伝在する世界より1
自然に囲まれ、点々と小さな家と大きな畑や田園が並ぶ牧歌的な村。そこに雷鳴が轟いたと思わんばかりの衝撃が走る。
「おばあちゃん!おばあちゃーん!」
声変わり前、純粋な時代を生きる子供特有の高い声がその正体だった。
短く切り揃えられた黒髪が風で揺られ、透き通った黒い瞳には涙を浮かべていた男の子——彼の名前は荒神キヨシ。
祖母や周囲の人達には愛称で『キョンちゃん』と呼ばれている。
「おや、キョンちゃんどうしたんだい?」
泣きながら走ってくるキヨシを受け止めたのは一人の女性であった。
キヨシと同じく黒髪黒目の女性。
白いローブで全身を覆っているため分かりにくいが、祖母というほどの年齢を微塵も感じさせないほどに力強さを感じる。
「おばあちゃん聞いてよ!」
「はいはい、どうしたんだい?」
「町に詩人が来てるって言うから聞きに行ったんだ。そしたらとんでもない嘘話をしてたんだ!」
「嘘話かい?」
身振り手振りで自身の怒りの度合いを伝えようとするキヨシ。
そして、キヨシを温かい目で見守りながら話を聞く『おばあちゃん』と呼ばれる女性。よく見る祖母と孫の一幕である。
「おばあちゃんがいつも話してくれる英雄のお話とは全然違うんだ!あんなのはこの世界の英雄を馬鹿にしてるんだ!」
「うーん、ティアばあちゃんには分からないんだけど、その詩人さんはどんな話をしてくれたんだい?」
「いいよ!おばあちゃんも聞いてよ!」
そう言ってキヨシは『ティアばあちゃん』の手を引っ張り牧歌的な村のすぐ近くにある大きな町へと出向いていった。
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村から降りると景色は一変していた。
大小様々な石で緻密に積まれた壁は町をグルリと囲み侵入者を阻んでおり、東西南北に一つづつある大きな門は侵入者以外を歓迎し迎え入れてくれる。そして、門の前には門兵はいない。代わりに、役所の人と警備員のような人がいるぐらいだ。
一昔前の戦乱の時代ではこの大きな壁も、門に立ちはだかる兵士も見られただろうが今の平穏な時代となってはその姿はなく、刻まれた傷だけが物語っている。
「おばあちゃん早く!こっちだよ!」
「はいはい、すぐ行くよ」
キヨシは我先にと門前の役員に身分証を見せ街の中に入っていく。ティアばあちゃんも続くようにして町へ入る。
町の中は村とはかなり様相が違う。
立ち並ぶ家々は綺麗に整列し塗装されている。賑わう商店街では出店も多く活気に満ちた声が端から端まで聞こえてくるようだ。
そして、キヨシが言っていた吟遊詩人は町の中心にある噴水広場のところで今は休憩していた。
「お、さっきの少年じゃないか。また文句を言いに来たのかい?」
「ま、またってなんだよ!まださっきの話は終わってないんだからな!」
「はいはい。この前も同じ話をしたのに懲りないね〜⋯⋯って、そちらの方は君の⋯⋯お母さんかい?」
「おばあちゃんだよ!見て分からないのか!」
お世辞なのか本音なのか分からないが詩人は呆けた後に戯けたように笑った。
「これは失礼!君のおばあちゃんはとても若くて美しいんだね。あんまり美しい者だから君のお母さんだと思ってしまったよ!」
「ふ、ふん!おばあちゃんを褒められるのは悪い気がしないけど、さっきの話は忘れてないぞ!」
「まさか、さっきの話に出てきた本当の話を知っているのって君のおばあちゃんかい?」
「そうだ!」
「あの⋯⋯先ほどからおっしゃってる『さっきの話』と言うのはなんのことでしょうか?」
話の内容についていけないティアばあちゃんは思い切って詩人に話しかけた。
詩人は怒った様子もなく、むしろ好奇心に彩られた少年のような顔つきで説明を始めた。
「実は、私の話すこの国の御伽噺を少年は嘘だと言うのです。そこで、何が嘘なのかい?と言ったら全部と答えたものでして」
「そうですか」
「少年から前に話を聞いた時は埒が開かなかったので、今回は本当の話を知っている人を連れてきてくれないか?と頼んだのですよ」
「それでキヨシは私を連れてきたのですね」
「そう言うことだと思います」
うーん、とティアばあちゃんは手を顔に添えながら唸っている。その仕草はおばあちゃんと言うには若々しいものだ。
「そうですか。では詩人さんのお伽話を聞かせてもらってもいいですか?」
「私のですか?もちろんいいですよ。ぜひ聞いてください!」
そう言って詩人は横に置いてあったハーブを弾きながら一つの御伽噺を語り始めた。