虎次郎
野口さんとファーストコンタクトに成功し、楽しく会話をしていると老婆が受付に駆け込んで来た。
「桜さんどうしたんですか?」
ほっこりモードだった野口さんは仕事モードへ切り替わっていた。
「翔ちゃん。助けて。寅次郎が行方不明なの!」
「桜さん落ちついて。寅次郎は家猫ですよね。おうちの中では?」
「それがね。ちょっと、お外にお散歩に行ったらもう手がつけれなくなって走っていなくなってしまったの」
二人の会話が聞こえ来る。寅次郎という猫が行方不明らしい。その猫。ウチのワンコと似た雰囲気を感じる。
野口さんはスマホを取り出し何かを確認している。
「わかりました。まだそう遠くには行っていないバスです。一緒に探しましょう。案内してください」
「ありがとう。翔ちゃん」
桜さんは野口さんに頭を下げる。僕も何か手伝いをしたかった。
「僕も手伝うよ」
「1人で大丈夫です。申し訳ありませんが会計は後日でお願いします」
野口さんにハッキリ断らてしまう。それだと僕の気持ちはおさまらない。
「ペットがいなくなった人の気持ちがわかるからさ。手伝わせてよ」
「ワウン」
僕に合わせるようにワンコも返事をした。彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「そうですか。ではお願いします。ワンコ君は怪我をしていますから無理しないで下さいね」
「了解」
僕の言葉を聞くと野口さんは診察室の方へ移動し、一分も立たないウチに受付に戻って来た。
「何かしたの?」
野口さんの行動が気になり聞いてみる。
「お父さんへ連絡しました。午後も診察あるから急がないと。桜さん案内お願いします」
「忙しいのに、ごめんね」
桜さんは野口さんに頭を下げる。それに対し彼女は左右に首を振る。
「桜さん。気にしないで。さあ、行きましょう」
僕らは桜さんに案内され大きな公園へやって来た。人々がのんびりとそれぞれの余暇を過ごしていた。
「桜さん寅次郎の写真ありますか?」
僕は寅次郎を探すにも寅次郎のことを知らない。知らなければ当然探せないのだ。
「あるわよ」
桜さんは僕にスマホに入る寅次郎を見せてくれた。寅次郎は名前の通りキジトラの猫だった。その写真を自分のスマホに転送してもらい捜索を開始する。
一方の野口さんは何処ぞの白い猫を抱っこしていた。
「野口さんその猫は違うよ」
「そう。ありがとね」
野口さんは抱っこしていた猫を優しくおろした。
「野口さん。探す猫はキジトラのこの猫だよ」
僕は野口さんにキジトラの写真を見せる。
「わかったわ。じゃあ、私あっちの方当たってみるわ」
「じゃあ僕は反対側」
野口さんと同じ方向では効率が悪そうだから反対側を探すことにする。
「私は」
「桜さんはこの周辺をお願いします」
「わかったわ」
野口さんは迷っている桜さんにここで待つようにお願いしていた。手慣れている。
「松下君スマホ」
「何?」
「お互いに連絡取りながら探しましょう」
「そうだね」
僕と野口さんは互いの連絡先を交換した。僕は何気に彼女の連絡先をゲットして喜んだ。同級生の女子の連絡先なんて初めて貰った。
よーし。行くぞ。気合いをいれ寅次郎を探す。
「寅次郎。寅次郎。寅次郎」
僕は必死に公園内を探した。ベンチの下を覗きのみや垣根の中に首を突っ込む。残念ながら成果はゼロであった。
十分程度探すとスマホがなる。着信相手を確認すると相手は野口さんだった。直ぐに電話を取る。
「どうしたの?」
「寅次郎を見つけたよ。今から桜さんのところに戻るから、探すのやめて戻って来て下さい」
「良かった。わかった。直ぐに戻るよ」
野口さんからの連絡は寅次郎を見つけた連絡だった。見つけるの早すぎるよ。
「翔ちゃんありがと。ありがと」
合流地点に戻ると桜さんが野口さんの手を取り喜んでいる場面だった。
「いえ。寅次郎が見つかって良かったです」
彼女は当然のことをしたように感情をあまり表にださない。もっと照れ喜べば良いのに。
「良かったねぇ。寅次郎」
桜さんが寅次郎を撫でる。寅次郎は気持ちよさそうだ。
「あの、桜さん。言い難いんですが寅次郎を去勢しませんか?」
