幹夫と美香
日曜日の午前中、迷い犬のポスターを外して歩く。午後は三上さんの家へお礼とお詫びの品を届ける予定だ。
僕はお礼とお詫びの品を持って三上家の前に立つ。そもそも三上さんがではなくお父さんお母さんが対応してくれる可能性もある。あの三上さんが週末に家で過ごす訳がない。そう言い聞かせ深呼吸してから玄関のチャイムを鳴らす。
「はい。え?松下君?どうしたの?」
インターホン越しに声が聞こえてくる。この反応は残念ながらクラスメイトの三上さんだ。彼女も僕の来訪に戸惑っている。僕は彼女が僕のことを知っていることに驚く。えーい。勢いだ。このまま言ってしまえ。
「この度はウチのワンコが迷惑をかけ大変すいませんでした」
「ちょ、ちょっと待ってね。今玄関開けるから」
ガチャリと玄関が開く。三上さんを直視出来ない。でも逃げちゃダメだ。やらないと。
「ワンコを見つけてくれてありがとうございます。そしてミナミちゃんに迷惑をかけてすいませんでした」
三上さんの顔を見ることもなくすぐ頭を下げる。下げた頭をそのままの状態で手土産を差し出す。
「あの犬、松下君のウチの犬だったんだ」
「はい。そうです。すいませんでした」
「そんなの良いのに」
ひたすら謝り通す作戦だ。僕の手の上は軽くなる。三上さんは手土産を受け取ってくれた。
「本当、申し訳ありませんでした」
「もう、そんなに畏まらなくても。折角だし上がっていって。お茶ぐらいだすよ」
「いえ、ここで結構です」
三上さんは軽く僕に声を掛けてくれる。でもここは名誉ある撤退をしたい。
「上がりなさい」
「は、はい。失礼します」
うっ。声のトーンが低い。三上さんは怒っているようだ。仕方がなく一声かけ顔を上げる。
「うぉ!」
僕はすぐに顔を下げる。三上さん薄着過ぎだ。どうすんのこれ!アレが見えそうなタンクトップ。短パンを履きすらりとした足が強調される。三上さんの家服なのだろうけど僕には刺激が強すぎる。ヤバい膨らみそう。
「なーに。緊張しちゃって。クラスメイトでしょ。それとも食べられちゃうと思ったかな?」
緊張するわ!そんな薄着の女の子と二人きりなんて経験がない。何かあったりする?彼女の笑顔が魔性の笑顔に見える。さらには今回、ワンコの件もある。何を要求されるかわかったもんじゃない。最低限自分の中の尊厳だけは守り抜こう。
「お邪魔します」
頭をさげ三上さんに案内されるままリビングはいる。ガラス戸越しに犬小屋が見える。どうやら外で犬を飼っているらしい。
「飲み物はオレンジジュースでいいかな?」
「はい」
僕は話をスムーズにするため怠返事をする。三上さんの家はリビングとキッチンが対面式になっていた。彼女は冷蔵庫からジュースを取り出しコップへと注ぐ。僕は三上さんの様子を見ていたが慌てて窓へ視線を移す。だって見えそうになったんだもん。彼女ブラつけてないよーーー
「お待ちどう様。折角だから貰ったクッキー開けさせてもらったよ。ん?ミナミが気になる?」
「まあ、ワンコがとんでもない過ちをしたようなんで」
今気になるのは三上さんの格好。それに目を背けるため犬小屋の方を見ていた。三上さんはそんな僕の気持ちを余所にリビングのドアをあける。
「ミナミちゃんおいで」
三上さんに呼ばれると一匹の犬がリビングへ駆け込んで来た。三上さんはしゃがみミナミちゃんの頭を撫でる。そしてこちらに振り向き僕に話かけて来た。
「ミナミちゃんかわいいでしょう。松下君の犬は血統証明出来る?」
「ワンコの血統証明?」
突然の問いについ聞き返してしまった。
「そっ。見たところミナミちゃんと同じようだけど正式な証明があるのかな?」
「ばあちゃんがペットショップで買ってきたからあるはずだよ」
「そう、じゃあ問題ないね。赤ちゃんいっぱい生まれたら里親探し頼むよ」
その言葉を聞きぞわっとする。ワンコはやはりとんでもないことをしでかしている。これは大概の要求は飲まなければなるまい。尊厳だけは許して。
「本当にすいませんでした。里親探しは頑張らせていただきます」
僕はその場に土下座する。するとミナミちゃんか僕に近づくいて来てくる。僕は顔をあげミナミちゃんを撫でようと手を出した瞬間。カブリ。
「痛ってーーー」
「ミ、ミナミちゃんダメだよ。松下君大丈夫?いま手当てするね」
三上さんは慌てて僕とミナミちゃんを引き離す。
「グゥルルル」
唸られても。どうやら、ミナミちやんは僕のことを気に入らないらしい。三上さんに宥められて一度は落ち着くのだが、僕が三上さんの側に行くと唸なりだす。その結果ミナミちゃんは再び庭へ幽閉。僕はやっと歯形の治療を受ける。
「ごめんね。うーん。普段はおとなしいだげど、ミナミちゃんが噛みつくのは二人目だよ」
「二人目?」
ついつい聞いてしまう。
「もう1人は、ま、白石君」
「え!白石ってクラスメイトの白石?」
「そうだよ」
白石のヤロー。『女っ毛がない』とか言ってた癖に、イケイケの三上さんと知り合いじゃないか。あ。でもそうか。僕と同類だから噛まれたのか?陰キャラク達は可哀想だね。
「はい。おしまい。ホントごめんね」
治療が終り三上さんは僕の手を離す。ずーと握られていたのね。
「いや。これ位なら平気だよ。そろそろ僕はおいとましたいとおもうんだけど」
「そう、じゃ明日学校で」
三上さんは上機嫌で僕を帰してくれた。これは学校でイジラレそうだな。