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翔子と吉

 松下君との会食が終わる。私の言動は変じゃなかっただろうか?動物と話せることをあえて伝え、その後訂正した。こうすれば冗談に聞こえて、その後疑われることはないだろう。


 それにしても凄く緊張した。年頃の男子と二人きりでご飯を食べるなんて初めてだ。


 桜さんは『歯に海苔が付かないようにね。キスする前に歯磨きする?』とか耳打ちして来るし。ワンコ君にいったっては『幹夫は翔子が好きだ。すぐに子作りだ』と犬らしいストレートの発言をする。周囲が私を煽ってくる。私、松下君とエッチなことするのかな?


 隣を歩く松下君は物静かに困ったように微笑む。困った原因はユキちゃん。彼女は『抱っこ』と言い松下君から離れようとしなかった。私の方が......違う。違う。おかしな思考になっている。


 そんな帰路の途中、クルマの下を覗き込む子供が気になり、つい声をかけた。その子供はお母さんのペンダントを失くしたから探しているとのことだった。

 

 お母さんのペンダント。その言葉が私のことを突き動かした。この子の為にペンダントを探すことにした。松下君。わがまま女でゴメンね。


 探すのを手伝う口実としてワンコ君を名犬にしたてた。少年はすぐに信じてくれた。松下君は『ワンコにそんな力はない。嘘はダメ』と心配そうに注意してくれる。大丈夫。使うのは私の力。


 少年の名前はまことと言うらしい。彼に案内され公園に来る。ここの公園の近辺に確か三好さんの家があったはずだ。三好さんは美容院を個人経営している人で我が家の常連さんだ。公園の事情も何かは知ってると思われる。三好さんがダメでも猫の吉君なら何か知っているはずだ。


 私は公園を素通りし、三好さんの家へ向かった。


「三好さん。こんにちは」


「あら、翔子ちゃん。いらしゃい。カット?パーマ?それとも染めちゃう?」


 店内に入ると週末の為、店は混雑していた。カット中にもかからわず、手を止めて私の方へ挨拶に来てくれた。


「違います。そこの公園の砂場でペンダントを失くした子供がいまして。三好さんならその公園を良く知ってそうだったのでお話を聞きに来ました」


「ども」


 少年が三好さんに挨拶をする。


「あら、真琴ちゃん。こんにちは。ゴメンね。おばさんペンダントのことはわからないわ。でも、お客様に聞いておいてあげるわ」


「ありがとう」


 三好さんとまこと君は顔見知りらしい。二人は軽く挨拶を交わす。

 三好さんからはペンダントの情報は残念ながら聞けなかった。でもお客さんに聞いてもらえるよう約束をしてもらった。ここからはも情報が上がってくれば良いのだが。

 私はもう一人の情報提供者を呼んでもらう。


「ありがとうございます。あと吉ちゃんいます?」


「吉?吉。吉。吉」


「ヴニャン?」


 三好が呼び掛けると一匹の巨猫がのっそりゆっくりと店の中に入って来た。


「吉ちゃん久しぶり。ちょっと抱っこ」


「ヴニャ」


 私は開いている席に座らせてもらい吉を膝の上に乗せる。足にずっしりと重さが乗る。まこと君は私の正面にしゃがみ、吉を撫でる。まことに対して吉はあくびて答えた。私は吉との会話を始める。


「吉。こんにちは」


「おう。翔子。久しぶり」


 吉は機嫌良く、再びあくびをする。


「吉に聞きたいことがあるんだけど」


「何でも聞いてくれ」


「この子が公園の砂場でお母さんのペンダントを失くしたらしいの。探してもみつからなかいの。何か知らない?」


 吉はまこと君のことをチラ見してからまたあくびをする。


「知っているぞ」


「知っているの」


「あの公園の木の上に若いカラスが住みついて、光り物を上に持っていってる。トイレしているとたまに絡んで来て迷惑なんだ」


「そう。困ったね」


 猫達がトイレに使うのも困ったことだけど。今はカラスね。若いカラスってことは子育てとは無縁かな。巣に行っても教われる可能性は低い気がする。


 私達は三好さんと吉に挨拶をして店を出た。あとはどうやってカラスの居場所までたどり着くかだけど。


「どうだった?」


 店の前で待っていた松下君に話かけられる。どう話そうかな。カラスの件は私しか知らないことで、まこと君には伝わってない。表面上は情報なしだ。悩んだ結果。私は首を横に振ることにした。


「何も情報がなかったので最終手段を使います。ワンコ君協力してね」


 私はしゃがみ、ワンコ君の頭を撫でる。


「わかった。報酬は骨な。何をすれば良い?」


 なかなか物分かりの良い犬だ。少し鍛えれば盲導犬にでも成れそうだ。


「カラスが犯人らしいの。私がワンコ君を誘導するからその木のしたまで案内するふりをして欲しい」


「了解した」


 ワンコ君との交渉は成立した。


「野口さん。ワンコに何をさせるの?」


 松下君は困惑ぎみに私に聞いてくる。


「まこと君の匂いからお母さんのペンダントを探します」


「いや、ワンコ、警察犬じゃないし」


「大丈夫です。まこと君、良いかな」


「はい。お願いします」


 まこと君が私の側に来る。そのままワンコに匂いを嗅いでもらった。形式的な演技を終え、私は松下君からワンコ君のリードを預かる。


「さあ、名犬ワンコ!行きますよ!」


「おう!任せろ。まずは公園だな」


「その先は誘導するから」


 ワンコ君は地面に鼻を擦り付け、匂いを追うような素振りを見せる。アカデミー賞並みの演技力だ。まこと君は祈るような目でワンコ君を見守る。松下君はワンコ君の行為に驚きを隠せなかった。小声で『嘘だろ?あれはウチの犬?偽物か』と呟くのが聞こえた。


 順調に進み。公園まで来る。ここからは私の出番だ。


「ワンコ君。右」


 念じて指示を出す。ワンコは君は左へ行く。


「そっちじゃない。反対」


 ワンコ君は立ち止まる。私は慌てて彼に駆け寄る。


「どうしたの?」


「右とか反対とかわからん。どの木だ」


 方向がわからなかったらしい。私は地面に矢印を書く。


「あの木」


「了解だ」


 ワンコ君が再起動する。いきなりの加速。油断した。木の下まで引きずられてしまった。松下君もまこと君も一緒に走り出す。


 息を切らせながらカラスがいる木の下までやって来た。カラスの巣は目視出来る位置にあった。目視は出来たがかなり高い位置にだ。呆然と空を見上げる。


「困ったわ」


「何が困ったの?」


 私を追って来た松下君に話かけられる。独り言のつもりが反応が返って来て驚いた。

 ワンコ君は演技を継続中。わざと木の根っこに前足をかける。


「松下君は木登り得意ですか?」


「得意ではないけど、それなりになら上れるかな」


「良かった。どうやら匂いが上からするみたいです。木の上のあ!カラスの巣」


 わざと『カラスの巣』の存在をアピールする。私の役目はここまでかな。

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