僕は野口さんの言葉に嘘を衝かれる。彼女、今何て言った?動物病院では当たり前の進言何だろうけど、女子高生から去勢とか聞こえて来ると怖い。思わず自分の股間に手が行く。
「うーん。その方が良のよね」
桜さんも普通に会話を進める。
「はい。今日みたいなことは無くなると思います」
「わかったわ。今度先生に相談するわね」
「宜しくお願いします」
男として寅次郎に同情する話が出ていた。当の本猫は猫かごで騒いでいる。まるで『やめろ!』って騒いでいるようだ。
「お疲れ。寅次郎見つかったて?」
野口さんと桜さんの会話を聞こえないふりをして二人と合流する。
「あ、松下君お疲れ様。ワンコ君もお疲れ様」
野口さんはしゃがみ、ワンコに対しおいでおいてをする。ワンコは何故か僕の後ろに隠れてしまった。
「アレ?ワンコ君に嫌われちゃった。話を聞いていたのね。でもワンコ君も一緒だよ。でも犬の方が猫よりひどくないかな」
野口さんは何かを知っているようにワンコに話かける。そのあとに僕の顔を見る。
「取りあえずワンコは去勢しません」
ワンコ。魔の手から守ってやったぞ喜べ。
「そうですか。でもワンコ君は行方不明の間、いろんな相手と頑張ったみたいですよ」
「え?」
それってワンコ。お前三日間で。後ろに隠れるワンコの姿を見る。今はプルプル震えている。
「うふふ。状態てす」
野口さんは楽しそうに笑う。僕には全然冗談に聞こえなかった。数ヵ月後。ワンコの子供達大量発生?
「うふふ。二人は仲が良いのね」
「「そんなことはありません」」
桜さんが妙な発言をしたため、僕と野口さんはハモリながら同時に否定する。
「あら。あら。息も揃って仲良しね」
仲良しを否定したかったが偶然言葉が重なり、僕は内心慌てる。野口さんの顔は赤い。それでも必死に言葉を繰り出す。
「私と松下君はそんな関係じゃありません」
「そうだな。ただのクラスメイトだな」
野口さんに便乗させて貰う。桜さんはニヤニヤしながら僕らのことを見ている。
「今回の御礼をしたいから二人ともウチの店に今からこない?お昼をご馳走するわ」
桜さんの店に招待されてしまった。店って何屋なんだ?チラッと野口の出方を伺う。
「ごめんなさい。父さんがお昼待っているんで」
野口さんはやんわり断りを入れる。僕は何もしていない。当然辞退させてもらう。
「すいません。僕もワンコを連れて帰りたいので」
「二人とも残念ね。じゃあ。今度、あらためて御礼に伺いますね」
桜さんは頭をさげ帰って行った。桜さんの持つガゴの中から必死に抵抗する寅次郎の叫びが聞こえて来る。なーむ。
「僕もあらためて、野口さんのところに御礼来るよ」
「私の方はいいですよ。ワンコ君の場合、動物病院はつなぎ役でしたから。それより、見つけて下さった方に挨拶した方が良いかもしれないですね」
「野口さんが見つけたんじゃないの?」
「ええ、保護してくれた人が困ってウチに来たんです」
「そう、明日にでもお菓子を準備して挨拶へ行くよ」
「そうして下さい。発見したのは美香ちゃん。三上美香ちゃんです。朝、犬のミナミちゃんが騒いでいたので気づいたそうです」
「三上美香ってウチのクラスの三上?」
「はいそうです」
三上美香。僕は頭を抱える。彼女は一言で言えばギャル。髪を染め派手な服を着て夜中徘徊する。僕が1話す間に10は帰ってくる、僕と会話が成立しないタイプの人間だ。正直絡みたくない。
「美香ちゃん。優しいですよ。でも今回の件は怒っています」
「え?なんで?」
「ワンコ君がミナミちゃんに・・・・・・ね」
「ミナミちゃんってメス?」
「はい」
野口さんはワンコを睨みながら詳しい話はしてこなかった。僕に状況を考えさせるようだ。ミナミちゃんに?ワンコ?しばしば考え一つの結論にたどり着く。嘘だろーワンコ!なんてことしてくれる。どんどん状況が酷くなっていく僕は肩を落とす。
「そんな、落ちこまないで下さい。誠意を尽くせばきっと許してもらえますよ。では私は午後の診察があるので失礼します」
野口さんはそそくさと家へ帰って行ってしまった。僕の運命はどうなることでしょう。