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魔法仕掛けのマリオネット  作者: シロイルカ
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心臓は鼓動を打つ

気がつくと、そこは見たこともない部屋だった。


暗がりの中西洋風のインテリアが並び、カーテンから漏れでた光を受けて金や銀が所々でキラキラと光を反射させている。

その光に照らされて、絵画やら銅像やらの美術品が自己の存在感をアピールしていた。


美術館なのかとも思ったが、美術品に負けないくらいの存在感を放ったキングサイズのベッド。それに見合うくらいに大きなクローゼット。もはやベッドと言っても過言じゃない程立派なソファー。

それらがここが生活空間であることを物語っている。



……どこ?

こんな所に来た覚えが全くない。


私はさっきまでいつも通りに仕事を終えて、いつも通りの帰り道を歩いていた筈だ。

それが一瞬目眩に襲われたかと思ったら、次に目を開けたらもうこの部屋だった。


意味がわからない。

理解不能な状況に、叫びだしたい衝動にかられるが、何故か声が全く出ない。

ついでにいうと、身体も動かない。


何かに腰掛けているのは分かるのだが、私の体が機能しているのは感覚部分だけのようで、関節という関節が、決まった角度をキープしたまま微動だにしない。

決して拘束されているわけではない。

ただ、座らされているだけだ。


その状況が、私の恐怖心を掻き立てていく。



どーいうこと?

誘拐?

何か薬でも盛られたの?


心臓が、異様な早さで脈を打つ。

でも、呼吸は全く乱れない。

そもそも私は今息をしているのか?

感覚は機能しているはずなのに、鼻から空気が通り抜けていく感覚が全くない。

しかし不思議と息苦しさも全く感じなかった。




私は一体これからどうなってしまうのだろうか?





恐怖心が頂上まで登りかけたその時、部屋が一気に明るくなった。

誰もいないはずなのに、外の陽を遮っていたカーテンが勝手に開いたのだ。


眩しくて眼を閉じたくなったが、例のごとく、瞳を守るはずの瞼は全く仕事をしてくれなかった。


陽の光によって明白になった部屋。

辺りを見渡したいが、意に反して微動だにしない瞳はただ一点、豪華な装飾が施された大きな扉がゆっくりと開くのを映し出した。



……誰かが入ってくる……。


何も出来ない私は、変わりゆく状況をただ見守るしか出来ない。

唯一動く心臓が脈打つのを感じながら、覚悟を決めて構えるしかなかった。



「お疲れさまでした。次の予定まで時間があります。暫しご休憩されてはどうですか?」


タキシードを着た初老の男性が流れるような動きで扉を開けてお辞儀をする。

どうやら彼以外にもいるようだ。

一呼吸おいて、初老の男性の後に今度は青年が入ってくる。

青年は初老の男性の問い掛けに相づちを打ちながら、スーツを脱いで初老の男性に手渡した。

スーツを受け取った初老の男性は、慣れた手付きでそれをハンガーに掛けて丁寧にシワを伸ばす。

青年は疲れた様子で立派なソファーに腰掛け、外したネクタイを当たり前のように初老の男性に手渡した。


どうやら初老の男性は使用人らしき立場で、青年はその主人なのだろう。

部屋の様子からもお金持ちの家であることは明白。

使用人がいてもなんら不思議はなかった。



彼らは私に気づいていないのか、はたまた敢えて見てみぬ振りをしているのか、特に私に目線を向けることはせずにやり取りを始めた。


「次は魔術省との面会だったな。ジーク、例の準備は終わっているのか?」


「はい。あとは魔術省の方々より承認を頂くのみとなっております。こちらがその書類になります。」


ジークと呼ばれた初老の男性は、分厚く束ねられた書類を青年に手渡す。


「ふむ。問題なさそうだな。悪いが、これを先に先方に送っておいてくれ。俺が行くまでに確認しておくように伝言も添えてな。」


本当に読んだのか疑うほどの早さで書類を確認した青年は、ジークに再び書類を手渡した。


「かしこまりました。では、私はこれで。後でメイドにお茶をもってこさせます。」


青年から書類を受け取ったジークは、綺麗なお辞儀をして音もなく部屋を後にした。



「ふう……。」



扉の閉まる音を最後に静かになった部屋。


未だに放置状態の私は、どうすることもできずに、固定された視界に入った青年に全神経を集中させた。



……もしかして、彼らに私は見えていないのかな?


あまりにも私がいることを気にもとめない様子に、あり得ない期待を胸のなかに膨らませた。


しかし、その期待は瞬時に崩れ去った。


青年と、目が合ったのだ。

唯一動く心臓が、更に大きく跳び跳ねた。



気のせいだと思いたがったが、悲しいかな、青年はそのまま視線をはずすことなく立ち上がり私の目の前まで近づいてきた。



「……。」


「……。」


私は声が出せないため無言なのは致し方無いのだが、青年まで無言で私を凝視している。


見上げることが出来ない私は、青年が近づいてきたがために腰の部分しか視界に入ってこない。

故に、彼が今どんな表情で私を見ているのか全く分からないのだ。


わからないが、ヤバい空気であることは、嫌というほど肌からピリピリと感じ取れた。



……ああ、もう私は終わりだ……。


このまま口に出来ないような卑猥なことをされようとも、無惨に身体中をバラバラに引き裂かれようとも、私は抵抗はおろか、声すらも発せられずにそれを一身に受けるしかないのだ。


これから襲ってくるだろう苦痛を想像して、私の心臓はどんどん鼓動を速めていく。



ガバッ!


「…………っ!」


永遠にも思えた無言の時間は、青年が私に抱きついてきたことで動き出した。




お父さんっ、お母さんっ……!










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