ワンコ
宜しくお願いします。
ばあちゃんが犬の散歩中にペットのワンコに逃げられた。
「ワンコ。ワンコ」
ばあちゃんは犬の名前を連呼しながら家の玄関で顔を伏せて泣く。
「ばあちゃん。ワンコは頭が良いから帰って来るよ。帰巣本能ってやつだ」
僕はばあちゃんを慰める。心の中ではあんな自由奔放な奴が見つかるワケないと思っている。
「ワンコはダメよ。甘えん坊で怯えてるに違いないわ」
「いやない」
ばあちゃんの言葉に思わず突っ込みをいれる。アイツが怯えているのが想像出来なかった。どちらかといえぱ怯えさせるほうだ。
「今頃ワンコはお腹空かせているわ。可哀想にワンコ~」
「いやない」
どちらかと言うと他人の家に上がり込み、そこの飼い犬のエサを奪い取りそう。
「幹夫はワンコが心配でないの?」
ばあちゃんが僕の顔をマジマジと見る。
「し、心配しているさ」
主に他の犬を傷つけないかだけど。
「僕はもう少し探して来るよ。今探してダメなら警察と保健所へ連絡な」
僕はばあちゃんにワンコを探すことを告げ外に出る。玄関外にエサ出せば帰って来るかな?
「わかったわ。ばあちゃんも、もう少し探してみる。ワンコ~ワンコ~」
ばあちゃんと僕とで再び探してみたがワンコは見つからなかった。その夜、ばあちゃんは警察と保健所へ連絡した。
ばあちゃんは夕食を食べずに食卓で疲れて伏せっていた。仕方ないので人肌脱ごうと、ばあちゃんに声をかける。
「ばあちゃん。ワンコの写真はあるか?」
ばあちゃんはゆっくり顔をあげる。
「有るけど何に使うんだい?」
「よく街で見かける迷い犬のポスターを作ろうと思って」
疲れてうなだれていたばあちゃんが勢い良く立ち上がる。自分の部屋へ戻り直ぐ食卓へ戻って来た。手には分厚いアルバムが三冊ほど控えていた。
「えーとね。これはワンコが初めてウチに来たときの写真で。ちっちゃくて可愛いでしょ」
元気が出たばあちゃんは止まらない。
「最近のでお願いします」
僕の話を聞いてない可能性が高い。念を押し最新の写真が欲しいと伝える。
「え~人様に見せるのだから可愛いのにしないと。これがね、一歳の時。とってもイタズラッ子だったのよ」
やはり聞いていない。
「最近のでお願いします」
「あら。このドッグランの姿ステキ」
「自分て探します」
僕はしびれを切らし、ばあちゃんからアルバムを取り返す。
「あーっ。幹夫。取らないでよ」
ばあちゃんからワンコの写真を回収し適当に選びパソコンに取り込む。編集を繰り返し迷子探しのポスターを作成した。何部かコピーしたあとワンコが迷子になった周辺に迷い犬のポスターを街中に張り出す。
なるべく早めにワンコを見つけたい。ばあちゃんの為でもあるが、僕としてはワンコが他に迷惑をかけて被害が出ないことを願っての行動だ。
ワンコのポスターを張り出し3日後。僕の携帯電話がなった。見知らぬ番号だったがワンコの件があった為、躊躇しながらも電話に出る。
「もしもし。野口動物病院の者ですが、こちら迷い犬探しの松下さんの携帯でよろしいでしょうか?」
その声は綺麗な大人の女性を想像してまう素敵な声だった。事務のお姉さんかな?それにしても動物病院か。状況は解らないがワンコのことを尋ねる。
「はい。松下です。ワンコ見つかったんですか?」
「はい。こちらで保護しております」
「良かった」
とりあえずワンコ確保。あとは他に被害が出ていませんように。
「それでですね。ワンコ君。右の前足が骨折してまして治療しました」
「骨折!ワンコ大丈夫ですか?」
奴が骨折?車に引かれたか?
