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 願いの代償

作者: 隠 昇悟

「土産に金の髪飾りでも買ってくるよ」

「私、髪飾りより万病に効くっていう仙丹がい

いな。そうすれば、何時でも何処でも貴方と居

られるもの…」



 月も星もない、闇が支配する森の中で、揺ら

めく炎を囲み酒を酌み交わし夜を明かす二人の

男がいた。 

「明日の夜までには村に着くだろう。一年ぶり

だな。ところで慶萩(けいしゅう)、それなん

だよ大事そうに握ってるけど」

「仙丹さ」

「仙丹? 万病に効くっていうあの高い薬か、

そんなもん買う金が有ったら春蘭(しゅんらん)

に金の髪飾りでも買ってやれば… そうか、そ

うだった春蘭の身体のためか…」

「ああ、生まれつき病気がちで身体が弱いから

滅多に家から外に出られなかったからな、噂に

聞いた薬で元気になりたいって…。それよりも

紫陽(しよう)、お前は睡蓮(すいれん)に何

を買ったんだ? 結婚したばかりだ、それこそ

装飾品の一つや二つ買ったんだろう」

「よせやい。見てくれが良いんなら飾りなんぞ

いくらでも買ってやる。俺があいつを嫁にした

のは器量が良いからだ。嫁というより召使みた

いなもんさ。そうでなきゃあんな団子に目鼻を

付けたような、見てくれの悪い女、嫁に取るか

い」

「酷い言いようだな。お前何様のつもりだ?睡

蓮はあんなにお前に尽くしてるのに」

「きれい事なんか聞きたくないね。正直なとこ

ろ器量なんて無くてもいいんだ。見た目さえよ

ければそれだけで十分だ」

「…」

 紫陽の話に何を言っても無駄とあきれ返った

慶萩は言葉を交わす気力も失せ、黙り込んだ。

「なんだよ慶萩もう寝るのか、つき合いの悪い

奴だな」



「もし… そこの方」 

「ん? 誰だぁ」

「わしはこの山に住む仙人なんじゃがな、こち

らの方から酒の良い香りが漂って来たので誘わ

れるままに来てしまってな」

「仙人? 仙人って言うのは霞を食って生きて

るんじゃなかったのかい?」

「まあ、細かい事はよいではないか。それでな

んだが、少し酒を分けて貰えんかのう。ただで

とは言わん。わしも仙人を名乗る以上仙術も少

し心得ている。お前さんが望むのならば願いを

ひとつ叶えてしんぜよう。

そこで、寝かけておるお方、そなたの願いも叶

えるぞ」

「願い? 本当かい。何でもいいのか、おい慶

萩起きろ、お前の願いも叶えてくれるってよ」

「起きてるよ。願いか…」

「おうそうじゃ。いかがかな」

 断る理由のない二人はそれぞれの荷物の中か

ら酒の入った革袋を仙人に差し出した。

「おう。酒じゃ酒じゃ」

「それじゃあ仙人様、願いを叶えてくれ」

「よし叶えよう。何なりと申すがよい」 

 紫陽は、ニヤニヤ笑いながら話し始めた。

「俺には嫁にしたばかりの睡蓮っていう女がい

るんだがね、睡蓮は器量はいいんだけど見た目

が悪いんだ。だから、あいつを桃源郷に住むと

いう仙女みたいに美しくしてくれ」

「ほほう、仙女じゃな。よかろう」

「俺も付き合っている女性の事なんだ… 」

「その女性も美形にするのかね」

「いや、外見じゃない。春蘭の身体を健康にし

て欲しいんだ。俺の願いはそれだけだ」

「ふむふむ、よろしい。明日になれば、そなた

達の願いは叶うであろう」

「酒だけでこんな願いを叶えて貰ってなんか悪

いな、なんだったら酒の肴も何か持っていくか

い」

「気遣い無用。ーもう貰っておるでなー」

