御神木
野口さんは公園でペンダントを探さず別の場所へ移動した。移動した先には美容室があった。僕は美容室の中には入らず、彼女達を外で待つことになった。
野口さんが言う主とは誰なんだろう?たまに公園等で餌付けをしている人がいる。そういう人がここにいるのだろうか?毎日餌付けしていれば周囲の変化にも気づくと推理したのかな?
窓越しに店内の様子を伺う。カットをしていたのは僕の母と変わらぬぐらいの年齢の人だった。野口さんとなにやら会話を交わしているようだ。その時間は数十秒。挨拶適度の時間だ。本当にただの挨拶だったりして。公園を管理する人だったりする?
この感じだと野口さんは直ぐ出てくるだろうと思った。しかし今度は巨体猫を抱っこし毛繕いを始めた。まこと君も負けじと巨猫を撫でる。猫は気持ち良さそうにあくびをしていた。
まだ時間がかかりそうだったので、しゃがんでワンコと戯れる。
「なあ、ワンコ。これはペンダント探せないさそうだな。どうする?」
「ワン!」
だから。どうしてお前は自信ありそうなんだ?
ワンコと遊びになかがら時間を潰しているとやっと二人が美容室から戻って来た。僕は立ち上がり、直ぐに話の内容を聞く。
「どうだった?」
野口さんは首を横に振る。まこと君はやや下向き加減。ここに何らかの情報があると思って来たんだろう。野口さんと美容師さんの様子から情報をもらえているようには見えなかった。空振りだ。
「何も情報がなかったので最終手段を使います。ワンコ君、協力してね」
野口さんはしゃがみ、ワンコ君の頭を撫でる。
「野口さん。ワンコに何をさせるの?」
まこと君と会った時のワンコの話しはどう考えてと無理だからね。ウチのワンコはお馬鹿で暴れん坊だ。お世辞にも優秀とは言えない。
「まこと君の匂いからお母さんのペンダントを探します」
「いや、ワンコ、警察犬じゃないし」
「大丈夫です。まこと君、良いかな」
「はい。お願いします」
僕の意見はまるで無視をされことが進んで行った。まこと君がワンコの前に立つ。野口さんがワンコをまこと君に近づけて匂いを嗅がせる。まこと君と彼のお母さんの匂いは違うとおもうのだが。少しはまこと君の中にお母さんの匂いもあるのかな?
野口さんにワンコのリードをわたす。彼女はノリノリだ。大丈夫か?
「さあ、名犬ワンコ!行きますよ!」
「ワン!」
僕の目の前で信じられない事態が起きた。ワンコは地面に鼻を擦り付け匂いを追う。順調に公園へ向かう。まさに警察犬を見ているようだった。
「嘘だろ?あれはウチの犬?偽物か」
ついつい呟いてしまう。
公園まで来るとワンコが立ち止まる。これは公園の中じゃなく別の場所に移動したのか?ワンコの立ち止まりに推理を巡らす。
立ち止まったワンコに対し、心配したように野口さんが声をかける。
「どうしたの?」
「クゥン?」
ここまでは名犬に見えたが、冷静に考えれば来た道を戻っただけだ。野口さんに誘導されここまで進んだのだろうと想像がついた。名犬ワンコもここまでかな。
僕が野口さんに声を掛けようとするとワンコが突然走り出した。野口さんは対応が遅れワンコに引きずられて行った。ヤバい!