「軽微のヒビが入っています。命に別状はありません。治療は済んでいます。そこでワンコ君のお引き渡ししたいのですが、いつにしますか?」
「明日の午前中に伺います」
明日は土曜日。僕の学校は休みだ。動物病院は土曜日も普通に診察をしていると聞いたので、早めに引き取った方が良いと判断しその時間帯にしてもらった。
「わかりました。お待ちしております。では失礼致します」
病院からの電話を切りすぐさま旅行中のばあちゃんに連絡を取る。ばあちゃんは現在旅行中。ワンコが行方不明で旅行なんて行けないと騒いでいたが、ご近所さんの誘いを断ることが出来きなかった。連絡を取ると直ぐ戻ると返事をしてきたが旅行を楽しむように諭した。
土曜の昼前、ワンコを引き取りに動物病院へ向かう。そこは民家とセットになった古い作りの昔ながらの動物病院だった。ドアをあけ病院に入り受付へ向かう。
「すいません。昨日連絡をいただいた松下ですけどワンコを引き取りに来ました」
「松下君!」
「え?」
受付の人は僕の顔を見るなり驚いたようだ。失礼な。僕も相手の顔を確認する。見覚えがある。
「野口さん」
それは僕の学校のクラスメイトの野口さんだった。僕と野口さんは高校2年生。入学してから2年間同じクラスメイトだ。会話したこともなく『あ。いるな』程度の関係だ。
「そ、それでは、お名前が呼ばれるまで待合室でお待ち下さい」
彼女は僕にそう告げると奥に引っ込んでしまった。言われるまま待合室で待つ。待合室には1人だけお婆さんが受診待ちをしていた。受付に目を移すとそこはもぬけの殻だ。
「あなた、翔子ちゃんの彼氏?」
猫を抱いているお婆さんに話かけられた。
「いえ。学校のクラスメイトです」
クラスメイトではあるが彼女と話したことはない。特に気にしたこともなかった。影の薄い人物であった。
「翔子ちゃんね。家の手伝いばかりしていて同年代の子達と過ごしたことないのよ。お願い。翔子ちゃんの友達になって一緒に遊んであげてちょうだい」
「はぁ」
突然の申し入れに気の抜けた返事しか出来なかった。友達ね。
「山本ミャーさん」
「はい」
「診察室へどうぞ」
渋い男の人の声で『山本ミャーさん』と呼ばれお婆さんが返事をする。『ミャーさん』はおそらく猫の名前であろう。山本さんはゆっくりと腰を上げる。
「あ、第一印象は大切だからね。先生に礼儀正しくしないと、翔子ちゃん貰えないよ」
「そういうのではありません」
「若いって良いわね」
山本さんは追加情報を僕へ伝え、ゆっくりと診察室へ入っていった。山本さん。どんな妄想を膨らませているんだか。
ここは野口動物病院。先生は野口さんのお父さんであろうか?クラスメイトのお父さんだ。印象は良い方が良い。何となくソワソワしトイレに行き身だしなみを確認する。
トイレから戻ると山本さんが待合室へ戻っていた。僕の姿に気付き声を再び掛けて来た。
「ちゃんと話しておいたよ。翔子ちゃんの彼氏が来ているって」
「いや、違いますから」
山本さんの言葉に僕は苦笑いをする。彼氏どころか友達でもない。彼氏についてはしっかりと否定する。
「松下ワンコさん」
山本さんの番が終ると直ぐに僕が診察室へ呼ばれる。やっぱり動物の患者さんの名前を使うのね。ちょっぴりだけ緊張し、診察室へ向かう。
「キャッ」
「おっ」
僕にとてつもなく巨体な犬が飛んで来た。僕はその場に押し倒された。
「お前元気だな」
僕はワンコの頭を撫でる。ワンコは僕の顔を舐め始めた。
「こらよせ!」
ワンコは舐めるのを止めない。仕方ない。
「まて!」
「クウン」
強く指示を出す。ワンコは僕から離れ、お座りの姿勢を取った。それを確認してから僕はゆっくり立ち上がる。
「お騒がせしてすいません」