「なんか言ったかい」

「いやいや何でもない。それでは失礼する」 

仙人は二つの革袋を持つとクルリと向きを変

え、来た道を戻り始めた。が、少し歩いたとこ

ろで立ち止まり、向きを変えぬまま二人に語り

かけた。

「そうそう、言い忘れておったがな、ひとつ忠

告があった。願いには、それに見合った代償が

必要なんじゃ。願いが大きければ大きいほど大

きな代償がな。ホッホッホッ……」

「えっ! おい爺さんちょっと待て、そう言う

ことは先に言えって、おい…」

 仙人の言葉に驚いた紫陽は慌てて後を追った

が、仙人の姿はすでに消えていた。



 パチパチと弾くたき火の前で、紫陽はポツリ

と呟いた。

「明日になったら願が叶うって言ってたな。願

いに見合った代償か… やっぱり明日になった

ら俺、死ぬのかな… あれを仙女みたいな美人

になんて言ったんだからなぁ。ハハ、ハァー」

「俺は死んだとしても悔いはないよ。ただ、元

気になった春蘭が見られないのが残念だな」

「ケッ、バカか? 死んじまったら意味ないじ

ゃないか。ちくしょう、あの仙人の奴、今頃俺

達を肴にして酒を飲んでるだろうよ」

 



 空が白み始めた頃、結局一睡も出来ずにいた

二人は、たき火の始末をして荷を担ぎ村への帰

路に就いた。 

「…なあ慶萩、俺達なんで生きてるんだ?」

「あの仙人に担がれた… かな」

「じゃあ願いってのもウソかぁ?」

「さあ、村に帰ればいやでも分かるだろう」

 森から出ようとしている二人を木陰から見送

る人影があった。

「眠そうにしておるなぁ。はて、魂でも抜かれ

ると思うておったかな。そんなつまらぬ事をし

たら、せっかくの酒がまずくなるわい。さあて、

あの者達が家に帰ったらどんな顔をするかの

う。ホッホッホッ、楽しみじゃのう…」 

 仙人に覗かれていることなど知りもしない二

人は、街道を進み、陽が陰り始めた頃村の入り

口に着いた。

「やっと着いたな… 」

「ああ。じゃあまた、睡蓮によろしくな」

 一年ぶりの我が家に向かいながら慶萩の胸中

には期待と恐れが交差していた。路地を進み青

い屋根の家の手前でふと立ち止まった。

「春蘭…」

 慶萩は懐から布包みを取り出し一呼吸おいて

扉を叩いた。

トントン!

「…はい、どなたですか」

「春蘭、俺だよ」

「…?」  

 慶萩の声に扉が開き、戸口には鳶色の瞳の少

女が立っていた。

「えっ! 春蘭、春蘭なのか?」

「…」

 驚いたのには無理がなかった。青白かった春

蘭の顔には紅が差し、憂いを帯びていた瞳は透

き通っていて病弱だった面影が無かったからだ

った。

「そうか、仙人への願いが叶ったんだ! そう

かぁ、こんなことなら金の髪飾りでもかってお

くんだったなぁハハハッ」  

「…」

「どうしたんだい? まさかまだどこか具合が

悪いんじゃ…」

「あの…、どちらさまですか?」

「えっ? なんだよ春蘭、なんの冗談だい」

「…ごめんなさい。どこかでお会いしたのかも

知れないのでしょうが私覚えて無くて…」

「えっ… まさか本当に俺のこと…」

「はい」

「そんな、俺の事… 俺との大切な思い出を忘

れ… ハッ! まさかこれが仙人の言ってた代

償? 俺と春蘭にとって一番大切な物を取られ

てしまった訳か…」

「あの、もし……。 あら? これは…」 

 呆然としたまま立ち去る慶萩に声を掛け引き

留めようとした春蘭の足下に布袋がひとつ

落ちていた。



「おい睡蓮、帰ったぞ。とっとと出迎えないか!

