☆少年は、困惑して立ち尽くす。
「は?」
立ちつくす少年――高見迅は、信じられないものを見るような顔をして、ダンジョンの入り口を見ている。
ダンジョンマスターとしてこの異世界に降り立って、なってしまったものは仕方がないと仕事を過ごしてきた。
その中で出会った先輩ダンジョンマスターが、愛である。
迅は愛の事を詳しく知っているわけではない。愛は自分が何処のダンジョンマスターかも語らない。
そんな状況で近づいてきた愛は、とても愛想がよい少女だった。とはいえ、その少女が一筋縄ではないことも話していて分かった。
その語る言葉が嘘ばかりだと指摘すれば、楽しそうに笑って本性を現した。
その表情は見るからに邪悪だった。
先ほどまで愛想がよい笑みを浮かべていた人物と、同じ人物かと疑いたくなった。
とはいえ、そういう人だと分かればそういう人との付き合い方を考えればいい話だ。怖くないと言えば迅にとってみれば嘘であるが、それでも――死なないために愛という先輩ダンジョンマスターの事を敵に回すべきではないと判断した。
その選択は正解であったと言えるだろう。
愛という少女は国さえもかき乱し、混乱に陥らせ、崩壊させた。今の迅ではとてもじゃないが出来ない所業である。どうやってそんなことを起こして、楽しんで、遊んだのかも迅には分からない。
少なくとも長い間生きてきたダンジョンマスターだからこそ、出来たことだとは分かった。この世界には愛のように信じられないほどの強さを持ち合わせている存在が確かにいるのだ。
迅は死にたくないと望んでいるため、愛から学べることを学んでおこうと思った。幸いにもといっていいのか、愛は迅の事を気に入っているようでいつも楽しそうに笑っている。いつ、愛が迅を殺そうと動き出すか……というのは分からなかった。見ている限り、愛という少女は、どこまでも気まぐれだったから。
その気まぐれさから急に迅を殺そうと動き出さないとは限らなかった。
そんな中で突然、「君のこと、好きかもしれない」という謎発言をした。
迅にはすぐに意味が理解出来なかった。目の前で邪悪に笑い、人を混乱に陥らせ――寧ろダンジョンマスターというよりも邪神か何かにしか見えない少女が突然そんなことを言って、信じられるはずがない。
どうせ、自分の反応を見て楽しもうとしているだけだと思っていたのだ。
だけど疑う迅に対して、愛は不服そうな表情を浮かべた。
そして気づけば唇を奪われていた。
「いや、え? なんなの? 愛さん、意味分からないんだけど」
迅は思わずそんなことを呟く。
正直言って迅にとってもキスされたのは初めてである。愛がああいう性格だとはいえ、愛の見た目は美少女である。そういう存在にキスをされてドキドキしないはずもない。
「……本気か? 嫌、あの愛さんだしなぁ」
ブツブツと思わずそんなことを呟いてしまうのは、よっぽどあれだけ邪気に満ち溢れているような存在が自分に恋をするなんて思えなかったのだ。
そもそも周りの評価はともかく、迅はあくまで自分の事が普通だと思っている。
自分のことは自分から見て見たらよく分からないものである。
そういうわけであくまで迅は自分を普通だと思っているので、――性格も含めてああいう存在が自分に好意を抱くなど信じられないのである。
愛が今まで口づけをしたことがないというのも知らない迅なので、ただからかっているのではないかなどと考えている。
愛なら面白い事のために、人をたぶらかすためにキスぐらいしそうだと迅は考えた。……愛が知ったらおそらく「折角勇気出して口づけまでしたのに!?」とショックを受けそうだが、迅は愛の事を知らないのでそう思うのも仕方がない事であった。
「うん……気にしないようにしようしよう。どうせ興味本位だろうし」
迅はそう呟いて、先ほどのことを忘れようと首を振った。
次に愛が来た時には、きっといつも通りの様子を見せるだろう。
「本気にした??」と笑いながら話しかけてくるだろう。きっとからかっているに違いない。……と迅はあくまで思っていた。
なのだが……迅の予想に反して、愛はそれからよく分からない行動をしてくるようになった。
「迅少年ー、はい、これあげるー」
「……え」
なんか物を与えてすぐに去っていったり、
「迅少年、これ殺したらレベルあがるよ?」
「何で、生け捕りにした人連れてきてるんですか? ありがたく殺しますけど……」
何故か生け捕りにした人を連れてきたり、
「ねーねー、迅少年、こう、デートしない??」
「何言ってるんですか……。俺は出ませんよ。外で殺されても困るし」
何故か外に出かけようと誘われたり……。
迅のダンジョンへの滞在時間は短く、すぐに去っていく愛の行動は迅にとって不可解で、
「え、愛さん、どうしたの?」
と困惑して仕方がないのであった。