診察室の中には白衣を着た医師と野口さんが立っていた。
「翔子。ちゃんと持ってなきゃダメじゃないか」
野口さんは医師に叱られていた。
「ごめんなさい」
彼女はしゅんとしてしまう。ホントにゴメン。全部ウチのワンコが悪いんです。僕は彼女のフォローをする。
「彼女は悪くないですよ。ウチのワンコが暴れん坊で申し訳ない」
「いえ、ワンコ君は怪我をしています。補助者としては逃がしては行けないのです。それが仕事ですから」
「はい。気を付けます」
フォローしたつもりがさらに追加の注意をされてしまった。ウチのワンコをこんな細い野口さんがが抑えるのは無理だろ。彼女は怒られて落ち込んでいる。仕事なら抑えないとダメなのか。ここは話題を代えてしまおう。
「ワンコが骨折していると聞いたのですが」
「ええ、軽微の骨折をしてますね」
レントゲン写真を取り出し医師は僕に厳しい表情で説明を始めた。チラッと野口さんの姿を確認しようとすると彼女は診察室より消えていた。
一通りの説明が終わるとワンコを連れて帰っても良い許可が出た。
「足は骨折してますから走らないでね」
ワンコは足にサポーターが巻かれており、歩く分には問題の無いようになっていた。
「はい。先生いろいろありがとうございました」
「はい。出来れば来週診察したいけど来れる?」
「はい。大丈夫だと思います」
「では、お大事に」
「失礼します」
僕は先生に頭をさげワンコを連れ退室する。背を向けた時、先生に声をかけられた。
「あ、ウチの翔子って学校ではどうなんだい?山本婆さんが翔子の、か。彼。クラスメイトって言ってたけど」
呼び止められたので振り向く。先生は彼氏と言い掛けて、クラスメイトへ変更した。あの婆さんホントに妙なこと吹き込んだな。
「すいません。クラスメイトですけど、ほぼ今日が初対面みたいなものです」
僕の発言を聞く先生の顔が爽やかになる。さっきまで悩ましい表情をしていた人物とは別人のようだ。
「そ、そう。中の良さそうな友達とかいるのかな?」
野口さんはいつも隅で読者をしているイメージだ。多少の友達と会話しているようだが、深く関わっている親友と呼べる人物はいなそうだ。イジメられているわけではないが人付き合いがあまり得意そうには見えなかった。
「すいません。女子のつながりは僕にはわからないです」
当たり障りのない解答をする。
「そ、そうか。聞いてすまなかった。ありがとう」
「いえ、失礼します」
先生はにこやかに僕を送り出してくれた。
待合室へ行くと誰もいなく受付に野口さんが座っていた。静かに時が刻まれる。
僕は彼女のことが気になりチラチラ受付を眺める。ろくに会話をしたことはなかったのだが、改めて見てみると凄く可愛く見える。
「ごめんなさい。もう少し待って下さいね」
「いや、そうじゃなくて」
「?」
彼女のことを凝視していたことがバレたらしく声をかけられた。会計を催促したように取ってくれたようだ。危ない危ない。そうじゃない。少し。少しだけ話して見るか。
「野口さんのウチが動物病院とは思わなかったよ」
「私は松下君が動物好きなのは知ってましたよ」
「え?」
意外な回答が戻って来て驚く。
「登下校時に必ずノラ猫ちゃんに話かけてましたよ」
「恥ずかしいな」
「大半の猫達は警戒してましたけど」
「ぐぁ」
僕は街を歩くとついつい見かけた犬や猫に話かける。野口さんは猫に話しかける僕を見たことがあるようだ。結構見られている雰囲気だ。
「うふふ」
「あはは」
僕は愛想笑いをして誤魔化す。あれ?何だか少し良い雰囲気だ。学校の時は硬いイメージなんだけど。仲良くなれそう。
楽しく会話をしていると病院のドアが開く。老婆が受付に駆け込んで来た。