 オラオラちんたらしてんじゃねえよ…… お

おっ! 睡蓮…か?」

 少し開いた扉の向こうには、いぶかしげな面

持ちの美女が立っていた。

「…誰、物売りならお断りよ。バタン!」

「えっ、…家間違えたか? …いや俺の家だ。

それにあんな綺麗な女この村に居るわけがな

い。ということは、やっぱりあれは睡蓮。じゃ

あなんで俺を… そうか、恥ずかしいんだ。フ

ッ、ういやつ。なら裏口から入ってやるか」



 天に帳が降り、蒼い月が煌々と輝いている。

明かりの灯っていない暗い部屋の中で慶萩は、

窓にもたれ掛かりながら瞳を空に漂わせてい

る。

「確かに大きな代償だな。二人の思い出か…な

あ慶萩、良しとしようじゃないか。あの時だっ

て命を取られたっていいと思ったんだ。元気に

なった春蘭に会えたんだし。でも…

忘れられる事は死ぬことより辛いかもしれない

… ふぅ、もう出るか。朝まで待とうと思った

けど、ここに居るのは今の俺には辛すぎる」

 放ってあった荷物を肩に背負うと慶萩は扉を

開け外に出た。すると目の前に人影が、

「あのう、もし…」

「し、春蘭? …さん」

「…お出かけですか」

「あ、ええ。遠出になるので今の内に出ようと

思って」

「そうですか。では、しばらくここには…」

「はい。ところで俺、いや僕に何か」

「あっ、ごめんなさい実は先ほどお見えになっ

た時これを落とされて…」

 差し出された春蘭の手に、布袋が握られてい

た。それは、役に立たなくなった思い出の欠片、

仙丹だった。やるせない気持ちのまま受け取ろ

うとした慶萩の手を、突然春蘭は拒んだ。

「えっ、返してくれるのではないのですか」

「…判りません。返すつもりだったはずなのに、

返したくなくなってしまって… 私、変ですよ

ね」

「では、受け取っていただけますか、今の貴方

にはもう、必要の無い物ですが… そうすれば

この仙丹も浮かばれるでしょう」

「せんた…ん…?」

「では急ぎますので」

「…って」

「えっ?」

「待って、行かないでください私、お願いした

事があるんです。これを、仙丹を、大切な人に

お願いした事が。ただ… それが誰だったのか

わからない。だけど私、その人と一緒に居たい

から、離れたくないから、これをお願いしたの。

それだけは私、しっかりと覚えてるの」

「春蘭…」 

「大切に想っていた人のことをどうして忘れて

しまったのかは判らない。でも無くしてしまっ

たからと言って終わりではないわ。また作れば

いいんですもの。時間はいくらでもあるんです

から。そうでしょう?」

「…そうだったな。俺は何勘違いしていたんだ

ろう。失った訳じゃなかったんだよな。少しだ

け時間が巻き戻っただけなんだ。そう、俺達が

初めて出会った時に」

「ええ」

 向かい合った、二人のシルエットを月明かり

が優しく照らしていた。

 



 そしてその頃……

「イヤーッ! ち、近寄らないで! 人を呼び

ますよ」

「何言ってんだよ睡蓮、俺、紫陽だよ」

「どこで私のこと聞いたか知らないけど、あな

たなんて知らないわ」 

「…てめぇ、女房の分際で知らねーとはなんだ」

 


「女房? なんで私があんたみたいな田舎臭い

ブ男を亭主にしなくちゃいけないの? この美

しくて器量の良い、非の打ち所のない私が。冗

談も休み休み言いなさい」

「冗談だと? ふざけてるのはお前だろう。確

かに器量は良かったさ、でも美形になれたのは

俺が、仙人に頼んだからじゃねえか。

俺はな、そのせいで死ぬかと思ったんだ。仙人

が願いの代償がいるっていうから…… 代償?

 …もしかしてこれがか? な、なあお前本当

に俺のこと知らないの?」

「だからさっきから知らないって言ってるでし

ょう。分かったら出ていって。私これから支度

するんですから」

「支度って?」

「都に行く支度よ。こんな田舎でくすぶってる

つもりはないの。この美しさと器量があれば都

に行っても苦労しないもの」

「う、ウソだろ睡蓮、お前は俺の女房じゃない

か、なあ俺を一人にしないでくれ頼む… いや

お願いします」

「…ふう。じゃあ、……下男になる?」

「はぁ?」

「都に一人で行くのは何かと大変でしょう。人

を雇おうと思ってたところだったから。それで

いいなら一緒に連れていってあげるけど」 

「下男… 俺が睡蓮の下男? そんな… でも

…… はい。それでいいです。お願いします睡

蓮… 様『ちくしょう』」

 


 この時、紫陽の耳に遠くから、仙人の甲高い

笑い声が聞こえたような気がしたのだった。

   

おわり

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