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「君達。何やってるかな?」


 声をかけて来た男は身長は190をゆうに越えそうな巨人。それでいて体つきは細身でカッコの良いモデル体型だ。リードを手に持ちその先にはトイプードルが立っていた。

 一見爽やか青年にも見えるのだがサングラスを掛け表情は読み取れない。外見からは悪い人間には見えないが、なんとなく悪意のような物を感じる。


「こんにちは。お兄さんもトイプードルなんですね。私はお姉さんと犬のことについて楽しくお話していただけですよ」


 翔子はそのモテそうな男に目を輝かせることなく、淡々と問いに答えていた。


「そう。それ俺の連れで今から直ぐに移動するんだ。解放してくれると助かる」


 男は作り笑顔をしながら翔子の行動を抑止する。その姿に翔子が態度を変えることはなかった。

 僕は横目でお姉さんの姿を見る。男に対し怯えているのがわかる。大男に対抗出来ないけど、彼女らを守れる男は僕一人。勇気を持って大男に立ちはだかる。


「少しだけ僕らにお姉さんと一緒に犬の話をさせて下さい」


「却下だ。行くぞ」


 男は僕の話を聞くこともなく、横をすり抜けお姉さんに近づき彼女の腕を強引に掴む。


「キャッ」


「痛てえ。このくそ犬」


 お姉さんの悲鳴と共に大男の怒り声が聞こえる。お姉さんに抱かれていたトイプードルのミヨちゃんが男に噛りつく。同時に男に地面へと投げつけられていた。


「何をするんですか!」


 翔子が叫びミヨちゃんの側へ近寄る。僕も翔子と同じ動きをした。


「悪い。悪い。つい力が入ってしまった。でも悪いのはソイツもだろ。なぜ飼い主の彼氏に噛みつくかな」


「......ごめんなさい」


 男は手をひらひら揺らし笑いながら話す。愛犬が地面に叩きつけられたはずなのにお姉さんの方が平謝りする。見ていて気分が悪い。


「どう?」


 僕は翔子にミヨちゃん状態を聞く。意識はなかったが怪我をしているわけではないようだ。


「大丈夫。脳震盪だと思う。でも少し様子見る必要があるかも」


 ミヨちゃんの様態にほっとする。たが安心もつかの間、男がこちらにを睨み話出す。


「君達も悪いね。俺ら急いでるから。時間かけさせないでよ」


「この子。今は無理に動かさない方が良いですよ。自然に目を覚まして様子を見て、念のために病院に見てもらったほうが」


「うるさいな。こっちは急いでいるって言っているだろ。よこせ」


 男は声をあらげ怒りながら翔子とミヨちゃんに近付く。僕は男の前に立ちはだかった。


「待って下さい。彼女は獣医の卵です。診察に間違いはないと思います。動かさないで下さい」


「邪魔」


「グッ」


 僕は悶絶してその場で腹を押さえる。男よりみぞおちパンチを食らっていた。男はへらへらしてながら僕の耳元で囁く。


「彼女かわいいね。初物?貰らうから」


「お.......」


 僕は動くことも言葉を発することも出来なかった。男は僕を押し退け翔子とミヨちゃんの側へ向かう。『翔子逃げて』と願うしか出来なかった。


 翔子とミヨちゃんに男が近付く。黒い物体が男目掛けて飛んで来て進路を遮る。一瞬男はたじろいだ。周りを見るとに複数の黒い物体が飛んで来た。公園のカラスだ。空は黒く染まる。


「カアカア」


 鳴き声と共にカラス達は一斉に男に襲いかかった。


「痛って。痛って。痛って。止めろこのくそカラス」


 男は空から襲いかかるカラスに対し必死に防戦する。自分の持っていた犬のリードを手放し公園内に落ちていた倒木を手にする。手にした棒でカラスを振り払おうとする。カラスは男の振り回す棒を回避しながら攻撃を仕掛けた。男は敵わないと思ったのか、棒を振りながらその場から逃げ出す。カラスはこれを追いたてた。


 僕は男の様子を見て翔子の方は問題ないと判断した。お姉さんはこの状況をぼーっと眺めている。腹は痛いが立ち上がりチャンスとばかりにお姉さんに近付き話かける。


「さっきも言いましたが翔子の言えば動物病院で彼女自身も診察を手伝っているので彼女に任せればミヨちゃんは問題ありません」


「ええ」


「お姉さんは何故その犬のリードを持っているんですか?」


「......」


「実は僕らユンヌって言う迷い犬探してまして何か知りませんか」


「......ごめんなさい。うぁぁぁ」


 お姉さんはその場で泣き崩れてしまった。話を聞きたくても聞ける状況じゃない。でも慰めるのも何か違う気がした。


「まず、ミヨちゃんの何処まで行きませんか?お姉さんに側にいて欲しいはずです」


「ミヨちゃん!」


 泣いていたお姉さんがいきなり声を上げる。同時に立ち上がりミヨちゃんに駆け寄って行った。僕もゆっくりと彼女の背を追う。


 その先では翔子がミヨちゃんの様子を見ていた。男より解き放なれていた犬がミヨちゃんのことをペロペロと舐めていた。


「ミヨちゃん!」


 飼い主の声が聞こえたのか、お姉さんが近付付いたらミヨちゃんが目を覚ます。お姉さんはミヨちゃんを抱こうと動く。


「待って下さい。目を覚ましたばかりです。少し様子をみましょう」


「どれくらい?」


「5分から10分。最低でも5分は見たいです」


「わかったわ。ミヨちゃん安静にね」


 ミヨちゃんはまだ少しぼっーとしていた。隣で男の犬がミヨちゃんの毛繕いをする。


「ミヨちゃんのはお姉さんのことを大好きで心配している見たいですよ。何であんな乱暴な人と付き合っているんですか?」


「初めての人だし、今はアレだけど優しい時もあるのよ」


 犬の様子を観ながら翔子とお姉さんが会話を始めた。


「あの、あの人、飼い犬を盗んで転売してますよね?」


「何もかもお見通しなのね」


「ええ、まあ。証拠は無いですが、同考えてもそのミニチュアダックスは不釣り合いですから」


 翔子はチラッとお姉さんの隣にいるミニチュアダックスを見る。


「そうね。この子は飼い主の所へ返して、あとは警察へ出向こうかしら。警察まで付き添いお願い出来るかな?あとこの子達のお世話も頼みたいのだけど」


「はい。力になります。そろそろミヨちゃんを抱いても良いですよ」


「ミヨちゃん!」


 お姉さんはミヨちゃんを抱きしめ、謝罪を繰り返した。


 この後、お姉さんは警察へ自首。売られていたユンヌ君も無事に保護され元の飼い主へ返されたようだ。余罪も3件ほどありそれらの犬達は飼い主の所へ戻って行った。


 お姉さんの自白により男もその日の内に緊急逮捕された。

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