傾国の乙女を目指しながら、後輩魔人を待つ 2
「アイちゃん、一杯どうだい?」
「ごめんなさい」
私はそこでの暮らしに少しずつ慣れてきた。
地方から出稼ぎにやってきたという設定でこの街に来ている。
その中で結構ナンパされたりもするが、身持ちの硬い少女を演じている。いや、これは演じているわけでもないか。私は恋人も実際いた事がないし、身持ちが硬いのだ。
さて、この街はテッドンという国に所属している。テッドンは『黒き死の森』からほど近い位置に存在する国である。
この長い魔人生活の間で『黒き死の森』は領土を広げていった。それに伴い、徐々に街を滅ぼしたり、人が住んでいた地が『黒き死の森』に飲み込まれて、ダンジョンになってしまったり――とか色々した結果、人の国土にも影響を与えたりしていた。私が異世界にやってきた頃と色々国も変わって行ったりしているのだ。
まぁ、内乱とか、戦争とか、人の国で起きた影響も強いけど。百年で私がかき乱したのもあって、色々と隣接していた国も変わったのよね。
この街はテッドンの中でも王都よりの大きな街なの。
魔人である私がこんな所まで潜り込めるあたり、人って本当に見た目に騙されるよね。私がか弱い少女に見えるからって信じ込んじゃって本当に面白い。
私は酒場で雇われている。ちなみに週に三度ほど歌も歌っている。結構私は歌もうまい方……だと思う。地球にいた頃からも褒められていたし、ここの酒場の人たちも私の歌で盛り上がってくれるしね。恋の歌とか歌うと人気ね。私の好みとしてみれば、もっと残酷な歌や戦争の歌とか歌いたいけど、そういうのは今の私の設定には似合わないもの。
恋の歌を歌っている私は恋なんてしたことないけど、そういう気持ちを想像して歌っている。中々私は演技をするときは入り込みようが強いほうだから周りも騙されてくれてよかった。こういうのは少しでも躊躇いを持ったらいけないんだよ。少しでも本物ではないと思わせたらいかない。
今の私は、出稼ぎにきた少女。歌が得意で、健気で真っ直ぐな少女。
心の内はどう思っていようと行動はそう見えるようにしているのだ。
「――アイちゃん、気を付けるんだよ。この街の男たちは良い奴ばかりだけど、中には荒くれものもいるんだから」
「はい。もちろんです」
私にいやらしい事をしようと考えているような存在がいることは知っている。ちゃんと、私の可愛い配下たちがそういう情報を私にくれているから。
でもあえて危険な目に遭うのもありだよね?
何か起こさずに平穏にここで過ごすつもりはないもの。私は目指せ傾国の乙女として頑張っているんだから波乱に満ちた人生にしないと。
そんなことを思いながら、私は敢えて隙を見せてみることにした。もちろん、本気で襲われてやる気は一切ないけれど。
でもあれね、歌を歌う際ってちょっとだけ露出が高めなドレス来たりするんだけど、ちょっと恥ずかしいよね! そんな気持ちはもちろん隠しているけれど。
さてさて、この街でよそからやってきた可愛らしい歌姫として有名になっているんだよね。
そんな私に近づきたいって人もいれば、妬ましく思っている人もいる。私なんて笑顔を浮かべてにこにこしているだけなんだけど。まぁ、常に笑っている方がむすっとしているよりはいいよね。私をライバル視しているみたいな人はさ、結構クール系っていうか、私は客には媚びないみたいなスタンスなのだ。
うん、別にそれはいいけどさー。それでにこにこしている私が気に入られて、気に食わないってなんなのって感じだよね。確かに歌はうまいけどさー。もっと愛想よくするか、そのスタンスを貫くかしたらいいのにって思うんだけど。
そんなことを思いながら私は酒場での仕事を終えて帰宅する。
今住んでいるのは、近くにある賃貸集合住宅である。地球で言うアパートみたいなものだ。ちゃんと酒場での給与で借りているところだ。お金に関してはこれまでの生活で沢山持っているけど、下手に今の設定とは異なるお金持ちってことを見せようとは思わないし
というか、私に襲い掛かろうと考えている男たちにもこの場所は知られているので、そのうち動きがあるだろう。
ふふ、それで傾国の乙女に近づければいいなーって思ってならないよ。どうせ面倒なことをやるなら楽しい方向に進めないとね。何事も楽しんで、私はこの国に絶望を与えるの。この国全体を絶望に陥らせるためにも、楽しんでやらないと。
「あははは……って駄目だわ。部屋の中でも自重しないと」
思わず未来のことを考えて、素が出てしまった私は部屋の中でそう呟くのであった。
この場には私しかいないとはいえ、気を抜いてしまったら、何処から私が魔人であると悟られるかもだし。まぁ、ばれたらばれたで楽しいからいいんだけど、ばれずに盛大にやるって決めてるんだから!
なので、目先の楽しさで一番の楽しみが味わえないと嫌だもん。