「まこと君。行こう!」
「はい」
まこと君に声をかけ慌てて野口さんを追う。流石アホ犬。パワー、スピード半端ない。男の僕でも油断すると持って行かれる。まして体の華奢な野口さんだ。彼女が転ばなければ良いなと心配する。
走って追うと野口さんは一本の木の下で立ち止まっていた。どうやら無事に走りきったようだ。少し安心する。まこと君が遅れていたので、僕は野口さんを追うのを止め、まこと君に足並みを揃えゆっくり歩いた。
「まこと君。大丈夫?」
「ハァ。ハァ。ハァ。大丈夫です」
まこと君は大丈夫と答えるが息を切らし苦痛の表情をみせる。
「あそこだからゆっくり歩こう」
彼はコクリとうなずく。それにしても立派な木だ。存在感がパンパない。
歩きながら野口さんのいる木の下を確認する。まだ距離は有るがワンコが木に前足をかけているのが見えた。野口さんは空を見上げていた。僕も木の上を見る。特に変わった様子はない。青空に緑色の葉が強く輝く。
木の下に立つ野口さんを見ているなんだかドキドキする。野口さんが凄く絵になると言うか。シチュエーションというか。違う。違う。落ち着け僕。今はペンダント探し。まさかこの木の上に有るとか言わないよね?
「おっきい木だね」
今の気持ちを誤魔化すようにまこと君に話を振る。
「公園のシンボルで神様の住む木だから」
「神様の住む木?」
まこと君が僕の疑問に対し木の説明をしてくれた。この木に願いごとをすると願いが叶う伝説があるらしい。お金持ちになったり、恋人同士になったり。この街の御神木と言うことだった。
まこと君と話ながら進み、野口さんの待つ木の下に到着した。野口さんはまだ木の上を眺めている。
「困ったわ」
「何が困ったの?」
野口さんは体をビクつかせ僕の方を振り向く。どうやら驚かせてしまったらしい。でも何に困ったのかな?
ワンコの方は木に前足をかけたり、周囲をくるくる回ったりを繰り返していた。
「松下君は木登り得意ですか?」
野口さんの突然の問いかけに今度は僕が驚く。なんで木登り?
「得意ではないけど、それなりになら上れるかな」
「良かった。どうやら匂いが上からするみたいです。木の上のあ!ガラスの巣」
野口さんは木に向かい指差す。その方向にはカラスの巣らしき物が見えた。この流れはまさか。登らないとダメ?まだ決定ではない。彼女に詳細を確認する。
「カラスの巣とペンダント何か関係あるの?」
「はい。ワンコ君に匂いを辿ってもらいました。ワンコ君の足を木にかける動作はおそらく、木の上からも匂いを感じているのだと思います。カラスが光り物を集める習性は有名ですから」
「おそらくペンダントは巣の中に有るっと」
「はい」
これは覚悟を決めるしかないか。本当に有るかわからないけど、野口さんにカッコいい所を見せよう。僕は屈伸をし、さらにアキレス腱を伸ばし登る準備をする。
「行ってくるよユキちゃんお願い」
「ヴギャー」
思わぬ抵抗が入る。ユキちゃんが離れようとしなかった。
「ユキちゃん。流石に木の上は危ないから離れて」
「ヴニャ?」
野口さんがユキちゃんに対し強めに声をかける。ユキちゃんは僕から離れまこと君の胸に飛び込む。
「あれれ?ユキちゃん私じゃないんだ」
野口さんは地味にショックを受けていた。
「ウニャウニャ」
ユキちゃんは野口さんに言い訳を伝えるように鳴いて見せた。
僕は木登りに着手する。一手目の取っ掛かりがなかなか見えなかったが、その一手を捉えるとあとはスムーズに登ることが出来た。あとは枝にあるカラスの巣に行けるかだ。
僕は慎重に枝を這う。枝が折れなけれ良いなあ。下では野口さんとまこと君が心配そうに見上げている。
「おーい」
何となく手を振ってみせる。その時、一瞬だけバランスを崩した。
「危ない!バカ。手を振らなくていいから」
野口さんに怒られてしまった。確かにバカだ。野口さんは怒り、まこと君は目を覆いこちらを見ようとしない。今度は慎重に前に進む。
木の枝は思ったより頑丈で僕が体重を問題なく支えてくれた。無事にカラスの巣にたどり着く。
巣の中を覗くと多数の光り物が入っていた。ワンコ。ビンゴ!マジか。ただここにまこと君のお母さんのペンダントが有るかはわからない。全ての光り物を回収して降りることにした。




