会いであり、誓いの記憶の全てであった。




